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第74話 友達の友達

 蒼愛は紅優を背負って空を飛んでいた。  志那津に教えてもらった通り、足下に小さな竜巻を作って、強弱を付けながら飛行していた。  左右それぞれに竜巻を作ることで、旋回や方向転換が容易になった。 「志那津様って凄い! 僕が思っていたよりずっと自由に飛べるよ!」  紅優が蒼愛の首にしがみ付いた。 「まだ二回しか教えてもらってないんだよね? 俺まで背負って重くないの? 大丈夫なの?」  紅優がいつになく不安な様子だ。 「体の下に別の風を作って浮き上がらせているから、重くないよ。とっても快適!」  蒼愛が想像していた以上の飛行ができている。  すべては志那津の指導の賜物だ。    この一週間で、蒼愛はもう二回、風ノ宮に通っていた。  落ち着いたら勉強に来てもいいとの約束を、志那津も利荔も覚えていてくれた。  まだ完全に落ち着いた訳ではないが、風の使い方を覚えるのは蒼愛の護身にもなると、二人が賛成してくれた。 「風で飛んで移動するのは速いかもしれないけど、次からは俺の背中で移動しよう。蒼愛が心配で落ち着かないよ」  俺の背中とは、妖狐姿の紅優の背中だろう。  フワフワでサラサラで温かいから大好きだが、今は自分で飛びたい気分だ。 「妖狐の紅優も大好きだけど、もう少しだけ、僕の風の練習に付き合って。あ、ほら、風ノ宮が見えてきたよ」  宮の屋根に向かい、蒼愛は降下した。 「え? 蒼愛、そんなに急降下したら危ないよ、ぶつかるんじゃ……」 「大丈夫、止まれるはず。竜巻を弱くして、体の前に弱い風の壁を作って、勢いを殺して……」  ぶつぶつ言っている間に、風ノ宮の中庭と広間が見えた。  縁側に志那津の姿が見える。 「志那津様! 今日は遊びに来ました!」  声の方を見上げた志那津が驚いた顔をした。 「蒼愛? と紅優……? 待て、蒼愛! もっと風の勢いを殺さないと……」 「え? 勢いを? えっと、こう、かな」  目の前に作った風の壁を強くする。  急ブレーキがかかって、蒼愛の体が止まった。同時に背中に乗っていた紅優が前のめりに落ちた。 「うわぁ! 紅優!」    落ちた先の縁側でくるりと転がって着地した紅優は無事のようだ。  さすが妖狐と思いながら、一先ず安堵する。  安心したら、風の壁が消えていた。足下の弱い竜巻がブレーキを失くして、蒼愛の体を中庭に急降下させた。 「え? なんで? わぁ!」  混乱して止め方がわからない。  中庭に出てきた志那津が両手を広げた。 「風の神力を全部解け! 受け止めてやるから!」  言われた通りに竜巻を全部消して、神力を収めた。  浮力を失った体が落ちていく。 「志那津様!」  腕を伸ばしてくれている志那津に、蒼愛も腕を伸ばした。  志那津の腕に飛び込んで、首に抱き付く。 「着地、失敗しちゃいました。そういえばまだ、着地の仕方、ちゃんと練習していませんでした」  蒼愛のとんでも発言に、縁側に座り込んでいた紅優が顔を蒼くして息を吐いていた。  体を離そうとするも、志那津の腕が蒼愛を強く抱きしめて、離れられない。 「俺に飛び込んでくる蒼愛が可愛すぎて離せそうにない。着地する時は毎回、俺が受け止めてやるから練習しなくていいな」  いつの間にか中庭に降りてきた紅優が、蒼愛と志那津をやんわりと離した。 「毎回、風ノ宮にくるとも、志那津様がいるとも限らないのだから、ダメですよ。毎回、志那津様に抱き止めさせるわけにはいきませんからね」  蒼愛の体を抱き上げて、縁側に降ろす。 「現実的に考えて、その通りだな。蒼愛、風はもっと慣れてから使え。この移動は、紅優が気の毒だ」  冷静になっらたしい志那津が冷静な意見をくれた。 「そうします。紅優、ごめんね」 「構わないよ。けど、志那津様のいう通り、着地を覚えてから使おうね」  しゅんとする蒼愛を紅優が優しく窘めた。 「それより、何で今日の紅優は前のような妖狐姿なんだ? それに、蒼愛は何でそんなに……可愛らしい格好をしているんだ?」  志那津が顔を赤らめて逸らした。 「この着ぐるみ、可愛いでしょ? 日美子様と月詠見様が番になった記念にくれたんです。志那津様と利荔さんにも見てほしくて、着てきたんですよ。キツネの着ぐるみだから、紅優にもお揃いになってもらったんです」  蒼愛は満面の笑みで応えた。   「余程に気に入ったらしくて、志那津様にも見てほしかったそうです。俺は一人でぬいぐるみみたいな蒼愛を愛でたかったのに」  紅優が息を吐く。後半の言葉はとても小さかった。  蒼愛は立ち上がり、志那津の前でくるりと回って見せた。 「後ろに尻尾もあって、耳もあるから、紅優と同じ白い妖狐みたいでしょう? 紅優と同じになれたみたいで、とっても気に入っているんです」  そんな蒼愛を眺めて呆けていた志那津の顔が、また赤くなった。 「紅優は、普段から、こんなような蒼愛を、毎日愛でている訳だな」 「え? ええ、まぁ……」  顔を手で覆って苦々しい声を出す志那津に、紅優が返事する。 「……可愛い。可愛くて、どうしたらいいか、わからない。萌え死にそうだ」 「萌え死ぬとか、志那津様でも使うんですね。最近の現世の言葉にも精通していらっしゃる」 「現世の文化も学問として一通りは確認しているよ。こういうタイミングで使う言葉なんだと、今、実感した」  志那津と紅優の言葉の応酬は、蒼愛には大変崇高な学術的な会話に聞こえた。 「今日は僕、志那津様とやりたいことがあってきたんです。志那津様、今はお忙しいですか?」  肩に掛けてきたバックを降ろして、蒼愛は準備を始めた。 「ん? まぁ、仕事はあるが、ほとんど終わったようなものだから、構わないが」 「忙しいなら忙しいと正直に仰っていただければ、帰りますが」  迫る紅優に、志那津が怪訝な顔をした。 「本当に終わったんだよ、俺の仕事はな。そもそも昼以降は時間が空いているから蒼愛に風の指導をしているんだろ。流石に過保護だぞ、紅優」  志那津から珍しく苦言が出た。  他の神々に比べ、番である紅優と蒼愛に普段から気を遣ってくれている志那津の言葉となると、重みが違う。 「だって仕方がないでしょう。最近の蒼愛はすぐに志那津様志那津様って、風ノ宮に行きたがるし。折角、二人でゆっくりできる余裕ができたというのに」  紅優の寝てしまった耳を見て、志那津が気の毒そうな顔をした。  だが、その顔はまんざらでもない様子だ。 「風の術の訓練があるからな。体得するまでは、諦めろ。しかし、今日は別の用事なのか?」  志那津の視線が蒼愛の手元に向いている。  蒼愛はバックから例のジグソーパズルを取り出した。 「このパズルを志那津様と紅優と三人で仕上げたくて、持って来たんです。志那津様が嫌いじゃなかったら、一緒にやりませんか?」  パズルの箱を開けて、志那津に見せる。  志那津が中を覗き込んだ。 「現世のジグソーパズルか。俺も好きで時々遊んでいるよ。それにしてもピースが細かいな。遣り甲斐がありそうだ」  箱の中のピースを摘まんで志那津が眺める。 「やっぱり好きなんだ……」  紅優が小さな声で呟いた。 「この着ぐるみと一緒に月詠見様と日美子様がくれたんです。僕もパズルが好きだから、好きな遊びは友達と一緒だと、きっともっと楽しいから。ね、紅優」 「そうだね……」  紅優が最早諦めた顔で頷いた。  志那津が顔を赤らめながら、パズルの箱に手を伸ばした。 「ピースには柄があるのに、箱の絵柄が真っ黒だな。それに……」  志那津が箱に顔を近づけて気配を感じながら匂いを嗅いでいる。  紅優と同じ仕草だなと思った。 「月詠見の奴、何か仕込んだな」  志那津が楽しそうに、ニヤリとした。 「よし、いいだろう。完成まで付き合ってやる」  志那津の返事に蒼愛は嬉しくなった。  隣の紅優が小さく息を吐いているのが、ちょっと気になる。 「完成したら飾れるように、フレームがあった方がいいな。確か、余っているのが倉庫にあるはずだ。取って来よう」 「フレーム?」  首を傾げる蒼愛に志那津がパズルの箱を手渡した。 「完成したパズルを入れて飾る額縁だ。絵画のように自分の部屋に飾っておける」  志那津の言葉に、蒼愛は感動した。 「僕、パズルって完成したら崩して何回も遊ぶものだと思ってました。飾ったりもできるんですね」 「それでもいいと思うけどな。恐らくこのパズルが完成したら、蒼愛は飾っておきたくなると思うから、最初から額縁の板の上で作った方がいいだろう」  志那津が立ち上がる。  奥の間の方から利荔が歩いてきた。 「あれ? 蒼愛と紅優、今日も風の術の訓練に来たの? 熱心だねぇ」 「いいや、今日は友達としてジグソーパズルで遊びに来た」 「は?」  利荔と志那津のやり取りを、後ろにいた月詠見が笑った。 「志那津の所に友達が遊びに来たんだ。明日は暴風かな。地上の民が困らない程度に頼むね」  可笑しそうに笑う月詠見を日美子が肘で突いている。 「日美子様! 月詠見様!」  二人の姿に気が付いて、蒼愛は駆け寄った。 「何だい、キツネの着ぐるみ、着てくれているのかい。似合うよ、可愛いねぇ」  日美子が蒼愛を抱き止める。  蒼愛を覗き込んだ月詠見が、着ぐるみの頭を撫でた。 「思った以上にサイズもピッタリだね。キツネのぬいぐるみみたいで、可愛いなぁ。紅優も喜んだろう?」  月詠見の目が紅優に向いた。  紅優が白い耳を赤くして目を逸らした。 「素敵なプレゼント、ありがとうございます。とても気に入ったようで、一日おきに着ています」  紅優が日美子と月詠見に礼をした。 「本当は毎日着たいけど、紅優が洗濯しないとダメって。これを着ている間は紅優も妖狐の姿をしてくれるんです。僕も同じになれたみたいで嬉しくて」  蒼愛が着ぐるみの耳をフニフニと動かして見せる。  日美子が嬉しそうに笑った。 「そんなに喜んでくれると、贈った甲斐があるねぇ」 「それで? パズルの方は、もうお手上げ? 志那津に助けを求めに来たのかい?」  月詠見の揶揄い交じりの声掛けに、蒼愛は首を振った。 「パズルは、これからです。とっても難しそうだから、志那津様と一緒にやろうと思って。ワクワクは友達と一緒にしたいから。パズルも大好きだから、楽しみなんです」  ワクワクした目で月詠見を見上げる。  月詠見が嬉しそうに笑った。 「そうか、そうか。二人で遊べるようにって思って選んだけど。紅優はパズルとか、得意じゃなさそうだもんね」  笑んだ目がちらりと紅優を見上げる。  紅優が顔を引き攣らせた。 「俺も一緒にやりますよ。ただ、ちょっと細かいから尻尾がウズウズするかもしれないし、そういう時は志那津様がいてくれた方がいいでしょうから」  言い訳めいた紅優に、月詠見が笑いながら頷く。 「そうだね。頼りになる友達ができて良かったね、蒼愛」  月詠見に撫でられて、蒼愛はニコリと頷いた。 「そういえばお二人は何故、風ノ宮に?」  前回、日美子と月詠見が風ノ宮に来たのは祭祀の前に蒼愛に加護を与えるためだ。  普段は、滅多に来ないような話振りだった。 「スゼリへの取材で一緒に来てくれたんだよ。創世記を書き直すためのね」  答えてくれた利荔の後ろに、スゼリの姿があった。  大きな利荔の陰に隠れると、小さなスゼリの姿は見えない。 「書き直すんですね、利荔さんが書いた、瑞穂国創世記」  祭祀の前に利荔と志那津が教えてくれた創世記の内容は、ほとんど間違ってはいなかった。  しかし、大気津の下りやスゼリが置かれていた立場は、本人たちでなければ、わからない。 「正しい歴史を書き残すのも学者の仕事だからね。スゼリが協力してくれれば、俺たちが知らなかった真実を修正して書き足せる」  利荔に肩を叩かれて、スゼリが俯いた。  その腕には今日も変わらず、野椎がいる。  蒼愛は少しだけ、安堵した。 「瑞穂ノ神と色彩の宝石の項目を書く時は、蒼愛と紅優も協力しておくれよ」  利荔に笑顔を向けられて、蒼愛は紅優と顔を見合わせた。 「僕らにできることなら、何でも!」 「大層な話はできそうにありませんけど」  利荔が満足そうな顔をしてくれたので、蒼愛も嬉しくなった。   「ねぇ、お仕事が終わったなら、スゼリもパズルやろうよ」  蒼愛がスゼリの手を引く。 「いや、まだ……」 「おい、どうしてスゼリを誘うんだ。友達の俺とパズルをしに来たんだろう?」  何かを言いかけたスゼリより早く、志那津が蒼愛の手を取った。 「スゼリとも友達だから、一緒にやりたいなって思って。ダメですか?」  志那津が何故か、とてもショックを受けた顔をしている。 「いつの間に? いつの間に蒼愛はスゼリと友達になったんだ?」  いつの間にと問われて、蒼愛は少し考えた。 「大気津様に会いに行く前に、ウチに来た時かな? 一緒にお風呂に入って色々話したんだよね?」 「大気津様の所でも、色々話したと思うけどね」  蒼愛の問いかけに、スゼリが素直に頷いた。 「蒼愛、今日は風ノ宮に泊まれ。一緒に風呂に入るぞ」  そんな志那津を紅優が止めた。 「泊まりませんよ。お友達だからって一緒にお風呂に入らなきゃいけないわけじゃないでしょ」  蒼愛の腕を掴む志那津の手を、紅優がやんわり外す。  そんな志那津の姿を眺めて、月詠見が声を殺して笑っていた。 「僕は志那津様ともスゼリとも友達だから、スゼリと志那津様も友達だよね。今度、ウチのお風呂に三人で入ろうよ。ウチのお風呂は檜のお風呂でとっても香りが良いんだよ」  蒼愛がスゼリに同意を求めながら、その手を握る。同時に志那津の手も握った。 「良い香りのお風呂だったから、また遊びに行きたい。伽耶乃も蒼愛が好きだし」  スゼリの腕の中の野椎が顔らしき場所を動かして頷いているように見える。 「はぁ⁉ 今更、友達になんかなれるか。いくら蒼愛の頼みでも、こればかりは無理だ。俺は、スゼリの悪行の総てを許したわけじゃない」  志那津の言葉にスゼリが俯く。  蒼愛の手を振り解かない志那津の手を、蒼愛は眺めた。 「僕も、全部は許してないです。スゼリは悪いこともした。けど、僕らが悪くなかった訳でもない。スゼリだけが謝るのは、ちょっと違うと思うんです。友達になったら、もっと近くで、ありがとうもごめんなさいも、ちゃんと言い合えますよね」  志那津が言葉を飲んで、蒼愛から顔を背けた。 「急にお友達は無理でも、蒼愛の友達のスゼリと仲良くしてもらえたら、嬉しいですよ」  紅優が志那津に声をかける。   志那津が小さく息を吐いた。 「明日、暇だったら風ノ宮に来い。あのパズルは二人掛かりでも数日かかるから、人手があった方が捗る。その方がいいだろ、蒼愛」  志那津の言葉に、蒼愛は大きく頷いた。 「うん! 皆でやった方がきっと楽しいよ。今日から始めるから、最初はあんまり進まないと思うし、明日スゼリが来てくれたら、きっとうんと捗るよ!」  ワクワクした気持ちでスゼリを振り返る。  スゼリが日美子を見上げた。 「構わないよ。風ノ宮なら志那津も利荔もいる。紅優も蒼愛もいるなら猶更、色んな意味で安全だ」 「……ありがと」  スゼリが小さく俯いて、呟いた。 「明日、待ってるね。今日はまだ、お仕事があるの?」  蒼愛は日美子を見上げた。 「これからスゼリを淤加美のとこに連れていかないといけなくてね。側仕筆頭の縷々に、挨拶と心得を学びにね」 「ああ、なるほど……」  何故か紅優が蒼い顔をしていた。  スゼリはこれから日美子の側仕になる。  祭祀の時の神々の一ノ側仕は統率が取れていた。きっと、そういう訓練を皆が受けているのだろう。 (淤加美様の一ノ側仕は、蛟の縷々って、夜刀さんが話してた。縷々さんがリーダーなんだ) 「じゃ、俺たちは帰るから、パズル頑張ってね、蒼愛」  月詠見が蒼愛の着ぐるみの耳を撫でた。 「ちょっと難しくしてあるけど、完成したら感動すると思うから、途中で諦めないようにね」 「はい! 絶対に諦めません」  ピッと手を上げて蒼愛は断言した。 「諦めない」は、芯と約束した蒼愛の信条だ。 「志那津って助っ人は予想外だったけど、きっと志那津でも難しいんじゃないかなぁ。解けるといいねぇ」  月詠見が志那津に煽るような目を向ける。  その目に気が付いた利荔が志那津を見下ろす。  案の定、志那津のやる気に火が付いていた。 「驚くような速さで完成させてやる! お前が仕込んだ仕掛けも全部、解き明かしてやるからな!」  断言する志那津の言葉を後ろに聞いて、月詠見が歩き出した。  前を歩く日美子とスゼリに付いていく。 「二人でできなくて、残念だったね、紅優。これも蒼愛の成長の証だと思うんだね」 「わかってますよ。蒼愛に友達ができるのは喜ばしいですから」  紅優の表情に笑って、月詠見が風ノ宮を出て行った。  小さく息を吐きながらも紅優が笑んで月詠見を見送る。それを尻目に、志那津がやる気を見せていた。 「今、額縁を取ってくるから、蒼愛は準備して待っていろ。月詠見を、アッと言わせてやる」  言い捨てながら、志那津が倉庫に向かった。 「ふふっ、志那津様、楽しそうだなぁ。あんなに楽しそうな志那津様を見たのは何百年振りだろう。それもこれも蒼愛のお陰だね」  利荔が蒼愛の頭を撫でながら、志那津が歩いて行った方を眺めている。  その目はとても嬉しそうだった。

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