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1 八王子くんとのお昼①
僕、山路稔ことジミーはいつも教室の隅でひっそりと息をしている。
ただ、目線だけはしっかりとしていて、
いつも教室の1番盛り上がっている場所…
八王子くんから照準がズレることはない。
ただ、あからさまに見ていると気持ち悪がられるので、いわゆる視野見という、視界の端で対象を捉える見方だ。
4時間目を終えるチャイムが鳴り、俺は八王子くんを視界の真ん中で捉えた。
目が合い、八王子くんが少し顎を突き出して廊下の方を指した。
僕は慌てて頷く。
普段は王子のように振る舞う彼が、こんなふうに僕には見える形で少し粗野な姿を見せることに胸がキュンとしてしまうのは、
僕が王子偏愛の末期だからだろう。
とにかく、彼を待たせるわけには行かない。
八王子くんが、教室を出て左に曲がるのを尻目に、僕は右は曲がった。
目指すは日当たりのいい空き教室。
八王子くんルートが最短だから、僕は待たせまいと全力疾走だ。
俺を避けた他の生徒たちが「ジミーが走ってんだけど笑」と半笑いで囁き合ってる。
目立つのは嫌だけど、八王子くんより優先することなんてないんだから構わない。
なんとか先に空き教室につき、電気をつけ、持ってきたウエットシートで机を拭いていると、八王子くんがやってきて、いつもの席にどさっとだるそうに座った。
こんなだるそうな彼を教室で見ることはない。
僕だけが知っていると思うと、にやけそうになるので顔を引き締めた。
僕も彼の隣…、から1人分空けた場所に腰を下ろした。
彼は「いただきます」と軽く呟いて持参したお弁当を食べ始める。
気を抜いてても、ちゃんといただきますを言えるのは、彼の育ちの良さからだろう。
僕も手を合わせて、持ってきたおにぎりを食べ始めた。
合間に僕は、今日あったこととか、昨日のテレビの話とか、他愛のないことを話す。
八王子くんは「うん」とか「そう」とか曖昧な相槌を打つ。
最初の頃、俺は憧れの彼と何故か2人きりでご飯を食べることになり、緊張でベラベラ話していた。
が、今の通り、そっけない相槌を返されて、つまらない話をして申し訳ないと思って黙り込んでしまった。
すると彼が僕を見て、「山路の声は嫌いじゃないから、テキトーに話してて欲しいんだけど」と抑揚のない声で言った。
きっと、他意は無くて、静寂が嫌だからとか、そういうことだと思うんだけど
推しに、声が嫌いじゃない、とか言われて舞い上がらないオタクがどこにいる?
今でもたまに思い出して、日々の生きるモチベにしながら生きている。
心の引き出しにそっとしまっておいて、たまに取り出して愛でるみたいな、そんな感じで。
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