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第53話
「今渋谷のどの辺にいるの」
「道玄坂の辺り」
「ちょうどいいな。今から迎えにいくから現在地教えろ」
「バー三日月の前だよ」
「了解。たぶん10分くらいで着く」
「うん。待ってるね。きゅ、急に連絡して迷惑じゃなかった?」
急展開についていけないのは由羽のほうだった。突然連絡してしまって困らせると思っていたから。
「あ? 全く迷惑じゃないけど。むしろ俺のほうが連絡遅くて悪いな」
「ううん。だってこんなにすぐ迎えに来てくれるって……俺、シンデレラみたい。かぼちゃの馬車に乗った希逢くんに連れていかれそうだもん」
「くはは。なんだそれ。シンデレラかよ」
わ。珍しい。笑い声からわかる。すっごいご機嫌だ。10分ほど他愛もない話をする。希逢のマネージャーの芹沢から最近痩せすぎと指摘され、ジムに通い始めたのだという。そのジムがマッチョが多くて怖いと感じているが、男を鍛えるためにはうってつけと捉え直して黙々と筋トレに励んでいるという。胸の筋肉と腕の筋肉を重点的に鍛えていて、少し筋肉にハリが出てきたと自慢げに話すので由羽は相槌をうって聞き入る。
「あー。もうそろ着くわ。今、タクシー降りたから歩いて迎えにいくから待っとけ」
「うん。ありがとう」
由羽は冬の夜空の寒さに手がかじかみ震えていた。寒いなー。このコート薄いかな。もっと羽毛が入っているのを着てくればよかった。
「わっ」
ぎゅっ、と気づいたら後ろから抱きしめられていた。
「おまたせシンデレラ」
走ってきたのか少し息を切らしている希逢を見て由羽は身体だけでなく心もあたたまる。
「こんばんは王子様」
「じゃ、行こ」
希逢に手を引かれてたどり着いたのはラブホ街。街ゆく男女二人がすいすいとホテルに吸い込まれていく。由羽は自分たちもそういうところに行くのかなと内心期待して心臓を高鳴らせていたが、希逢はホテル街を通り過ぎて駅から離れたビジネスホテルに入っていく。受付を済ませて部屋に向かう途中、希逢は終始無言だった。それを不思議に思いながらも由羽は希逢と部屋に入っていく。セミダブルベッドのビジネスホテルにしてはやや広い部屋だ。部屋に入るなり、希逢が由羽のことを壁に押し付けキスをねだってきた。ちゅ、ちゅ、とお互いの熱を確かめあうようなキスに由羽の身体は火照っていく。次第に舌を絡める希逢の濃厚なキスに由羽は鼻で息を吸いながらついていく。
「激しっ……希逢くんっ」
「黙って感じて」
ちゅ、ちゅと舌先を吸われて頭が酸欠になりそうだ。酒が入っていることもあり、足元がふらふらとする。それをがっしりとした筋肉質な腕で支えてくれる。由羽は安心して希逢に身を任せた。壁に背中を押しあてながら、希逢からのキスを甘んじて受ける。舌と舌が口内で追いかけっこをするように戯れている。由羽の舌の裏をちゅ、ちゅ、と吸いつかれて腰に甘く響く。そこは由羽の弱いところで身体がびくんびくんと跳ねてしまう。しかし、希逢が覆い被さるように由羽の顔を押さえて話さないので、されるがままになっていた。
ぷは、と互いが深く呼吸したのは入室してから15分経った後だった。
「はぁはぁ」
と由羽が荒く息をしていると希逢にコートを脱がされる。ベッドに腰掛けぽーっとしていたときだった。驚くべきものを由羽の目が捉えたのは。
「え」
希逢が紺色のダッフルコートを脱いだ。着ている服は白いワイシャツに青いネクタイ。紺色のブレザーに紺色のスラックス。
「えと、高校生のコスプレ?」
戸惑いながら由羽の口から出た言葉は、空中分解していく。
「コスプレじゃない。俺の制服」
至極真面目な顔をして希逢が答えた。嘘をついているようには見えない。
「制服? え、待って。希逢くんもしかして、高校生……なの?」
おそるおそる聞いてみる。すると希逢は少し気まずそうに首をかいた。
「ああ。言うの遅くなって悪いな」
「嘘っ。だってSweet playって18歳以上じゃないと投稿もできないはず……」
由羽の言葉に希逢は包み隠さず堂々と答える。
「それは事務所の都合で年齢詐称してやってる」
「じゃあ、サロンモデルっていうのは?」
「それは本当。俺は高校3年生の17歳。サロンモデルとDom配信者として活動してる」
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