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第52話 風ノ神 志那津

 火ノ宮から戻って一日、ゆっくり体を休めた蒼愛と紅優は、次の日には風ノ宮に向かった。  本当は空いた時間で『瑞穂国創世記』を読みたかったが、そんな時間はなかった。 「蒼愛が知りたい話は、もしかしたら風ノ宮で知れるかもしれないよ。まずは志那津と話をしてごらん」  淤加美が意味深な物言いをして、蒼愛と紅優を送り出した。  ついでに、と荷物を渡された。志那津へのお遣いを兼ねているらしい。 「僕が知りたい話って、創世記の話かな?」 「そうだね。行ってみれば、わかるよ。もし会えたら、蒼愛はびっくりするかも」  紅優が、ちょっと楽しそうな顔を向ける。 (紅優は知ってるっぽい。僕がビックリする相手……。創世記と関りがある神様なのかな)  小さな疑問を胸に、蒼愛は風ノ宮に赴いた。  風ノ宮もまた、他の神々の宮同様に簡素ながら重厚な造りの宮だ。  余計なものがない分、大きく感じる。 (話くらいは、してもらえるかな。淤加美様は形式的な挨拶だけで帰ってきてもいいって言ってくれたけど)  蒼愛としては、出来れば話をしてみたい。  蒼愛と紅優が宮の入り口に立つ前に、扉が開いた。 「来なくていいって言ったのに、本当にきたんだ」  開いた扉の向こうには、志那津が立っていた。  蒼愛を横目に流し見て、すぐに目を逸らされた。 (やっぱり嫌われているっぽい。ご挨拶だけして帰った方がよさそう)  紅優が一歩前に出て、礼をした。 「お時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます。番になりましたご報告とご挨拶に参じました」 「わかってるよ。御披露目でお前たちの話は充分聞いた。他に用件でもあるの?」  紅優が、淤加美に預かった荷物を志那津に手渡した。 「こちら、淤加美様から志那津様へと御預かりしたお届け物でございます」 「淤加美様から? さっさと寄越して」  紅優の手から奪い取るように志那津が荷物を受け取る。  荷物から小さな竜が舞い上がって、志那津の鼻に口付けると、飛沫になって消えた。  しばらく俯いて黙っていた志那津だったが、荷物と紅優たちを比べ見て、背を向けた。 「早く入ったら? いつまでも入り口に立って居られても迷惑だよ」  短く言い放って、志那津が宮の中へと入っていく。  蒼愛は紅優を見上げた。 「行こうか」  紅優が蒼愛を促したので、一先ず志那津に付いて宮の中へ入ることにした。  風ノ宮は綺麗に整った宮だった。綺麗というより、余計なものがほとんどない。  日ノ宮や水ノ宮でも同じように感じたが、風ノ宮はそれ以上だと思った。  志那津が歩みを止めて、蒼愛を振り返った。  じっと見詰められて、どうしていいかわからず、首を傾げてみた。 「俺は人間が嫌いだ。この幽世を侵略しようと、平和に暮らす妖怪たちを惨殺せしめた人間は、この幽世の敵であり、神々が排除すべき異分子だ。宝石であっても人間には違いない。俺は人間を信用しない」  志那津の言葉に、蒼愛は絶句した。 「侵略……。異分子……」  蒼愛の肩に手を乗せて、紅優が志那津に向き合った。 「志那津様、蒼愛はまだ瑞穂国創世記を、ほとんど読んでいません。ですので、この幽世の歴史を把握できておりません」  紅優の説明に、志那津が舌打ちした。 「そうだろうと思ったよ。だから、そんな風に何も考えていない平和そうなアホ面を晒せるんだろう。淤加美様が俺にその阿呆を押し付けた理由も、ソレだろう」  志那津の鋭い目が蒼愛に向いた。 「現世では恵まれない境遇で生きていたとか、そのせいでろくに読み書きも出来ないだとか、宝石の質が現れてから忙しくて本を読む時間もなかったとか、全部言い訳にしかならないからな」  びしっと言い切られて、蒼愛は何度も頷いた。   (志那津様、僕のこと、よく知ってくれてる。淤加美様に聞いたのかな)  火産霊も蒼愛の事情をある程度、把握していた様子だった。  神々の間では、連絡事項のように流れている情報なのかもしれない。 「俺の宮に来たからには、総て覚えて帰ってもらう。読めない漢字なんかないくらいに勉強してもらうよ」  睨み据えられて、蒼愛は呆然と志那津を眺めた。 「漢字、教えてもらえるんですか? 創世記や、この国の歴史も、勉強できるんですか?」  あまりに予想外の展開に、蒼愛は呆然とした。 「そうだって言っているだろ。一度で覚えろ。二度話すのは時間の無駄だ。それとお前、まだ半分は人間なんだろ。食事は一日三回で足りるの? 厠は宮の奥にあるから、そこを使え。風呂と寝所は追って案内するけど、紅優と一緒で良いだろ」  早口な志那津の言葉を聞き洩らさないように、前のめりになって何度も頷いた。   「三日で、淤加美様の側仕として恥ずかしくない半妖になってもらう。お前みたいな阿呆でも蒼玉である以上、水の加護を受けるんだ。引き受けた以上、淤加美様に恥をかかせる阿呆のままでは帰せない」  言い切った志那津を、蒼愛は呆然としたまま眺めた。 「……なんだよ。まさか理解できなかったとか言うつもり? 難しい話はしてないよ」  ふらりと前に出て、志那津の手を強く握った。  悲鳴を飲み込んで、志那津が後ろに仰け反った。 「頑張ります! 勉強できるの、とても嬉しいです!」  今まで知りたかったことの総てを、志那津が教えてくれる。  それが蒼愛には何より嬉しかった。 「精々、努力するんだね」  蒼愛の顔を眺めていた志那津が顔を背けた。  その顔はほんのり赤くて、照れを隠しているように見えた。  後ろで紅優が吹き出したのを誤魔化していた。 「志那津様、我々は淤加美様からそのようなお話は伺っておりませんでしたが、御厚意に甘えさせていただいてよろしいのでしょうか?」  紅優の問いかけに、志那津が不機嫌な顔で淤加美からの届け物を眺めた。 「仕方がないだろう。淤加美様に頼りにされたら嬉し……。神々の筆頭である淤加美様の計らいなんだ。力添えするのは風ノ神として当然だろ」  志那津が表情を改めて、眉間にしわを寄せた。 「俺は人間が嫌いだけど、同じくらい馬鹿も嫌いだから。見込みがないと判ずれば切り捨てるよ」 「はい! 志那津様に認めてもらえるように、頑張ります」  溜息を吐いた志那津だったが、蒼愛の手を振り解かなかった。

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