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エピローグ
「ユーリ!今日飲みに行かないか?ユーリに紹介したいオメガがいるんだけど!」
「おい、ダニエル!ユーリはそういうの興味ないんだって。それにユーリはオメガだし」
「は?オメガ?冗談言うな、ユーリはアルファだよ」
あれから数年、30歳の節目を迎えた由利は理人の勧めもあり、モデル活動の拠点をフランス・パリに移した。知り合いがいない中、人脈作りや仕事をもらうのは苦労したけれど、由利の名前が知れていたのと理人のおかげもあり今では悠々自適にフランスでの生活を送っている。
フランス人は食事に長く時間をかけ、大切な人と楽しむと聞いたことがあるけれど、本当にパートナーとの時間や自分の時間も大切にするいい国だなと感じていた。由利も仕事の後は自分の時間を取って好きなことをするようになったし、語学の勉強に充てたりしている。
そんな中、よく同僚から食事に誘われるのだが――
「ごめん!今日俺の番がこっちに来る日なんだ。また誘って!あ、でも紹介は間に合ってるから」
「ほらな、言ったろ。ユーリはそういうのダメなんだって」
「でもユーリって結局、アルファなのか?オメガなのか?」
「ツガイって言うから……さぁ?ちゃんと聞いたことはないけど。でもうなじに噛み跡があるじゃん」
「そうなの?知らなかった」
由利のバース性について議論が繰り広げられているのは自分でも分かっている。なんせ由利は『アルファ』とも『オメガ』とも言っていないので、自信たっぷりな由利をアルファだと思っている人もいるし、うなじに噛み跡があるのを知っている人はオメガだと思っているだろう。
でも、由利としては自分がどちらでも構わないのだ。
『彼』が愛してくれるなら、そんなものは関係ないから。
「――藍!」
「ゆうり、久しぶり」
仕事を終えて急いでアパートに帰ると、合鍵を持っている藍が家の中で寛いでいた。彼に抱きついたのと同時に気づいたのは、味噌汁と焼き魚の匂い。由利が帰ってくる前に作ってくれたのであろう久しぶりの和食に、由利はきらきらと目を輝かせた。
「味噌汁だぁ……!」
「なに食べたい?って聞いたら味噌汁だって言うから、母さんから死ぬほど出汁パック持たされたよ。父さんからは米」
「まじ?やった〜、嬉しい」
「香恋からはプレゼントにセーターを預かってきた。あと、麗からはこれ」
「なに?」
麗からだと言われてもらったのは一枚の封筒。由利が首を傾げると「開けてみて」と藍から言われ、中身を見てより一層由利は目を見開いた。
「結婚式……!」
「うん。来れるなら来てほしいって」
「絶対行く!行かない選択肢がない!」
「あはは、由利ならそう言うと思った」
麗からの手紙は結婚式の招待状で、『運命の番事件』があったあの時も付き合っていた大雅と結婚するらしい。可愛らしい字で近況が書かれた手紙も同封されていて、それを読みながら由利は頬が緩むのが分かった。
「あと、父さんと母さんもたまには帰ってきなさいってさ」
「あー…うん、だよね。今度長い休み取れた時は帰省する」
「そうしよう。由利の帰省に合わせて僕も休み取るから」
「うん、一緒に帰ろ」
実は藍も拠点をパリに移し、今日引っ越してきたのだ。由利が契約している家にはちょうど空き部屋がもう一つあるので、この際だからと同居を決めた。それに伴いと言ってはなんだが、両親にだけは由利と藍の関係のことをきちんと打ち明けた。
二人とも突然のカミングアウトに驚いていたが、由利と藍には特別な絆があると思っていたと言われ、受け入れてくれたものだ。でもなんだか気まずくて、パリに来てからはあまり実家に帰っていないのである。
「僕の師匠も帰ってきたら由利と飲みたいって……あと、写真撮りたいって言ってた」
「うそ?じゃあすぐ帰ろう」
「……だめ。僕がこっちに来たばっかりなのに、他の人のために帰るとかイヤだ」
「あははっ!可愛いね、藍」
「可愛いのは由利のほうだよ」
藍は師匠である紫からの紹介でパリに来た。最初は恋敵だと思っていた理人から仕事を紹介されるのは藍にとってはまだ気が引ける(なんせ今は由利と一番親しい仲だから、嫉妬もあると言っていた)らしい。
藍は変わらずファッション関係のカメラマンとして経験を積んで、こちらでもその経験を活かしつつ元々やっていた広告関連の仕事もするのだとか。きっといつか由利と藍がまた一緒に仕事をすることもあるかもしれない。
「……とりあえず、僕の番さんのうなじにキスをしても?」
「ん、いいよ」
由利のうなじに直接触れられるのは、世界中探しても椿藍だけ。
いつも一定の長さにしている襟足を鼻先でかき分けて、こちらに来てからはメイクでも隠していないうなじの痕にそっとキスをされた。いつまで経ってもそこに口付けられるとぞわぞわして、小さく震えてしまう。それは恐怖を感じているわけではなく、藍に愛されたことを思い出し、これから藍に愛されると期待してしまうからだ。
「………綺麗だね、由利。世界で一番、僕の番が綺麗」
実を言うと、由利はオメガになれなかった。
何度か挑戦してみたけれど、何度検査しても由利はアルファのままで、藍と番にはなれていない。もしかしたら今後オメガに転換するかもしれないし、今後もアルファのまま生きていくかもしれない。
きっとこれが神様からの罰なのだろう。
禁忌を犯した二人への罰であり、追放を意味するのだと思う。
でも二人がそれを気にしていないのは、深い愛と絆があるからだ。
アルファでもベータでもオメガでも、何者でもいい。
ただ『椿由利』と『椿藍』であれば、一緒にいる意味があるのだから。
「愛してる、藍。俺のアルファ」
彼の愛が、終の住処になることを祈って。
終
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