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第18話 番になれる『好き』

 蒼はしばらくの間、紅に抱きかかえられていた。  蒼の気持ちが落ち着くまで、紅は蒼を抱いてくれていた。  部屋の中には壊れた障子戸の残骸が残っている。  庭には盛り上がって抉れた土がぐちゃぐちゃになっている。  改めて、大蛇の襲撃は夢じゃなかったんだと思った。 「……僕、やっぱり霊力を強くしたいです。紅様がお腹いっぱいになるだけじゃなくて、もっと強くなりたいです」  あの蛇がまた襲ってきても太刀打ちできるくらいには強くなりたい。  (芯を襲った蛇を許さない。もうあんな風に、好きにはさせない)  蒼の胸の中に強い衝動が湧き上がった。  大切な人を傷付けられるのは、自分が傷つくより辛くて怒りが込み上げる。  こんな感情を知ったのも、初めてだった。 「蒼の、閉じていた霊元が開いたね。霊力の放出、もう無意識でできるんじゃないかな」  紅が蒼の胸に手を当てる。  蒼は頷いた。 「さっきは夢中だったけど、力の使い方も何となくわかりました」  掌を上に向けて、霊力を込める。  小さな炎が、ぽっと弾けた。 「凄いね。放出だけじゃなくて転嫁までできた。しかも、何種類か使っていたよね。これは蒼の才能だ」 「才能……、ですか?」  眉間に皺を寄せて首を傾げた。  自分に才能なんてものがあるとは思えない。 「霊力を自然現象に転嫁させるには、大きな霊力量が必要になる。蒼は霊力量が元々多かったから、出来ても不思議じゃない。けど、大抵一つなんだよ。蒼は火の他に水を使えていたよね。他に何が使える?」 「土と風も出来ます」  紅が目を見張った。 「四つも? ……そっか。蒼は天才だね」  紅が一瞬、神妙な顔をしたように見えたが、すぐにいつもの笑みに戻った。  優しい手つきで頭を撫でられて、照れ臭くなる。  天才なんて自分とは無縁の言葉すぎて、ピンとこない。 「でも、蛇々を火で炙った時に、弱いって言われて。紅様の妖力を混ぜたら、こんがり焼けました。蛇々も慌ててました。だからきっと、紅様の妖力のお陰で……」  紅が、思わずといった具合に吹き出した。 「炙ったの? こんがり焼けたの? 蛇って食べたら鶏肉みたいで美味しいらしいけど、蛇々も食べられるかな」 「僕は食べたくないです……」  話ができる蛇を食べるのは気が乗らない。  それ以前に、あの陰湿そうな性格が移りそうで嫌だ。 「俺の妖力を混ぜて威力が増したんなら、俺との相性は良さそうだね」  紅が嬉しそうに蒼の顔を、ふにっと摘まんだ。 「相手が俺じゃなくても、妖怪と番になれば、蒼は今より強くなる。だからこそ、今のままでいるのは危険なんだ。蒼のように強い人間は妖怪に狙われる。餌としても番としても奴隷としてもね」  血の気が引いた。  蛇々のような妖怪に何度も狙われたら、毎回何とかなるとは限らない。 (そういえば蛇々も去り際に、気を付けろって紅様に言ってたっけ。あれ、強がりとかじゃなかったんだ)  早く霊能を鍛えなければと改めて思った。 「蛇々には蒼の存在も霊力も、……恐らく価値もバレちゃったし、隠しておくのは難しそうだね。どうしようかな」  紅が本気で悩んでいる。  蒼は、おずおずと口を開いた。 「あの、紅様とはまだ番になれませんか? 紅様と番になれたら、今より安全なんじゃないかと思うのですが」  紅と番になってしまえば、狙われる危険はなくなるんじゃないかと思った。  少なくとも紅に気を揉ませる必要はなくなる。  紅が、いつになく真剣な顔を向けた。 「前にも話したけど、この国の番は、命を共有するんだ。つまり蒼は俺と魂を繋げる状態になる。番になったら、人間より長い寿命を俺と生き続けるんだよ。ただ一緒に暮らすのとは、訳が違うんだ」  紅が何を躊躇っているのか理解できなくて、蒼は首を傾げた。 「蒼を手放す気はないし、誰にも渡す気はないよ。蒼が番になってくれたら嬉しいとも思う。けど、この国において番の契りは最も重要なんだ。他の妖怪の襲撃を避けるだけなら、俺が守ればいい。蒼の気持ちが定まるまでは、決められないよ」  紅は蒼の気持ちを大事にしてくれている。  思えば最初からずっと、紅は蒼の気持ちが育つのを待ってくれていた。 (最初は、自分の気持ちがよくわからなかったけど。今は、紅様の隣で生きたい。一緒に幸せを探したい。その気持ちだけじゃ、足りなのかな)  そう言えば前に紅が、番になるには『強い繋がり』が必要だと話していた。 (繋がりって『好き』の多さとかかな。『好き』をたくさん作ろうって紅様にも言われた)  番になれるほどの強い繋がりに必要な『好き』が、蒼にはまだ足りないのかもしれない。  それでも、最初に『好き』の話をした時に比べたら、紅への『好き』は確実に増えている。 「一先ず、蛇々の件は友人に相談してみるよ。番の件はゆっくり考えればいいよ」  黙り込んだ蒼の頭を紅が撫でる。  蒼は顔を上げた。 「あの、紅様。さっき紅様が言ってくれたのと同じで、僕も紅様と離れたくないし、一緒に幸せになりたいって思うんですが、そういう気持ちだけじゃ、番には足りませんか?」 「え?」  紅が、見たことも無いような顔で呆けた。 「僕には正直、幸せが何なのか、わかりません。でも『幸せ』はきっと、とても温かいんだと思うんです。僕は色んな温かさを紅様に貰ったから、これからは僕が紅様にあげたいです」  芯との約束は紅と果たしたいと、自然に思った。 「僕が知らない『幸せ』をたくさん、紅様と一緒に探せたら嬉しいです。それじゃ『繋がり』には、なりませんか?」  紅を、じっと見上げる。  蒼を見下ろす紅が、固まっている。 「やっぱり、紅様との幸せを、ちゃんと見付けてからじゃないと、ダメでしょうか……?」  不安そうに問い掛けると、紅の口が薄く開いた。 「ダメっていうか、まるで愛の告白をされている気分だけど、蒼は俺と番になって、本当にいいの?」  紅の耳も頬も、とても赤い。  困っているようにも見えるし、嬉しそうにも見える。 「できるだけ長く紅様の隣で、手を握っていたいから、番になれた方が嬉しいです」  紅が大きく目を見開いた。 「あと、その……、紅様に、いっぱいぎゅってしてほしいので、一日一個のお願いは毎日、同じになりそうな気がします」  紅の白い顔が、見たことがないくらい真っ赤に染まった。 「待って、蒼。いつから、そういう風に言う子になったの? こういうの、現世ではデレっていうんだよね?」 「でれ?」  首を傾げる蒼の体を、紅が抱きしめた。  いつもより腕の力が強くて、体が密着する。 「蒼は、本当に良いって思ってくれているんだね。俺を好きになってくれたんだね」 「前より今の方が紅様への『好き』が、いっぱいあります。紅様への『好き』をもっともっと増やしたい。二人の幸せを見付けたい。だから僕は、紅様と一緒に生きたいです。それにもし、紅様が他の誰かと番になってしまったら、僕はきっと悲しくて辛いと思います」  きっと、どうしたらいいかもわからなくなる。  どう生きたらいいかすら、迷子になりそうな気がした。 「だから、独り占め、したいです」  恥ずかしくて、とても小さな声になってしまった。  呟いた瞬間、紅に唇を塞がれた。 「んっ……、ぁ、ふぁ、ん」  唇が重なって、舌が絡んで、息が止まる。  いつもより、吐息が熱い。 「本音を話してくれる時の蒼は、俯いて顔が赤くなるね。恥ずかしい顔を隠したいの?」  顎を持って上向かされる。  指摘通りすぎて恥ずかしいのに、指でやんわり抑えられているせいで俯けない。 「耳まで真っ赤だから、俯いてもわかっちゃうね」  知らなかったことまで指摘されて、余計に恥ずかしい。 「もっと俺を欲しがって、蒼」  おねだりするように請われて、どうしていいかわからなくなる。  顔を背けたいのに、紅の指がそれを許さない。 「これから毎日、僕に、紅様を、ください……」  きっと人生で最大の我儘なリクエストをしてしまっている。  一日一個のお願いを一生分、使い切った。  紅の顔が蕩けそうなほど嬉しそうに笑んだ。 「いいよ。俺の全部を蒼にあげる。(つがい)になろう、愛しい蒼」  また唇が重なって、熱が流れ込んだ。  紅が蒼の中に溶けてしまいそうなほど、体が熱かった。

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