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54 枕
久々の彼の体温と匂いに、僕もうとうととしてくる。
午後の授業を全部サボって寝たのに、こんなに眠いなんて…
後頭部を撫でられる感触があり、僕の意識が浮上する。
あたりが真っ暗で、どこで何をしてたかを一瞬考えた。
そういえば、八王子くんの家に来たんだった。
「起きた?」
掠れた八王子くんの声に、撫でる手が彼のものだと分かり、一気に体温が上がる。
なんでこんな恋人みたいなことをしているんだろう。
「起きた…、けど、こんな暗くなっちゃったんだ…」
「俺もさっき起きた。つか、山路の携帯がなってて起きた。
今日は泊りって言っておいたから」
「は!?な、なんで?帰るよ、僕」
こんなに気まずいのに、一晩一緒なんて嫌だ。
こんなふうに思うなんて、今までの僕なら考えられない。
なんとしてでも、八王子くんとの時間をとっていたから。
「歩けないでしょ。座れないし」
「…それはそうだけど」
「それに、久々にちゃんと寝たい」
「え?」
意味のわからないことを言われて、僕は聞き返す。
ちゃんと寝るって何?
そんな僕に、八王子くんはため息をつくと
「山路がいないと眠れないって言ったよね」
とぶっきらぼうに言った。
そんなこと…、言っていたような気もする。
「昔から1人だと眠れないんだ。
まあ、誰かがいても眠れないけれど」
「うん?」
「でも、山路がいると眠れるんだよな。
だから、お前は一生俺の枕をやれ」
「…なっ」
な、なんかそれ、横暴だけど…、見方を変えたらプロポーズに聞こえなくもない。
寝起きだから僕の頭が都合よく解釈してるだけかな?
もし、八王子くんが僕を必要としてるとして、添い寝とか情事とか、恋人ができたらぼくはお払い箱になるよね?
そんな都合よく使われるなんて…、もう嫌だな。
目黒さんに彼を取られると思った時の、ドス黒い感情は2度と味わいたくない。
「枕はやだ」
「は?」
僕が断ると思ってなかったのか、八王子くんが鋭い声を上げる。
威圧すれば言うことを聞くと思ってるのかな。
「枕はいつか捨てられるじゃん…」
「随分とえらくなったもんだね」
「う…、でも、捨てられる気持ちなんて2度と味わいたくないし」
「捨てねぇよ。少なくとも、16年生きてきて、眠れる枕が山路しかない」
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