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第14話 夏野菜カレー

🐻    遅くなったが、昼食作りに取り掛かる。  着るものが無いので伸一郎の服を借りた。着ていた汗だくの服はまとめて洗濯機の中で回っている。 「でか……」  袖からは指先しか出ないし、裾はギリ股間が隠れる長さ。  絵画鑑賞するかのように、伸一郎は自分の顎を撫でる。 「ワンピースみたいだな。太ももがエロいし、そのままでよくない?」 「早くズボン寄こせよ」  袖をまくりながら頬を膨らます。 「なんで?」 「お前だけ服着やがって! 俺だけ下半身裸なの納得いかない」  三角巾を投げつけるもひょいと躱される。  嫌そうに渡されたズボンを身につけ、エプロンのひもを結ぶ。 「何作るんだ?」  興味があるのか暇なのか。キッチンに立つと周りをうろうろしてくる。ちょっと可愛い。  キッチンの方に移動させた冷蔵庫を漁る。 「調味料もほとんどないな……。普段何食べてんの?」 「切っただけの野菜をのせたラーメン。乾燥ワカメを入れたラーメン。焼いた肉を入れたラーメン」 「待って。ちょっと待って」  指折りながら思い出す伸一郎に待ったをかける。 「つまりラーメンしか食ってないじゃん!」 「野菜と肉も食ってるだろ? 健康的だ」 「ラーメンも食ってる時点でプラマイゼロなんだよ。ちょ、一旦やめよう? 一旦ラーメンから離れよう?」  冷蔵庫にあるものが戦力にならないため、ざるを持って外に出てプールで遊んでいる野菜たちを迎えに行く。  たっぷりした水がもうぬるくなっている。 「簡単だし。カレーにするか」  隣で伸一郎がしゃがむ。シャンプーがふわっと香り、近くに来られただけでドキッとした。 「カレーって簡単なのか?」 「お、あ。小学生でも作れるよ。お米は? ある?」 「チンするやつなら」  良かった。スーパーに走らないといけないかと思った。  野菜をざるに入れていく。きゅうりはサラダにしよう。 「いい野菜だな。伸一郎のおじいさまたち、野菜作るの上手なんだな」 「へえ? 俺は野菜の良し悪しが分からん」 「農家の孫とは思えない発言……」  野菜をたんまり入れると、ざるを取り上げられる。 「あ。それくらい持てるって」 「うるせ」  嬉しいけども。相手の荷物を持ってあげないと落ち着かないんだろうか。  ガチャッと二階から扉が開く音がする。 「あ」  階段を登っていると初めてアパートの住人とすれ違った。  縮れた髪を肩まで伸ばしており、不自然なほど猫背で顔が見えない。会釈すると、「同じシャンプーのにおいがする」とぼそっと呟かれた。  頭が爆発するかと思った。  固まる藤行を気にせず、住人一号は自転車にまたがるとしゃーっと走って行く。 「藤行?」  階段途中で停止している藤行に、伸一郎が戻ってくる。 「なんか言われたのか?」 「お、同じ、においがするって……」  恥ずかしい。恥ずかしすぎる!  溶けそうなほどの羞恥に襲われているというのに、伸一郎は嬉しそうに白い歯を見せて笑う。 「ははぁ。なんだ。もっと自慢してやりゃいいのに」 「出来るかあぁぁ……」  顔を覆って蹲る藤行の首根っこを掴み、部屋に入りキッチンへ向かう。  藤行は肩を落とす。 「はあ……。料理して忘れよ」  アニメの勇者の幼なじみも「料理していると嫌なこと忘れちゃう」と言っていた。やはり料理。料理は全てを解決する。悩んだ時は料理だ! 「ルーはこれでいいか?」  聖剣抜いたポーズを包丁でやっていると冷静に話しかけられる。 「あ……うん」 「なんだよ。いいとこで邪魔しやがってみたいな顔は」  野菜を流水で洗っていると伸一郎が背中にぴったりくっついてくる。 「……やり辛いんですが」 「暇。なんか出来ることないか?」  お。手伝ってくれるとはありがたい。  まな板に野菜を置いていく。 「これ全部一口サイズに切ってちょうだい」 「面倒くさいから握りつぶしていいか?」 「切れって言ってんだよ」  その前に包丁を使ったことあるのだろうか。ハラハラしながら横目で見ていると、伸一郎は包丁を振り下ろした。 「……」  ダァンと音がして、真っ二つになったナスが左右に分かれて飛んでいく。  静まり返るキッチン。シンクに転がるナスの半身。 (こりゃだめだ)  のんきに野菜を洗っている場合ではない。  誰だこいつに包丁持たせた奴。 「貸せ。包丁」 「ん」  素直に貸してくれてホッとした。  ゆるいグーを作り、猫の手を見せる。 「まず左手を……。伸一郎さん、利き手どっち?」 「右」 「左手をこんな風に猫の手にして」  言われた通りに指を曲げる。 「その手で野菜をしっかり押さえて……強すぎ!」  ナスがぐしゃっと潰れる。火を通していないナスって固いのに。握力なんぼだこいつ。  伸一郎は不満そうに眉間にしわを寄せる。 「しっかり押さえろって言っただろうが」 「言ったけどね⁉ ナスに恨みでもあんの? さっきから。転がらないように押さえる程度でいいんだよ」  根気よく教えること十分。  ようやく野菜をトントンと切れるまでにレベルアップした。 (疲れる……。でも)  楽しい。  家では一人で無心で作るだけだった。誰かと並んで料理することが、これほど心が充実するなんて。  鍋を取り出し、火にかけ、お湯を沸かす。 「切った野菜はどうすんだ?」 「お湯の中に放り込んでくれ。火傷気をつけてな」 「炒めたり、しないのか?」 「フライパンあるの?」 「……」  まな板を傾け、切ったナスとトマトをざざーっと流し込む。  ぐつぐつ。  鍋をふたりで眺める。 「あとは? 何するんだ?」 「火が通ったらルーを入れて、完成」  ぐつぐつぐつ。 「……簡単すぎないか?」  ちょっと驚いた様子の伸一郎にくすっとほほ笑む。 「小学生でも作れそうだろ?」 「あ? ああ、まあ」  ちらっと壁掛け時計に目をやる。もうちょい煮込むか。 「伸一郎さん。テレビでも見てていいよ。あとはルー入れるだけだし」 「お前は? 何しとくんだ?」 「吹きこぼれないように、鍋を見張っとく。それとサラダ作る」 「あっそ」  もう自分に出来ることはないと判断したのか、のそのそとフローリングの部屋に消えて行く。  ……と思ったらすぐ戻ってきた。 「どうしたの?」 「火が通るまで暇だろ? 第二ラウンドしとくか?」 「暇ならご飯チンしとけよ」

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