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第75話 仲良くなる一歩

 次の日も蒼愛は紅優と共に風ノ宮に向かった。  今日はちゃんと志那津の助言を聞いて、妖狐姿の紅優の背中に乗せてもらっている。 「やっぱり紅優の背中はフワフワでサラサラで気持ちいいね」  顔を埋めてモフモフする。  紅優が嬉しそうに笑った。 「蒼愛がもっと上手に風を扱えるようになったら、また一緒に飛んでね」 「うん! 紅優を乗せられるくらい、上手になるよ! 着地もちゃんと覚えるから」  昨日は紅優を落として転がしてしまった。  ちゃんと着地ができるようになるまでは、もう乗せられないと思った。  風ノ宮に着くと、志那津が準備万端で待っていた。 「早速、始めるぞ。昨日は捗らなかったからな」  パズルの枠を囲むように座る。  昨日は始めた時間も遅かったし終わる時間も早かったので、外側の枠が半分出来た程度だった。 「そんなに急がなくても大丈夫です、志那津様。楽しみながらやりましょ」  笑いかけると、志那津が蒼愛をじっと見詰めた。  よくわからなくて、たじろぐ。 「蒼愛は、スゼリとはタメ口だったな」 「はい、スゼリにはもう様付けも出来ないし、何故か僕から敬語では話せないので」  それも幽世の強制力なのだろうと思った。  土ノ神を降り側仕になったスゼリは、瑞穂ノ神の番である色彩の宝石の蒼愛より確実に立場が低い。 (神様たちには今まで通り敬語で話ができているから、やっぱり瑞穂ノ神は別枠みたいな扱いなのかな)  淤加美たちは、瑞穂ノ神を最高神と呼ぶが、紅優の認識通り異端の神であり、別枠のような気がする。  考えるような素振りをしていた志那津が、蒼愛に向き直った。 「俺にもタメ口で話せ。様付けも要らない。蒼愛は瑞穂ノ神の番の、色彩の宝石なんだから、そうあるべきだ」 「え? でも急には難しい、です……」  以前に火産霊にも、弟みたいなものだから敬語じゃなく話せとか、呼び捨てで良いと言われたが。  あの時も大変な決意が必要だった。  そもそも急に変われるものでもない。  困っていると、志那津の目が紅優に向いた。 「まずは紅優が手本を見せればいい。呼び捨てでタメ口で話してくれ」 「えぇ⁉ 突然、何を言い出すんですか。蒼愛とはお友達だからタメ口で話したいのでしょう?」  突然に矛先を向けられて、紅優が蒼愛以上に慌てている。 「紅優も蒼愛も俺たちが守るべき神なんだ。俺たちに敬称や敬語を使うのは、そもそもおかしいだろう」  正論と言えば正論なのだが。  紅優と蒼愛が二人して困っていると、遠くで利荔が笑った。 「志那津様、急にそんなこと言ったら可哀想だよ。特に紅優なんか畏縮しちゃうタイプなんだからさ」  縁側に文机を置いて執筆していた利荔が筆を置いた。 「志那津様はさ、蒼愛ともっと仲良くなりたいんだよ。タメ口で話していたスゼリと蒼愛が仲良さそうに見えて羨ましかったんだって」 「そんなこと、言ってない」  抗議した志那津の言葉を、利荔が自然にスルーした。 「スゼリっていうか、紅優と話すみたいに話してあげてよ。気を遣わなくていいからさ。蒼愛は、志那津様ともっと仲良くなりたくない?」 「仲良くなりたいです」  間髪入れずに答えた蒼愛に、利荔が笑んだ。 「じゃぁさ、もっと仲良くなるための一歩だと思って、ね?」  利荔に促されて、蒼愛は志那津に向き直った。 「えっと。志那津……は、僕が気楽に話しかけたら、嬉しい?」  小首を傾げて問う。  蒼愛を見詰めていた志那津の顔が見る間に真っ赤になった。 「ちょっと、待て。紅優は、いつも、こういった蒼愛の可愛さを、……毎日、受け止めているのか?」 「そうですよ。ちょっと可愛い顔で名前を呼ばれただけで真っ赤になっていたら、蒼愛とは暮らせませんよ。確実に毎日、可愛いですから」  紅優が穏やかな笑みでそう語る。  志那津が俯いて顔に手を当てている。 「思った以上の破壊力だ。俺は時々会えるくらいが、ちょうどいい、のかもしれない」  志那津が真顔でよくわからないことを言っている。  縁側から見ている利荔が引き笑いしていた。 「志那津様の反応が予想以上でちょっと引くけど、そんな感じで話してあげてよ、蒼愛」 「わかりました。あの……、利荔さんには今まで通りで、良いですか? 僕にとっては利荔さんは先生だから、敬語が良いなって思います」  ちょっと不安な面持ちで、蒼愛は利荔に問うた。 「俺のことは好きに呼んで好きに話しかけてくれていいよ。しかし、先生というのは嬉しいね。いつでも勉強しにおいで。歓迎するよ」 「はい! 嬉しいです。僕、利荔さん大好きです」  思えば利荔は祭祀の時も紅優に自然体で接してくれた。  大人な雰囲気の利荔がいてくれると、それだけで安心する。  蒼愛の発言を聞いて、志那津が利荔を睨んだ。 「蒼愛、嬉しいけど、そういう発言は志那津様にしてあげて」  利荔が苦笑いして志那津をいなした。 「大丈夫だよ。友達の志那津は最初から大好きだよ」  きゅっと手を握る。  志那津が耳まで真っ赤になった。 「蒼愛の大好きが安売りされていく。最初は俺だけにしか言わなかったのに」  紅優が顔を手で覆って悲しんでいる。 「だって紅優は特別大好きでしょ? 紅優にしか言わない好きは沢山あるよ」  蒼愛の言葉に、紅優が嬉しそうに顔を上げた。 「そうだね。パズル始めようか。今日は昨日より頑張れそう」  紅優の尻尾がいつもより揺れている。 「皆、蒼愛が大好きだね。どこまで誑し込めるか楽しみだなぁ」  独り言を呟きながら、利荔がまた筆を執った。 「無駄話ばかりもしていられないな。パズル、始めるか」  志那津が箱からピースを取り出した。  蒼愛たちはそこから、黙々とパズルを始めた。 「このパズル、やっぱり絵柄があるよね。真っ黒じゃないとは思っていたけど、結構カラフルなのかな?」  大きくて細かいパズルを造る場合、四面の枠を作るのが定石だ。  そこから内側に向かって作って行くのだが、面が増えるにつれ、赤や白、青といった色味が増えてきた。  普通なら箱の表面に完成した絵柄が描かれていて、それを参考に作るのだが。  このパズルの場合、箱の表面の絵が真っ黒で参考に出来る絵柄がない。 「昨日は単色かと思ったが、今日は急に色味が増えた印象だな」  志那津の言葉に、紅優が戸惑った声を上げた。 「というか、昨日と色味が違いませんか? 左端の辺り、昨日は白かったのに、今日は赤が混じっていません?」  蒼愛と志那津は、手を止めた。  段々と内側に向かって作っているから色が増えたのかと思っていたが。 「言われてみれば、左端の、その辺りは昨日既に作ってあったな」 「どういうこと? ピースの色が変わったの?」  志那津が腕を組んで考えている。 「……絵柄が一つじゃないのかも、知れないな」  蒼愛は首を傾げた。 「それって、一つのパズルの中に何個も絵があるってこと?」  大きなパズルの中に色んな絵が描かれているのだろうか。  志那津が首を横に振った。 「何種類かの絵が仕込まれている。時間経過で絵柄が変わるんだ。だから、ピースの色も時間で変わる」  志那津が手にしたピースをくるくると回した。 「紅優が作っていた左端のあたりは、昨日は生成のような白に黒の線が入っていた。地図のような絵柄を想定したが、黒い線がなく、生成の上に白や赤が見える。着物の柄に見えなくもない」  志那津の説明に、紅優が息を吐いた。 「明らかに月詠見様の悪戯ですね。一体、何種類仕込んだのやら」  志那津でも難しいかも、と言っていた月詠見の言葉を思い出す。 (そういう意味だったんだ。だから参考に出来る絵柄も塗りつぶしてあるんだ)  蒼愛は妙に納得した。 「どれくらいの時間で絵柄が変わるのか。何種類の絵柄があるのか知りたいところだが」 「その辺は、できてからのお楽しみだね」  志那津の言葉に蒼愛があっけらかんと続けた。 「元々、完成形の絵もわからないんだし、作ってみるしかないよ。今日は今日なりに合うピースはあるんだから、作れるよ」  ニコニコと志那津に笑いかける。  志那津の難しい顔が緩んだ。 「それもそうだな。月詠見の悪戯を理屈で考えても詰まらない。今日は今日の絵柄を楽しんで作るか」 「うん! 毎日、違う柄が作れるの、楽しいよね。一度に何種類ものパズルをしているみたい」  蒼愛と志那津はそれぞれにピースを探して、またパズルに熱中した。 〇●〇●〇  紅優はそっと抜けて、利荔の隣で茶を飲み始めた。 「やっぱり風ノ宮に持ってきて、良かったです。俺はもうお手上げです」  紅優の疲れた様子に利荔が苦笑いする。 「理詰めの志那津様が感覚に任せて何かするのって、遊びでも珍しいよ。これも蒼愛の影響だねぇ」  利荔が筆を休めて紅優と同じように茶を飲んだ。 「ウチに来たスゼリも素直になっていましたよ。蒼愛には、相手の良さを引き出す才があるのかもしれませんね」 「前向きだし真っ直ぐだし、素直だからねぇ。毒気を抜かれちゃうよね」  利荔が笑う。  紅優は、来たばかりの頃の、まだ蒼だった蒼愛を思い出していた。 「ウチに餌として来た頃は、蒼愛もそれなりに(ひね)くれていたんですよ。自分の感情すらも、よくわかっていない子でした」  与えるモノ総てを真新しく感じて、贅沢だと泣いてしまうような、そんな子供だった。 「理化学研究所の被験体だっけ? あんまり良い話は聞かない場所だよねぇ。集魂会が関わっていなけりゃ、瑞穂国も関わらないんだろうけど。時々、蒼愛のような原石が見つかる。完全に無視も出来ないよね」  利荔の指摘通り、紅優が理研と関わったきっかけは集魂会(しゅうこんえ)だ。   今は理研の下部組織になっている集魂会には妖怪が多く在籍している。  現世にいくつかある、行き場のない妖怪が住み付く場所の一つだ。  集魂会の知り合いに、理研で売られる子供の話を聞いた。紅優が理研から子供を買うようになったのは、それからだった。  理研は国の統治者である黒曜とも繋がっているので、国単位でbugの子供を買う時もある。だがそれは、蒼愛には話していない。 「蒼愛ほどの原石は初めてですよ。育て方如何では、いくらでも強い術者に出来たろうに」  そうなっていれば、現世で幸せになれていただろうに。  妖怪の国ではなく、人間の国で、人並みの幸せを手に入れていたのかもしれないのに。 「けど、強い術者止まりだよ。紅優に出会わなければ、神様にはなれなかった」  利荔の言葉に紅優は顔を上げた。 「自信持ちなって、神様。この国の紅優の隣以上に蒼愛が幸せになれる場所は、なかったと思うよ」  神様と呼ばれるのは、未だに全く慣れない。  けれど、利荔にそんな風に言われると、神様になって良かったと思う。  誰よりも蒼愛を幸せにする。そのために必要なら、何にだってなりたいと思った。

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