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第79話 神に連なる血筋

 蒼愛を洞の中に押し込めて、紅優と霧疾はその前を守るように陣どった。  大量の蛇がいるものの、本体は恐らく一体だ。 「紅優、念のため変化の術で別者になっといてくれる?」  霧疾が小声で紅優を諭した。  時間軸が過去でも未来でも、この場に紅優がいる、それ自体がマズいと霧疾は踏んだのだろう。  時の回廊の管理者である霧疾の意見だ。従って間違いはない。  紅優は黒い妖狐の獣人に変化した。 「じゃ、本体を誘き出すぜ」  霧疾が両刃の刀を回して起こした旋風を走らせた。  鋭い刃が見える範囲にいた蛇を残らず切り刻んだ。 「あーぁ、仲間をこうも殺されると困るねぇ。酷いなぁ」  特に感慨もなく言いながら出てきたのは、蛇々だ。 「霧疾さん、過去で確定です。蛇々は色彩の宝石の祭祀の直後に、蒼愛の裁きの炎に焼かれて死んでいます」  紅優の説明に霧疾が小さく鼻を鳴らした。 「過去か……。祭祀より前ってことね。紅優が瑞穂ノ神って知れるより前って考えていいのかい?」 「恐らくですが。俺が瑞穂ノ神だと蒼愛が幽世の声を聴いたのは、祭祀の直前ですから」  霧疾が懐中時計を見ながら、小さく息を吐いた。 「つまり、この場で蛇々を殺すのは無しって話だなぁ」  懐中時計をしまうと、霧疾が蛇々に向き合った。 「あのさぁ、ウチの御主人様の領内で変な殺しとかされると困るんだけどぉ。もうちょっと考えてくれないかなぁ」  前に出た霧疾を蛇々が凝視する。 「ああ、お前、風ノ神の所の側仕、鎌鼬か。変な殺しなんか、しちゃいないよ。俺たちだって自分の領地は守らないといけないからね。軽く自己主張しただけさ」  ニタリと笑んだ蛇々が、細い舌をチラチラと伸ばす。 「領地って、どこと揉めてるわけ? 大蛇の一族は湖から森林に掛けて、かなり広い領土を持っているはずだけどねぇ」 「その湖さ。俺たちの領地から水を奪う泥棒狼がいてね。最近になって現世からこの森にやってきた白狼は、瑞穂国のルールを知らないらしい。是非とも教えてやってくれよ」 「白狼ね……」  蛇々の返事に霧疾が面倒そうに呟いた。  白狼はここ百年程で現世から幽世に移り住んできた、新しい種族だ。  規律を重んじ、周囲との調和を持って馴染んで暮らしているイメージだった。 「白狼って言うかさぁ。湖に濃い瘴気を混ぜて独占してる悪い妖怪がいるらしいんだけど、心当たりないかね? 淤加美様がそろそろ本気で怒ろうかなって零してたんだけどさぁ」  明らかに大蛇の一族の悪行を、霧疾が問い掛ける。 「さぁ? 常識のない一族もいたものだね。俺たちなら、ターゲットを絞るさ。敵を増やしたって面白くないだろ?」 「ふぅん。そんな風に調査報告、上げとくよ。ところでお前は、何の用なワケ?」  蛇々の目が、紅優に向いた。  ドキリとしたが、その目が洞に向いた。 「……特に用はないよ。領内周辺を荒らす輩を狩っていただけさ」 「俺は森林内の調査だから、攻撃される覚え、ないんですけどぉ」  霧疾が大袈裟に言い放つ。  蛇々がじっと見詰めた。 「白狼の素行の悪さに手を焼いている。淤加美様と志那津様に報告しておいてくれよ」  蛇々が紅優たちに背を向けた。 「須勢理様に頼めばぁ? 蛇々は須勢理様の一ノ側仕でしょー」  霧疾の発言に、蛇々が一瞬、眉間に皺を寄せた。 「何もできない神様は、いないのと同じさ。宛にはできないよ」  そう言い捨てて、蛇々が去っていった。 「白狼かぁ。水の取り合いってことは、ちょっと前だねぇ。俺が現世に出張に行く直前くらいかな」  霧疾が考えながら呟いた。 「白狼は確か、現世でも神格化された狼でしょ? 人と共存して生きていたけど、住める山も共に生きる人もなくなって、この幽世に移り住んできたんですよね」  神代の頃から現代に至るまで、狼は人と共に生き、山に生きた。  それがニホンオオカミであり、白狼だ。  人々は狼を大神(おおかみ)と称し『大口(おおぐちの)真神(まがみ)』として崇めた。今でも現世の一部地域では信仰が残っている。  それくらい、現世でも人に近い神であり獣だ。 「あれ? もしかして紅優は知らないの? 幽世に移り住んだ白狼は、大蛇の嫌がらせと襲撃を受けて絶滅しちゃったんだよ。神に連なる血筋を殺されて、根絶やしになってんの。割と最近の話よ」  紅優は絶句した。  そんな話は聞いたことがなかった。 「知りませんでした……。最近て、一体、いつくらいですか?」 「いつだろ。三か月くらい前かねぇ」 「本当に最近ですね」  三か月と言えば、紅優がまだ紅だった頃、蒼を買う少し前だ。 「大蛇の動向には以前から神々も敏感だったからねぇ。白狼に関しては、どっちが悪いのかもよくわかってなくて責めきれなかったんだよ。ま、大蛇のいつものやり口だけどさ、気に入らねぇったらねぇよねぇ」  霧疾の話を聞いて、ふと思い出した。  寄合に行った時に、神々がその話をしていた。  白狼は気の毒だった、などと話していた気がする。 (あの時は、屋敷の悪い妖気ばかりが気になって、話なんてろくに聞いていなかった)  ちょうど蛇々が屋敷を襲って芯が大怪我を負った、あの日の寄合だ。  あの時には既に、白狼は大蛇に絶滅させられていたのだろう。 「紅優、霧疾さん……」  洞の中から蒼愛の声がした。 「強い瘴気が消えたから、もう出ても大丈夫ですか?」  紅優は洞の入り口に駆け寄った。 「もう大丈夫だよ、蒼愛。怪我をした妖怪は無事?」 「うん、生きてるよ。ただ、体が大きくて、僕だけじゃ運び出せそうにないから、手伝ってほしくて」 「わかった、俺が行くよ」  洞の入り口は霧疾が見張りをすることにして、紅優が中に入った。  奥に小さな狐火が灯っている。  小さな蒼愛が大きな白い耳の獣人を抱きかかえていた。 「まだ治りきっていないから、体をくっ付けて神力を送ってるんだ。濃くて強い瘴気が体の中に入っちゃったみたい。それを全部浄化しないと」  恐らくは、先ほど霧疾が話していた瘴気の混ざった水のせいだろう。 「あのね、紅優……、僕ね」  蒼愛が言いずらそうに、もじもじしている。 「治療するのに、神力を直に送りたくて、その、口移しで流し込んじゃったんだ」  小さな声で呟いて、蒼愛が顔を上げた。 「ごめん! 紅優が嫌な想いするってわかってるのに。でも、この人……妖怪を助けたくて、それしか方法が思い浮かばなくて、だから、その、ごめんなさい」  見上げる蒼愛の瞳が涙で潤んでいる。  紅優は蒼愛の頭を撫でて、唇を重ねた。 「治療のためにした行為を怒ったりしないよ。だから、蒼愛も俺を許してね」  紅優は男の体を持ち上げた。  唇を重ねて、強い神力を流し込む。  体の中の瘴気が見る間に浄化された。   「蒼愛は、助けてって声を聴いて、助けなきゃって、思ったんだよね?」 「え? うん……。放っておきたくないって思った。それに、見捨てちゃダメだって思ったよ」  色彩の宝石が、声を聴いて救済に向かった。  それはすなわち、白狼の一族を絶やすなという幽世の意志だと思った。  何より、目の前の男に触れて実感した。 (この男こそが、神に連なる血筋、大口真神の直系だ。彼を死なせていたら、白狼は滅んでいた)  救うべくして救ったのだと、改めて感じた。  何より、紅優自身が納得していた。 (彼は俺と蒼愛を守る者、側仕に迎えるべき者だ)  日美子に話を振られた時は、側仕など必要ないと思っていた。  蒼愛とこれまで通りの暮らしができればそれでいい。  だがその考えは、この男に会って、がらりと変わった。 (蒼愛とこれまで通りの生活を送るために必要なんだ。誰でもいいわけじゃない。彼でないといけないんだな)  何故、そう感じるのか、今はまだわからない。  だが、それは紅優の意志であり、幽世の意志なのだと思った。 「彼を仲間の元に送り届けてあげようか。ついでに、ちょっと厄介な問題も解決しよう」  蒼愛を振り返る。  不思議そうにしていた顔が笑みを灯した。 「うん! 真を助けてあげられるなら、力になりたい」 「彼は、真ていう名前なの?」  蒼愛が頷く。  紅優の胸に、何かがすとんと落ちた。 (これも導き、なのかな。だから蒼愛は、嬉しそうだったのか)  助けを求めた命を救えただけじゃない。  救えなかった友人と同じ響きの名を持つ者を、今回は救えた。   それだけでも、蒼愛の救いになったに違いない。  愛おしい番にもう一度口付けて、紅優は真を背負い洞を出た。

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