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第51話 はじめてのヤキモチ
火ノ宮に三日ほど滞在した蒼愛と紅優は、火産霊の引き止めを押しのけて水ノ宮に戻った。
読書の他にも、炎の術の使い方など教えてもらって、蒼愛としてはとても楽しい時間だった。
水ノ宮に戻ると、淤加美が険しい顔で出迎えた。
「予想通り遅かったね。火ノ宮に住むつもりかと思ったよ」
緊急事態でも起きたのかと思いきや、蒼愛たちの帰りが遅かったので不機嫌になっているだけらしい。
火産霊の引き止めを考えたら、これでも早めに切り上げてきたと思うのだが。
などと話すと淤加美がもっと不機嫌になりそうなので、黙っておいた。
「戻るのが遅くなり、申し訳ありません、淤加美様」
紅優と一緒に蒼愛もぺこりと頭を下げた。
「蒼愛が無事なら問題ないけれど。紅優も私のモノだと、あれ程、伝えたのにね」
淤加美に横目に流し見られて、紅優が苦笑している。
「大事な話は、できたのかな?」
淤加美の問いかけに、紅優が一瞬、目を見開いた。
「……はい。ちゃんと伝えられました。佐久夜の話を、火産霊と一緒に」
はにかむように笑んだ紅優に、淤加美もまた安堵の息を漏らした。
「ならば、良かったよ。蒼愛も元気そうだしね」
淤加美に頬を撫でられて、蒼愛も笑んだ。
「二人で佐久夜様を大切にするって決めたんです。どんな神様だったのか、僕も知りたいから、これからいっぱい紅優からお話を聞くんです」
淤加美がニコリと笑んだ。
「そうかい。では私も、昔語りを蒼愛に聞かせようか」
「はい! いっぱい聞かせてください」
淤加美に頭を撫でられて、擽ったい気持ちになった。
「先に大事な話を伝えておこう。色彩の宝石を瑞穂ノ社に祀る日が決まったよ。五日後だ」
「五日後……」
紅優の表情と纏う気が引き締まった。
「五日後には、紅優の目が戻るんだね。そうしたら、完璧な番になれるよね」
紅優の袖を引く。
蒼愛を振り返って、紅優が笑んだ。
「そうだね。今より蒼愛と深く繋がれる。完璧な俺で、蒼愛といられるよ」
言葉は嬉しそうなのに、表情が硬い。
色彩の宝石を奉る祭祀の方を警戒しているのだろうか。
「その間に、二人には志那津の所に挨拶に行ってきてほしいんだ。忙しくさせて、すまないね。本当はもう少しゆっくりと休ませてやりたいのだけれど、そうもいかなくってね」
淤加美の憂い顔に、紅優が表情をこわばらせた。
「何か、あったのですか?」
「いや、そういう訳ではないんだけれどね。あまり時間を空けると、志那津の気が変わってしまうと思うから」
淤加美が蒼愛の肩に手を乗せた。
「風ノ宮で志那津に何を言われても、蒼愛は気にしなくていい。挨拶は形式的なものだから、すぐに戻っても構わないからね」
「はぁ……」
淤加美に労うような言葉を言われて、蒼愛は首を傾げた。
だが、すぐに思い出した。
(そういえば、御披露目で散々、睨まれたんだっけ。僕、志那津様に好かれてないんだ)
「やはり、風ノ宮と土ノ宮にも、挨拶回りは必要でしょうか?」
紅優が心配しているのは蒼愛だろう。
志那津にも須勢理にも、蒼愛はきっと好かれていない。
(ちゃんとやらなきゃいけなかったのに。淤加美様にも紅優にも迷惑かけちゃった)
須勢理はまだ身に覚えもあるが、志那津に関しては何がいけなかったのかすら、わからない。
「そうだね。寄合で公言してしまったし、既に火ノ宮に行っている以上、ナシにはできないよ。特に土ノ宮はね。須勢理は蒼愛が来るのを待っているから、断りようもない」
淤加美の目が一瞬、凄みを増した気がした。
紅優が何も言えずに黙り込んだ。
「私としては、蒼愛には志那津とも須勢理とも話をしてきてほしいと思うのだけれど。どうだろう、嫌ではないかい?」
蒼愛は素直に頷いた。
「僕は嫌じゃないです。志那津様とも須勢理様とも、お話してみたいです」
「須勢理とも、話せるかい? 御披露目の時は怖くなかったかい? 嫌な思いをしたんじゃないのかな」
蒼愛は首を捻った。
「嫌な想いはしていません。怖くもありませんでした。ただ、僕の言葉が、須勢理様を傷付けてしまったかもしれない。だとしたら、謝りたいと思って。僕も須勢理様とお話しする機会が欲しいです」
淤加美と紅優が同じような顔で蒼愛を眺めている。
(驚かれてるのかな。何でだろう)
「志那津様には……、嫌われているのかなって思っています。どうして僕を嫌いなのか、聞いてみたい。それに、もしかしたら一番、仲良くなれるんじゃないかって思うんです」
蒼愛が知らない『嫌い』を初めて教えてくれたのが志那津だ。
どんな神様なのか、話をしてみたかった。
「嫌われているかもと思うのに、話してみたいのかい? 仲良くなれそうな気がするのかい?」
「何となく、そんな気がして。僕は志那津様が嫌いじゃないから」
態度や言葉は冷たかったが、志那津から嫌な気は感じなかった。
蒼愛の言葉を聞いて、淤加美が吹き出した。
「そうか、蒼愛は志那津をそんな風に思うんだね。増々、会ってみてほしいな」
蒼愛の頭を撫でながら、淤加美が紅優に目を向ける。
紅優が諦めた顔をした。
「蒼愛がそういうのであれば、俺は蒼愛を守るだけです」
すっかり寝てしまった紅優の耳に、淤加美が指を伸ばした。
「どうにも元気がないようだね。火ノ宮は紅優にとって実家のようなものだろう? ゆっくりできなかったのかい? それとも慣れない水ノ宮に戻って、居心地が悪いかな?」
「いいえ、そういう訳では……」
紅優が気まずそうに顔を逸らした。
確かに火ノ宮で火産霊と接している時の紅優の方が気安く見える。
淤加美には、かなり気を遣っている印象だ。
(最初はわからなかったけど、火産霊様と一緒の紅優を見た後だと、よくわかる。色んな関係があるんだ)
日美子や月詠見、淤加美に火産霊と、紅優は神々とそれぞれに距離感が違うのだとわかった。
志那津や須勢理はどうなのだろうと思った。
(須勢理様は、紅優が苦手か嫌いかもしれない。紅優のことを考えたら、須勢理様の所にはいかない方が良いのかも)
御披露目の時の須勢理の態度を思い出す。
また攻撃されたら、紅優が嫌な思いをするのかもしれない。
「ふぅむ、困ったね。紅優の元気がないと、心配になるよ」
淤加美がちらりと蒼愛を流し見た。
「もっと紅優が寛げるように、やっぱり私の加護を授けようか。少しは水ノ宮に妖力が馴染むだろう」
淤加美が紅優の腕を引いて、その体を抱き寄せた。
「え⁉ いえ、流石にそれは、あまりにも急すぎます。俺には水の適性はありませんから、馴染みませんよ」
「与えてみないと、わからないだろう? 蒼玉の番になったんだ。紅優にも水の適性が生じているかもしれないよ」
更に抱き寄せて、淤加美が紅優の顎を掴む。
「淤加美様、御戯れが過ぎるかと……」
紅優の声が震えている。
嫌がっているというより、怯えている感じだ。
「唇を重ねるだけだよ。すぐに済む」
淤加美の唇が紅優に触れそうになった時、蒼愛は無意識に淤加美の袖を引いていた。
動きを止めて、淤加美の目が蒼愛に向く。
「あっ、ごめんなさい……。邪魔するつもりじゃ……」
我に返っても、淤加美の袖を離す気になれなかった。
「邪魔する気がないのなら、離してくれないかい、蒼愛。このままじゃ、紅優に加護をあげられない」
淤加美の声がいつになく冷たく聞こえて、びくりと震える。
それでも、掴んだ袖を離せなかった。
「あ、あの、淤加美様……、加護を与えるの、キスじゃないとダメですか……」
声がどんどん小さくなって、消え入りそうだ。
「神力を外側から押し込んでもいいけれど、口移しが確実だよ。濃厚な神力を流せる。濃いから少し、気持ち良くなってしまうかもしれないけれどね。蒼愛にも、しただろう」
思わず顔が上がった。
淤加美の加護も神力も、口移しで何度も授かっている。だから、言葉の意味は理解できる。
「じゃぁ、やっぱり、外側から……」
「蒼愛、大事な想いは、はっきり言葉にしないと伝わらないよ。大事じゃないなら、紅優に加護を与えた後でもいいね」
口の中でもごもごと話す蒼愛に、淤加美がすぱっと言い切った。
蒼愛に袖を掴まれたまま、淤加美が紅優に顔を近づけた。
「ダメ! 紅優にキスして良いのは僕だけ! 淤加美様でもダメです!」
二人の間に無理やり割って入って、紅優に抱き付く。
「ごめんなさい、淤加美様。でも、水の加護は外側からにしてください。キスも気持ちよくなっちゃうのも、ヤダ」
我儘を言い過ぎて、心臓がバクバクする。
気持ちが昂って、涙目になった。
「蒼愛……。もしかして、ヤキモチ?」
紅優に耳元で囁かれて、顔が熱くなった。
「ごめん、ごめんね、紅優。邪魔して、ごめんなさい。でも、やっぱり嫌だ。僕以外の誰かと紅優がキスするの、嫌だ」
「嬉しいよ、蒼愛。蒼愛が自分の気持ちをはっきり話して、我儘言ってくれるのも。俺を独り占めしたいって思ってくれるのも、凄く嬉しい」
飛びついた蒼愛の体を抱きとめて、紅優が蒼愛に口付ける。
声が浮かれているのが、蒼愛にもわかった。
「僕、紅優の前で他の神様といっぱいキスしてる。嫌な思いさせて、ごめん。心配させて、ごめん」
加護をもらうためとはいえ、会う神総てと蒼愛はキスしている。
その度に、紅優はこんな想いをしているのだと思ったら、申し訳なくて涙が出た。
「大丈夫、蒼愛の気持ちは、ちゃんとわかってるから。蒼愛にとっても俺にとっても、必要な儀式だよ」
紅優が蒼愛を強く抱きしめ返す。
腕の力強さが嬉しくて、余計に涙が出た。
「ふふ、耳が立ったね。元気が戻ったようだ」
淤加美が小さく笑んで、紅優の耳を撫でた。
「蒼愛を泣かせるつもりはなかったんだけれどね。まさか、こんなに嫌がるとは思わなかったよ。すまなかったね、蒼愛」
淤加美が蒼愛の髪を撫でる。
「淤加美様……、わざと、ですか?」
「さぁ、何の話だろうか。蒼愛が戻ってきたことだし、食事の支度をしよう。今日は蒼愛の好きな天ぷらが良いかな。和食は火ノ宮で出したかな。ハンバーグ、ステーキ、あとはお鍋なんて、どうだい?」
紅優の訝し気な視線を躱して、淤加美が惚けている。
「水の加護は、いただけるのでしょうか?」
「紅優が欲しいのなら、あげるよ。ただし、外側から神力を押し込む形でね。蒼愛が許してくれるのなら口移しでもいいけれど」
ニタリと笑んだ淤加美が、蒼愛を眺める。
蒼愛はフルフルと首を振った。淤加美が可笑しそうに笑った。
「私の可愛い蒼愛を守れるのは紅優しかいないのだから、元気でいてもらわないと困るよ。お前たちはこの国の宝なのだからね」
淤加美の確信めいた笑みを眺めて、蒼愛は呆けた。
愛おしそうに蒼愛を抱きしめてくれる紅優の耳は立っているから、良しとしようと思った。
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