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第65話 神々の側仕

 天上にある瑞穂ノ宮で、蒼愛と紅優は支度を整えていた。  今日は祭祀なので、いつもとは違う着物だ。  赤い袴に白の着物、袖口に赤い紐が通された変わった誂えだった。  着物には地紋が入っていて、神々の神力が感じ取れた。 「蒼愛、支度できた?」  顔を覗かせた紅優の姿を見て、思わず見惚れた。  蒼愛と同じ作りの着物を着ているはずなのに、美しくて華やかで、何より神々しく見えた。 「紅優、綺麗……」  蒼愛の言葉を嬉しそうに聞いて、紅優が蒼愛の髪を撫でた。 「蒼愛も似合ってるよ。可愛いし、格好良い」  摘まんだ髪に口付ける。  その仕草まで艶っぽくて素敵に映る。 「やっと、紅優の目が戻ってくるんだね」  蒼愛は紅優の左目に手を伸ばした。  紅の瞳に、今日の着物は良く似合う。  まるで紅優のために誂えた着物のようだ。 「そうだね。千年も自分の中になかった目だから、ちょっと変な気分だ」  千年、この国の均衡を守り続けた左目が今日、主の元に戻る。  色彩の宝石を奉る祭祀自体が、紅優のための儀式のように感じられた。 「ずっと側にいてね。僕の隣に居てね。紅優のままでいてね」  触れる蒼愛の手を、紅優が握った。 「当たり前だよ。何も変わらない。蒼愛の紅優のままだよ」  紅優が蒼愛の手に口付ける。   「うん。紅優、愛してる」  同じように紅優の手に口付けた。 「紅優、蒼愛、準備できたか?」  扉の向こうから、黒曜の声がした。 「もう開けて大丈夫だよ」  紅優の声を聴いて、黒曜が扉を開けて入ってきた。  二人の姿を眺めた黒曜が、感嘆の息を漏らした。 「やっぱり似合うなぁ。二人は間違いなく、天上の神様だな」  黒曜の言葉に、紅優が顔をしかめた。 「やめてよ。神様じゃないよ」 「いや、神様だろ。瑞穂ノ神と色彩の宝石として、祭祀の後はこの瑞穂ノ宮に住むんだろ」 「そうだけどさ……」  紅優が納得できないような不貞腐れた顔をした。  昨日、風ノ宮の中庭で志那津の帰りを待っていた蒼愛と紅優は、慌てた様子で戻ってきた志那津にそのまま水ノ宮に連行された。  須勢理以外の全員が揃った水ノ宮で、紅優は淤加美の手厚い歓迎を受けた。 『私の探し物が、まさかこんなに近くに居たなんてね。然程、意外でもないけれど。色彩の宝石である蒼愛は、ちゃんと見付けてくれたね』  淤加美に抱きしめられた紅優は、恐縮しながら戸惑っていた。  月詠見が言っていた淤加美の探し物は、どうやら色彩の宝石を盗んだ犯人だけではなかったらしい。  その場で、今日の段取りが説明された。  今後、蒼愛と紅優が瑞穂ノ宮に住むことも、その場で承諾させられていた。  紅優は終始、戸惑っている様子だった。 『私の探し物は、あと二つある。理を守るためにも、きっと必要だ。ご協力ください、瑞穂ノ神様』  そう笑顔で迫る淤加美は、蒼愛的にもちょっとだけ怖かった。 「ずっと妖狐として生きてきたのに、突然神様やってくださいとか言われても、困るよ」  紅優が、がっくりと肩を落としている。  黒曜が苦笑いしながら気の毒そうに紅優の肩を叩いた。 「そりゃまぁ、そうだよなぁ。けど、俺的には今までと大して変わらねぇ気がするぜ。均衡を守る石が紅優の左目から蒼愛の色彩の宝石になるだけだろ。役割自体は似たようなもんだぜ」  黒曜の言う通り、理を守る役割は、この幽世の均衡を保つのと変わらない。   「役割は別にいいんだよ。淤加美様が俺に敬語で話したり様付けしてくるんだよ。怖くて言葉が入ってこないよ」  紅優の肩が小さく震えている。 「あぁ……」 「そこだったんだ」  なるほどな、と思った。  昨日、集った神々が全員、紅優が瑞穂ノ神である事実に異を唱えなかったのに、紅優だけが戸惑っていたのはそう言う理由かと納得した。  同じ納得をしたのか、黒曜が蒼愛と同じような顔をしていた。 「黒曜殿、入ってよろしいか」  半開きの扉をノックして、入り口に男性が立っていた。  紅優と同じように頭に白い耳がある。 「あぁ、来たか。いいぜ、全員入ってくれ」  黒曜が声をかけると、妖怪らしき集団が入ってきた。 「あの人たち……、じゃなくて、妖怪たちが神様たちの一ノ側仕かな」 「ん、そうだよ。今日、俺たちを守ってくれる皆だよ」  蒼愛の小声の問いかけに、紅優が答えてくれた。  須勢理や大気津、大蛇の襲撃を懸念して、神々が祭祀に一ノ側仕を配置してくれた。  祭祀の前に顔合わせをする手筈になっていた。 「久しいな、紅優。番の祝いをする前に、神となる祝いをしようとは、思わなんだよ」  先ほどの白い妖狐が紅優と握手している。 「まさか俺も、こういう形で久々の再会をするとは思ってなかったよ、吟呼(ぎんこ)」  紅優の肩が、がっくり下がっている。  吟呼と呼ばれた妖狐が気の毒そうに紅優を眺めた。 「神様になるんだから、別にいいんじゃないの? もっと堂々としてなって。神様ライフ、きっと楽しいよ?」  赤い髪の若い男性が良い笑顔で紅優の肩を叩いている。 「陽菜(ひな)さんは、相変わらずお元気そうですね。お久しぶりです」 「久し振り。てか、さん付けと敬語やめてねぇ。日美子に叱られるから。紅優はもう、俺たちより高位の神様なんだからさ」  カラカラと明るく笑いながら、紅優の肩をバシバシ叩いている。 「陽菜、あまり揶揄ってやるなよ。急に神様とか言われたら、普通は戸惑うんだ。お前みたいに神様か妖怪か、よくわからない鳳凰とは違うんだよ」  陽菜の後ろに付いて来たらしい黒い男が苦言を投げた。 「お気遣い、ありがとうございます。世流(よる)さん」  紅優の話す言葉が、どんどん短くなっている気がする。  一ノ側仕たちは知り合いのようだが、囲まれたせいか余計にへこんでいるように見える。  蒼愛は少しずつ後ろに下がって、部屋の隅に置いてある椅子に腰かけながら、紅優が囲まれる光景を遠巻きに眺めていた。 「皆、強そうだなぁ」  感じる妖力は強い。  それだけでなく、妖力には神力が混ざって感じる。 (利荔さんが一ノ側仕は番みたいな役割もするって話していたけど。やっぱり食事の相手もするのかな。体を繋げたり、とか? どこまで、するんだろ)  そこまで考えて、はっと我に返った。 (ダメダメ、今から祭祀なのに。変なコト考えちゃ、ダメ。というか、利荔さんはいないのかな) 「利荔は先に現場視察に行った。後から合流する」 「そうなんだ」 「あそこで紅優の手を握っているのが火産霊様の妖狐で、名が吟呼。肩を叩いているのが日美子様の鳳凰で陽菜。隣にいる黒いのが月詠見様の八咫烏で世流」 「へぇ、教えてくれてありがとう……」  一通り聞いてから、隣に誰かがいる状況に驚いた。  隣を見上げると、ショートボブの綺麗なお姉さんが蒼愛を眺めていた。 「私が淤加美様のニノ側仕、角ある蛇の夜刀(やと)。よろしく、蒼愛様」 「よろしくお願いします……」  普通に挨拶されて、普通に挨拶を返してしまった。  気配も妖力も、全然気が付かなった。 (蛇だから、気配を消すの上手なのかな。大蛇の蛇々とは、気配が全然違う。もっと澄んだ、神様に近い気配だ)  隣にいると認識したら、夜刀の気を感じられた。  同じ蛇でも違うモノなんだなと思った。 「あの、夜刀さんはニノ側仕なんですか?」  今日は一ノ側仕が集まると聞いている。 「淤加美様の一ノ側仕は(みつち)縷々(るる)。今回みたいな戦闘向きじゃないから、今日は私」 「戦闘向きじゃない……」  つまりは戦闘に特化した選出ということだ。  当然なのかもしれないが、改めて危険を感じた。 「あー! 夜刀、抜け駆け狡い! 俺も蒼愛様に絡みたい!」  全体的な雰囲気も髪色も明るい男の子が近寄ってくる。  夜刀が鳳凰の陽菜と教えてくれた妖怪だ。  人間だったら大学生くらいの風貌に見える。 「初めまして、紅優の番の蒼愛で、す!」  ペコリと頭を下げたら、手を引かれて上体が起きた。 「うわぁ! 噂通り可愛いね。色彩の宝石の神力、美味しそう。側仕はもう決めた? まだだったら決める前に俺に神力舐めさせて」  頬ずりされて、どうしていいかわからない。  迫る陽菜の襟首を八咫烏の世流が引っ張った。 「おら、よせって。怯えているだろ。すみません、蒼愛様。悪気はないんですが遠慮もない奴で。日美子様に叱ってもらいますから」 「はぁ……」  世流は、しっかり者らしい。表情から日頃の苦労が垣間見える。  日美子や月詠見と、陽菜や世流が一緒にいる姿は、何となく想像できるなと思った。 (陽菜さんと月詠見様が好き勝手してるのを世流さんと日美子様が諫める感じかな)  大きな手が伸びてきて、蒼愛の手を握った。 「初めまして、火ノ宮ではお会いできませんでしたな。九尾の妖狐、吟呼にございます。紅優の同族です」  短い銀髪が美しい男性が、切れ長の目を細めた。 「お話は、ちょっとだけ聞いています。初めまして、蒼愛です。お会いできて、嬉しいです」  握手しながら、軽く会釈する。ちょっとだけ照れた心持になった。  たくさんの妖怪に突然囲まれてドキドキする。  それ以上に、気になることがあった。 「あの、様付けじゃなくても、大丈夫です。僕は神様じゃないので。敬語じゃなくていいです」  むしろ、やめてほしいと思う。 「蒼愛! 自分だけ狡いよ。俺が神様なら蒼愛も神様でしょ」  紅優が訳の分からないことを言って蒼愛に抱き付いた。  抱き付くと言うより縋り付いている感じだ。 「紅優、もう諦めろ」  黒曜が、そっと紅優の肩を叩いて優しく慰めている。 「紅優が……、紅優が瑞穂ノ神なら、蒼愛様は準ずる存在だからねぇ。神様が様付けで呼ぶ存在だよ、普通はね。俺たち側仕が呼び捨てはできないって」  陽菜が明るく説明してくれた。  何となく様に力が入って聞こえる。  紅優が、じっとりと陽菜をねめつけた。 「陽菜さん、虐めですか……。今までずっと呼び捨てでタメ口だったでしょ」 「そりゃぁ、今まではねぇ。これからは瑞穂国の最高神なんだからさ。只の事実を教えただけだよぉ。別に俺は、紅優様の反応が面白いから言ってるわけじゃないよ」  陽菜の言葉に紅優が泣きそうな顔で蒼愛にしがみ付いた。  世流が陽菜の頭を軽く叩いた。 「紅優……様も、蒼愛様も、そういう扱いに慣れてないんだろ。とはいえ、俺たちの立場的に様付けも敬語も外せないしなぁ」  世流の言葉を聞いて、そういうのもあるのかと知った。  神様の側仕が、新しい神様とその番を呼び捨てはできないらしい。  幽世も現世と変わらない序列があるようだ。  控えの間の扉が開いて、利荔が入ってきた。 「揃ってるね。皆、挨拶は済んだの? 蒼愛、今日の着物も可愛いね。紅優も似合ってるよ、神様っぽい」  部屋の中の様子を眺めて、利荔がいつも通りに話をした。 「やっぱり、利荔さんが一番頼りになりますね」  紅優が利荔に縋り付いた。  普通に話してくれたのが、余程に嬉しかったらしい。  こういう姿は初めて見た。 「え? 何々? 何かあったの? 虐められたの?」 「陽菜が、な。執拗に紅優を虐めるから、ちょっとへこんだみたいだ」  冗談交じりの利荔の言葉に、世流が返事する。 「えー! だってさ、俺たちも慣れないといけないよ。紅優様と蒼愛様って呼ぶの。二人はもう、神様なんだから」 「あぁ、そういう話ね……」  陽菜の言葉を聞いて、利荔が気の毒そうに紅優の頭を撫でてやっている。 「私は平気。紅優様と蒼愛様。普通に呼べる」  夜刀が、さらりと呼んでいる。  最初から語り口が淡々としてあまり表情もないから、違和感なく受け入れられる。 「俺は、ちょっと戸惑いますな。紅優は知己ですから。蒼愛様は初見故、このまま慣れてしまいましょうが」  吟呼が蒼愛に微笑みかけた。  切れ長の目は冷たい印象だったが、笑むと可愛いのだなと思った。 「別にいいんじゃないの? 好きに呼んだら? とりあえず、祭祀の前に神様をへこますのはやめようよ」  困った風に笑って、利荔が寝てしまった紅優の耳を撫でた。  紅優の尻尾が緩く揺れている。  他の側仕に比べて、紅優は利荔を信頼しているのだなと、何となく思った。

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