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3)告 白〈1〉

 眩しい木漏れ日の隙間を縫うように、蝉の鳴き声がしていた。  茹だるような暑さから逃げたくて、裏山を流れる小川に二人だけで出掛けた。 「清詞兄ちゃん! オレとケッコンしてよ!」  少し先を歩く、背の高い人に向かって叫ぶ。 「えー? それは無理だよ」 「なんでっ」  振り返りながらその人は言った。 「だって、秋良くんはまだ『子ども』だろ?」 「じゃあ、オレが『大人』になったらケッコンしてくれる?」 「うーん、どうしようかなぁ」  口元に手を当てて、わざとらしく考えるような仕草。 「するっていってよぉ」  その人に追いついて、細い腰に追い縋って叫ぶと、彼はゆっくり腰を落とす。  そして、同じ目線になってから、目尻に皺を寄せて微笑んだ。 「秋良くんが『大人』になったら、考えてあげる」 「じゃあ約束ね!」  懐かしい記憶の夢が溶けるよう消えていき、目が醒めた。  すると目の前にあったのは、清詞の寝顔である。 「えっ」  驚いて秋良が身体を起こすと、自分用に与えられたゲストルームのベッドの上。  ソファで清詞と一緒にワインを飲んでいたことまでは覚えているが、何がどうして一緒のベッドにいるのかは全く分からない。 「せ、清詞さん。あの、オレ昨日っ」  隣ですやすや眠る清詞を揺さぶってみたが、起きる気配はなかった。 「ちょっと清詞さん! 清詞さんってば!」 「んんー」  何度も大きく揺すって、ようやく清詞がうめき声を上げる。もう一息かと思いきや、うめきながら清詞は秋良に向かって腕を伸ばしてきて。 「あと五分……」 「えっ」  まるで抱き枕か何かのように、大きな腕に抱き込まれてしまった。 「ちょ、清詞さんっ?!」  慌てる秋良にお構いなく、清詞はスースーと再び寝息を立てて始めている。  ──今日が土曜で、本当によかった……。  秋良は眠り続ける清詞の顔をまじまじと眺めた。  すっと通った鼻筋に、閉じていても分かる切れ長の目。  ──やっぱり、カッコいいな。  田舎に行った時に会う親戚たちの中でも、飛び抜けて綺麗な顔をしていた。誰にでも優しくて、親切で。  小さな自分相手にも、視線を合わせて話をしてくれるような、誠実な人。  閉じられた柔らかいピンク色の唇に、自分の口を近づけようとして、やっぱり辞めた。 「……んん」  不意に清詞が眉間に皺を寄せてうめく。  秋良はハッと我に返って、再び清詞の身体を揺すった。 「清詞さんっ、起きてくださいってば!」 「んんー? あ、おはよう秋良くん」  小さく瞼を開けた清詞が、まだ眠そうな声で言う。清詞の腕からようやく解放された秋良は、ホッとしながら身体を起こした。 「あ、あの。その、なんで、こんなことに……」  昨晩の記憶が途中で途切れているので、まず知りたいのはこうなった理由である。  しどろもどろで尋ねる秋良に、清詞は欠伸をしながら身体を起こした。 「ああ、昨日秋良くんがソファでそのまま寝ちゃったもんだから、とりあえずここまで運んだんだけど、離してくれなくてってねぇ」 「えっ」 「だから離してくれるまでちょっと横になるかーって横になってたら、そのまま一緒に寝ちゃったみたい」  ニコニコ笑う清詞と反対に、秋良はぐったりして頭を下げる。  抱きついてそのまま眠っただけでなく、部屋まで運んでもらった上に、離さずに一緒に寝てしまうなんて。 「……本当に、すみません」 「ふふ、気にしないで。秋良くんと一緒に横になってると、なんか眠くなっちゃうんだよねぇ」  昔一緒に昼寝をしていた習慣なのだろうか。 「いやー、なんだか久々に、すごくよく眠れた気がするよ」  清詞がうーんと気持ちよさそうに伸びをした。そして何か思いついたような顔を秋良に向ける。 「あ、たまに一緒に眠ってもいいかい?」 「だ、ダメですよっ」 「そっかぁ、ザンネン」  楽しそうに言う清詞に、秋良は顔を赤くして俯いた。  今と昔では『一緒に眠る』の意味合いが変わってしまう。  ──やっぱり清詞さんにとって、オレはただの親戚の『子ども』でしかなんだろうな。  分かりきっていることだが、改めて実感してしまって、やっぱり虚しくなってしまう。  小さく落ち込んでいると、隣にいた人が再び横になっていたので、秋良は慌てて清詞の身体を揺すった。 「あ、ほら! 今日はシーツとかも洗濯するんで、起きてくださいってば!」 「はーい」

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