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第15話
その夜、悟さんは鞭を変えた。
「ッ、ヒャアッ?!」
奇声がぼくの喉を裂く。
最初、振りおろされたのが鞭だと分からなかった。
天井のコンクリが落ちてきたか、ブロック塀の破片でもどこからか飛んできたのか、それともあまりに毎日背中を打たれているから、神経の伝達異常で錯覚でも起きてしまったのではないかと、頭が混乱した。
ズキンズキンと尋常じゃない痛みが背中に残る中で二発目が振りおろされたとき、これはとんでもないものを使われているのだと気付いた。
ガツンと熾烈な衝撃が走る。
「ヒィッ?」
今までにないものすごい痛みに、目玉が飛び出しそうになる。本能的な危険を察して、四つ這いの姿勢のまま、ぼくは夢中で前に這いずった。入っていたペニスがずるりと抜ける。
ぼくは普段、一度入れられたペニスを自分から抜くような真似は絶対にしない。なぜならそんなことをしたところでセックスが終わるわけはなく、どうせまたとっ捕まってブチ込まれるのだし、ブチ込まれるときの衝撃を再度味わうことなどしたくないからだ。
でもいまは、それどころじゃなかった。
これまでの革のベルトによる痛みは、それでもまだ皮膚や肉だけのものだった。なのにいまは、骨の内側まで強く打ちすえられるような、なんというか、打たれるたびにその部分の骨が砕けて破壊されるような強烈な激痛が襲うのだ。
枕元の端で振り返り、体を小さくして悟さんを見た。そうする間も背中は火傷したみたいにじんじんと熱く痛んだ。
悟さんは長いペニスをそそり勃てながら、長い魔法の杖みたいのを手にしていた。ぼくは目を丸くしてそれを見た。競馬のジョッキーが持つんじゃないかと思えるような、本物の鞭だった。幅が広くてしなやかに黒光りするそれは、艶のあるカーボンファイバーに似たしたたかさで凛と天を向いている。
がちがちと歯が鳴った。
「さ、悟さん、それ、痛いよ? すごく、痛い」
悟さんはすでに自分のペニスが抜けたことだけでも激怒していて、さらにぼくが口答えなどするものだから、とにかくものすごい形相でぼくを睨んでいた。なに逃げていやがるんだ、とでも言いたげに睨みつけていた。
「なにを言ってるんだ、お前は」
本当にぼくがなにを言っているのかまったく理解できない様子で、ぼそりと呟く。
ぼくの体の震えは、見た目にもしっかり分かるくらいになっていた。今夜のセックスはタカハシのことでも思い浮かべながら耐えよう、なんて甘い考えもぶっ飛んだ。ひたすら恐怖にわななき、全身が総毛立った。
「…それ、すごく痛いよ? 骨にまで、当たる。そんなの使われたら、ぼく、死んじゃうよ――」
悟さんが手に持った鞭を一瞥し、それからまたぼくに視線を戻す。
「痛くて当たり前だ。お前を傷めつけるために手に入れたんだからな。でも死んだりはしねえ。早くこっちに戻れ。入れたばかりだろう」
ぼくは必死に首を横に振った。とんでもない。こんなの、冗談じゃない。
「い、――い、…嫌だ――! 前のに、して。前の、ベルトのがいい――!」
あれの方がよっぽどマシだ。こんな鞭を使われたら背骨の神経までいかれてしまう。
「おい。ふざけるな」
怒りがさっと沸点まで達した声で悟さんが唸る。腹の底から湧きあがるどす黒いマグマみたいだった。
「さっさと来ねえと、もっと痛めつけるぞ」
そして鞭を振りおろす。ぼくの脹脛 が裂けたような音を立てた。
「ぅ、ワアァッ!」
骨に激痛が走る。ひびが入ったとしか思えない。激しい心拍にあわせて熱く痛む足を見ると、皮膚が真っ赤に腫れあがり、一筋を描くように血が浮き始めていた。恐ろしさで呼吸がうまくできなくなる。
「あ…嫌――やめて…お願い…」
ガッと腕を掴まれる。引き戻そうとする暴力に、ぼくは夢中で抗った。
すると何度も平手で頬を張られる。腰を掴まれる。ああ。この地獄から、どうやったら抜け出せるのだろう――!
「イヤ…イヤぁ…」
助けて。
誰か、助けて――。
ペニスが挿入され、ピストンが始まる。
「…あ。…あ。…あ。」
腹部から押し出される吐息で喉が鳴る。さらに容赦なく鞭が振りおろされる。
「ヒイィッ!」
びりびりと背骨が軋んだ。
「うるせぇ! ちっとは黙ってろ!」
悟さんがぼくの中から引き抜かれた。そのまま荒い足音で部屋を出ていく。
ぼくは四つ這いの腕で体を支えきれず、震える上体をおろして顔を布団に埋めた。
心臓が背中に来たみたいに、打ちすえられた傷のところで強く鼓動する。めちゃめちゃに、痛い。こんなの冗談じゃない。やめてほしい。本当に、勘弁してほしい――。
部屋に戻ってきた悟さんが、髪を掴んでぼくの上体を起こす。
「う?」
それはタオルだった。口にタオルを咬まされたのだ。でももう心身ともに抵抗する力などぼくにはなくて、むしろこの方がうるさいと怒鳴られないですむと諦めながら、なされるままにした。
…逃れられない。
この責め苦から逃れられないのだ。苦しみだけが、ぼくのすべてになる。
尻を抱えられ、再びペニスが挿入される。腸壁を深々と抉 るピストンが始まる。
「ウ、ウ、ウ、」
そして高いところから再度おろされる、黒い凶器。骨の砕ける衝撃。
「ウウウウッッ!」
涙が盛り上がり、顔を濡らす。
ぺニスは絶え間なく出し入れを繰り返していた。
洟水で息が苦しい。
心臓はこの場から逃げたいと悲鳴をあげて大きく乱打している。
意識できるのはただひとつ、次にいつあの恐ろしい一撃が自分を襲うのか、それへの恐怖だけだった。
それは一秒後か。十秒後なのか。一分後なのか。
ヒュンっと空気が切り裂かれる音の、その一瞬への恐怖にひたすらぼくは怯えた。
(早く気を失いたい)
(なにも感じたくない)
望むことは、唯一、それだけ。この世の味わうべき感覚から、己が絶命すること。ただ、それだけだった。
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