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第52話

 由羽が慌てふためいていると、ウォン・ポムがまっすぐ見据えてきた。 「俺の気持ち伝わった? このくらいしないと先輩気づかなそうだから。勝手にキスしてごめんね」  え、っと。ウォン・ポムからキスされた。それってーー。 「先輩のこと、人としても職場の先輩としても好き。だけど素のプライベートの由羽先輩はもっと好き」 「あ……う」  突然の告白に驚いて言葉が出せない。 「ごめん。先輩すごい困った顔してる」 「あっ、えっと困ってるっていうか、びっくりしちゃって」 「いや、だった?」  今にも泣きそうな顔でウォン・ポムが尋ねるから、由羽はふるふると首を横に振る。 「いやじゃないよ。先輩として好きって思われるのは嬉しい。ただ、俺ーー」  言葉に詰まる由羽を見てウォン・ポムは何かを察したらしい。 「先輩、好きな人いるとか?」 「う」  聞かれて、ぼんっと火を噴くくらい顔が熱くなる。 「ふは。先輩かわいい。嘘つけないタイプだ。まあそんなところが好きなんだけど。そっかあ。先輩、好きな人いるんだ」  困り眉でウォン・ポムが笑う。口端がひくひくと震えている。 「さっきの忘れてください。俺の一方的な思いだから」 「……」  ウォン・ポムはくしゃりと笑ってグラスの中身を飲み干した。 「いいなあ」 「?」 「先輩に好かれるなんて、いいなあ。幸せ者じゃん、その人」  にへ、と照れたように笑ってからウォン・ポムはお冷を頼む。由羽の分も頼んでくれたようだ。 「よし。俺の話はおしまいっ。今後も先輩と後輩としてやっていきます。それよりも気になります。由羽先輩の好きな人ってどんな感じの人なんですか?」  気持ちを切り替えるように質問をしてきた。由羽は悩みながら言葉を紡ぐ。 「俺の好きな人は普段はツンツンしてるんだけど、2人きりになると甘えてきてかわいいんだ。それと口調は悪いんだけど、行動はやさしくて……。そういうとこが好き、かな」  照れ隠しに前髪を整えるフリをする。由羽は改めて自分の気持ちに気づく。俺、希逢くんのことめちゃくちゃ好きじゃん。希逢くんは俺のことどう思ってるんだろ。嫌いじゃないといいな……。 「ふむふむ。ツンデレなんですね。由羽先輩やさしいからその人に好き勝手されてそう。あ、悪い意味じゃなくて良い意味ですけど」  フォローしてくれたウォン・ポムに感謝しながらお冷の入ったグラスに口をつける。 「たしかに好き勝手されがちかも」  苦笑しながら返すと、ウォン・ポムがによによした顔でこちらを見ている。 「スマホずっと気にしてますね。その人からの連絡待ちですか?」 「あっ。ごめん。しばらく返信がないから気になっちゃって……」  スマホの背中に触れながら謝るとウォン・ポムは屈託のない笑みで受け入れてくれた。 「謝らないでくださいっ。なら、今こっちから送っちゃいましょ」 「そんな……どんなメッセージ送ればいいかわかんないよ」 「もー。先輩、難しく考えすぎです! こういうときは、こんなふうに送っちゃえばいいんですよっ」 「わっ、ちょっと!」  由羽の手からスマホを取り上げると、ウォン・ポムがぽちぽちと返信を打っている。そして、送信ボタンを押した。 「わっ、何送ったの!?」 「『寂しいはやく会いたいよ』って送っときました。これで落ちない人なら由羽先輩にはふさわしくありません」  胸を張って答えるウォン・ポムをよそに、由羽はメッセージをまじまじと見つめる。すると、程なくしてピコンと希逢から返事が来た。 『今どこ』 「先輩、すぐに『渋谷にいる』って送ってください」 「う、うん。わかった」  ウォン・ポムに背中を押され、 『後輩と渋谷で飲んでる』  と返事を送る。すると、 『今から迎えに行くから後輩とバイバイして』  と返ってきた。 「秒で返信くるじゃん。先輩、この人めっちゃ嫉妬深いです。気をつけてください。ここは俺が払いますから、はやく連絡とって会いに行ってください」 「あ、ありがとう」 「いいからいいから! また飲みましょっ。おやすみなさーい」  半ば強制的にお店から押し出される。希逢から電話がかかってきたので急いで出る。

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