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55 最終話

16年…、って人生にしたら相当短いけどなぁ… 僕は何も言わずに、ソファに顔を埋めた。 そんな僕に甘えるように、八王子くんの顎が僕の肩に乗せられた。 本当に恋人になったみたいな雰囲気だ… その雰囲気に押されてか、僕は 「付き合うって言うなら考える」 と言ってしまった。 八王子くんが顔を上げた気配がした。 けど、数秒何も言わない。 やっぱり、僕ごときが何を言ってるんだって感じだよね。 「なんて…」と、慌てて取り消そうとした矢先に 「そうすれば、枕やってくれるの?」 と、八王子くんが言った。 「え?」 「山路と付き合えば、山路は俺の枕になって、他のやつらとは関わらない?」 「うん…、うん?」 思わず頷いたけれど、なんかちょっと違うような… 「じゃあ付き合う」 「ええ!?」 僕が驚いて、体を起こそうとしたけれど、激痛がお尻に走り、僕は呻いた。 まだまだ全然お尻が痛い… これ、治るのかな… 「晩飯用意してくる」 鼻歌でも歌いそうなくらい機嫌が良くなった八王子くんが、ソファの上から下りた。 そのまま部屋を出ていく。 え、付き合うって言った? 八王子くんと?僕が? 僕は混乱していると言うのに、彼は晩ご飯を注文し、お風呂を沸かしていた。 冬休みに泊まった時のように、穏やかに時間が過ぎていき、寝る時間になった。 僕はうつ伏せにしかならないので、そうやってベッドに入ると、八王子くんは嬉々として隣に入り込んできた。 しばし、静寂… 「やっぱり、そんな感じで付き合うのって変な気がする」 僕が声を絞り出すと 「なに?付き合うって嘘だったの?」 と、鋭い声がとんだ。 僕は、ビクッと肩を揺らす。 「う、嘘っていうか…、好き同士じゃないとダメじゃないかなって…」 「山路は俺のことが好きなんだろ? じゃあいいじゃん」 「いや…、好き同士って言ったんだけど」 「…、好きなやつと付き合ったことないから分からない。好きじゃなくても付き合えるけど」   「…え」 つまり、八王子くんが今まで付き合ってきた子って、みんな片思いってこと? それでいいのかなぁ… 「でもまあ、今までの彼女よりは、山路のこと気に入ってるよ?」 「えっ…、っていうか、それは枕としてだよね」 「まあ、どうでもいいじゃん。 山路は俺としかこういうことできないなら、 恋人いないよりいた方が得じゃん」 「…うーん」 僕が煮え切らないでいると「もう眠くなってきたから終わり」と言って、彼は口をつぐんだ。 めんどくさくなったから寝たみたい… 少しだけ体を起こして、八王子くんを見る。 豆電球だけ点けた薄暗い部屋に、八王子くんのご尊顔が白く浮かんでいる。 こんな中でも顔が綺麗だ… …、どう頑張っても、僕は八王子くんが好きなんだよな… そう考えると、僕が今、彼と付き合えたって凄いことだ… 僕は考えることを諦めて、再び枕に顔を埋める。 ねむれそう… 眠る前のぼんやりした意識の中で、八王子くんが「山路」と言って僕を抱き寄せた気がした。

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