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第3話 並んでアニメ観賞(初対面)

 顎を掴まれぐいっと顔の向きを変えられると、唇が押し当てられた。 「…………?」  当然、頭は真っ白になる。  固まっていると大きな手のひらが服の中に潜り込んでくる。いきなりだったため、ビクンと身体が跳ねた。 「んぅっ?」  押し返そうとするも男の体重を跳ね除けることが出来ない。丸めた拳で叩くも効果なし。  男の手は胸の突起を探り当てると、指の腹でころころと転がすように遊ぶ。  ぞわぞわっと悪寒が走った。 「んんっ! んううっ」  やめてほしくて首を振ろうとするが、がっちりと顎を掴まれていて動かせない。  女の子じゃあるまいし、そんなとこを触られても気持ち悪いだけだ。 「やめ……んっ」  やめてと言おうと口を開くと、ぬるりと分厚い舌が入り込んできた。軽くパニックになる。 「っ? 入れな……あ、んん!」  こっちがこんなに取り乱しているのに、男はお構いなしだ。  歯列をなぞられ上あごを舐められる。奥に引っ込もうとする舌を絡め取られ、満遍なく舐め回される。 「んっ……ん」  びく、びくと身体が震える。苦しい。酸素が欲しい。  視界が霞んできた頃、ようやく口が離された。 「へえ? 残念なオタクかと思いきや、エロい顔できるじゃん?」 「は……ぁ」  なんで? なんでキスするの? 掃除と何も関係ないのに。  ぐったりしていると服を捲り上げられる。 「固くなってきたな」 「……やだぁ」  乳首をきゅっと摘まれる。針で刺したような痛みが走り、手を払いのけた。 「やめろ」 「おっ。生意気」  手首を頭上で一纏めにされる。 「何すんだよ! あ、アニメ! アニメ始まっただろ。どけよ」 「……」 「アロエちゃんが見えないだろこらああ!」  声の限り叫ぶと手を離してくれたが口を塞がれる。 「近所迷惑だろ? 静かにしろ。壁うっすいんだぞ」  大きい手をぶんっと払いのける。 「うるさい! アロエちゃんが喋ってんだろ。聞こえないだろ黙れ」 「……」  男はため息をしながら上から退けると、諦めたように並んで腰かけ、アニメを観賞した。 「うわあああ。アロエちゃんが活躍してる!」 「……」  隣でぷしっと開けて缶ビールをあおる。 「あ、なんだよ。モブのクセに! アロエちゃんに触るな」 「うるさ」  五分に一度ソファーから立ち上がる俺に、隣の男は鬱陶しげに耳を塞ぐ。  エンディングもじっくりと堪能し、ほうっと息を吐く。 「ああ~。今週もアロエちゃん良かった……。でも来週はグレープちゃん回かぁ。あの子、アロエちゃんと好きな人被ってるから、仲悪いんだよな。アロエちゃんをいじめるなっ」  ぶつぶつ呟いているとテレビ画面が消えた。  腰を浮かしかける。 「! 怪奇現象?」  男がぽいっとリモコンを捨てる。 「はいはい。アニメ見れて良かったな。続き、やろうか?」  すごいあきれ顔で抱き寄せられる。転ばないよう手をついた男の腹は分厚いタイヤのようだ。筋肉やばぁ。これは、同じ男でも力では敵わない。 「……あの、俺もう帰るよ」  見上げると、男は真上から覗き込んでくる。ぞっとする笑みで。 「帰れると思ってる? 俺に三十分も虚無を見つめさせやがって」 「はあっ? アロエちゃんの何が不満なん……」  後頭部わし掴みされ、口づけされる。 「ん!」  また? なんで?  ぎゅっと目を閉じる。  唾液がビールの味がする。苦い。  そのまま押し倒され、大きな体が覆いかぶさる。 「ああああんた何? ゲイなの?」 「んー? 美人なら性別は気にしねぇよ。多少残念でも」  UFOにアブダクトされている猫が描かれた、裾の長い上着を取っ払われた。抵抗がまったく意味をなさない。この熊男。  チンピラの足跡がたくさんついた俺の服を見て眉根を寄せ眉間にしわを刻む。 「だっせぇ服。ずっと思ってたけどよくこれで表歩けるな。お前」 「あんたの服よりマシだろ……」  取り返そうとするも、鞄の上に捨てられる。夏なのであとはシャツ一枚となった。 「シャツがアニメ柄だったら引いてたけど、シャツは普通だったな」 「アロエちゃんシャツあるけど、欲しい?」 「書けなくなったボールペンよりいらね」  顔が近づき、べろりと首筋を舐められる。本当に熊に味見されている気がして全身が粟立つ。  逃げられない。  これから身に起こることに泣きそうになり、まつ毛を震わす。 「やだ。やだよ」 「観念しろ。暇ならテレビ見てていいから」  ちゅっと頬にキスされる。こんな熊じゃなくて恋人にされたいぃ!  シャツの肩ひもに手をかけられ、さらに肩を露わにされる。 「残念オタクにしちゃあ肌、雪みたいだな。俺、新雪を踏みにじるの好きなんだよ」 「性格、わる……」  雪があまり降らない地域に住んでいるので男の気持ちは理解できない。なので、とりあえず悪態をついておく。  鎖骨の下を強く吸い上げて、赤い花を咲かされた。  い、いやだぁ~~~。こんなの。この男の物になったみたいじゃん! 痛いし!  じわっと涙が滲む。 「うう」 「お前童貞?」 「……え、えっと」 「童貞だろ。誤魔化そうとすんな。反応が初々しすぎだ」  鼻で笑われ、ぐぬっとした唇を噛む。  声も震える。 「ど、童貞は抱きたくない? じゃあ、俺帰るから……」 「いや? 童貞は好きだよ」  起き上がろうとするも胸に手を置かれただけで、縫い留められたように動けなくなる。 「……」  酷い顔をしているのだろう。男はにやっと笑い、きつく抱きしめてくる。男の、においがした。 「ふえ……」 「うぜぇな。男が『ふえ』とか言っても寒気するぜ。可愛い」  どっちなんだよ。 「可愛がってやるから。観念しろ」  名前も知らない相手なのに、甘く甘く囁いてくる。未知の不安に身を縮こませる童貞を宥めるように、額に、瞼に、鼻先に優しいキスを落とす。  くしゃりと顔を歪めると、男は悪戯っぽい笑みを見せる。 「つーか。お前、名前は?」

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