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第80話 時の回廊の管理者

 紅優に真を背負ってもらい、洞から出る。  すぐそばを守るように霧疾が立っていた。懐中時計をしきりに確認している。 「お疲れ、蒼愛。救いたかった命は救えたみたいじゃん。偉い偉い」  頭を撫でられて、ちょっと照れ臭い気持ちになる。 「さてと、紅優の背中の兄さんを里に帰せば終了帰宅、といきてぇとこだけどねぇ。そうもいかねぇかなぁ」 「厄介な問題の解決?」  霧疾の呟きに、蒼愛は問い掛けた。 「ちょっと複雑な状況になっちゃってるって気が付いてね。作戦会議、必要かも」  紅優が困った顔をしている。 「とりあえず、白狼の里まで走りながら話そうぜ。立ち止まってると、どこで大蛇が聞いているか、わかんねぇもんねぇ」  言いながら霧疾が蒼愛を持ち上げて背負った。 「そっちの兄さん、重そうだから俺が蒼愛を背負うわ。よろしく、紅優」 「え⁉ 代わってください。俺が蒼愛を背負います」  紅優が割と本気で驚いている。 「だってさぁ、俺、鎌鼬だし、力ないし、華奢だし小さいし、狼とか背負えないよ」  霧疾は、すでに走り出している。  紅優が渋々、後について走り出した。 「大事に扱ってくださいね。落としたりしないで、絶対に!」 「わかってますよぉ。大事な色彩の宝石様だからねぇ。志那津様にも叱られちゃうしな」  霧疾が、カラカラと笑う。  適当に返事している割に、しっかりホールドして背負ってくれている辺り、優しいんだろうと思った。 「確定情報として、今は色彩の宝石の祭祀から約三か月前だ。つまり、今の瑞穂国には色彩の宝石も瑞穂ノ神もいない」 「だとすると、俺が蒼愛を買うより一カ月前だから、蒼愛もまだ現世の、理研にいた頃ですね」  霧疾に続いた紅優の説明に、蒼愛は首を傾げた。 「えっと、僕たちはタイムスリップ? したんですか?」  蒼愛の疑問に、紅優と霧疾が顔を見合わせた。 「蒼愛は、時の回廊が何か、知ってんの?」  霧疾に問われて、志那津や利荔がしてくれた話を思い出す。 「確か、色んな時代の色んな人と話しができる回廊で、戻ってこれなくなったりするから使用禁止になってるって」 「大体正解だけど、ちゃんと使えば戻って来れる。ちゃんと使えねぇ奴が多いだけ。それについては、また説明してやるけど。今は俺たちが飛び込んだ時空の穴について話すな」  蒼愛は霧疾の背中で何回も頷いた。 「時の回廊は文字通り真四角の回廊だ。真ん中の中庭に、時々、時空の穴が開く。あれはいつも開いてんじゃなくって、必要な時だけ開く。今回は蒼愛を声の主の元に届けるために開いたんだ。志那津様は渋ってたが、蒼愛も紅優も来るべくしてこの場所に来たのさ」  霧疾の説明には驚きを隠せない。 「じゃぁ、真さんの声は時空を飛び越えて僕に助けを求めたんですね」 「そうなるね。時の回廊の声は誰にでも聞こえるもんでもねぇのよ。回廊が選んだ相手でなけりゃ、届かねぇの」 「今の所、回廊から声を拾えるのは蒼愛だけですね」  紅優が霧疾の説明に続く。 「だから蒼愛は、時空の穴から漏れた声を拾えたわけね」 「それにあの声は、蒼愛か俺が拾わなければいけなかった。白狼の絶滅を回避するためにも」 「え⁉ 絶滅⁉」  紅優の言葉に、蒼愛は背筋が伸びる勢いで驚いた。 「俺たちがいた時間軸では、白狼は大蛇に根絶やしにされて、すでに絶滅してんのよ。それでも声が聞こえて時空の穴が開いたってことは、だ」  霧疾の視線が紅優に向く。 「幽世が白狼の絶滅を回避したがっているんだと思います。それに」  紅優が背中の真に、ちらりと目を向けた。 「白狼は、真は、俺と蒼愛に必要な存在です。きっと、俺たちを守ってくれる大事な存在になる」  紅優の言葉に、蒼愛の胸が熱くなった。 「紅優も、思ったの? 僕も思ったんだ。真は、僕らと一緒にこれからを生きる妖怪じゃないかって」  蒼愛の驚いた顔に、紅優が微笑んでくれた。 「さぁて、ここで問題だ。真の命は拾えた。しかし、俺たちが本来生きてる時間軸まで、あと三か月ある。その間を大蛇に手を出されることなく絶滅させないためには、どうするか」  シンプルに考えるなら、大蛇の襲撃から守るのが妥当だが。 「霧疾さん、僕らはここにどれくらい留まっていられるの? 三か月後までは、いられない、よね?」  根拠は特にない、何となく感じた疑問だ。  霧疾が蒼愛に向かい、ニッと口端を上げた。 「|時震《タイムスリップ》つーか、時空の穴を使う場合の大原則。過去でも未来でも、自分に会ってはいけない。移動した過去で元の時間軸まで過ごしてはいけない。大きく歴史を変えてはいけない」  霧疾の説明に、蒼愛は首を傾げた。 「歴史を変えてはいけないんじゃ、白狼を助けてはいけないのでは?」  蒼愛たちが過ごしていた時間軸で、既に白狼が絶滅しているのなら、助けてしまえば大きく歴史を変えることになる。 「そこが、時空の穴の存在意義でさ。あの穴は、歴史を変えるためにあんのよ」  霧疾の説明に、蒼愛は軽く混乱した。 「歪んでしまったり間違ってしまった歴史の修正、その為に時空の穴がある。つまりな、時の回廊も時空の穴も幽世の声を聴き、代弁する者でないと使えない。つまりは色彩の宝石や瑞穂ノ神でなきゃ、正しく使えないワケ。だから誰でもは使っちゃダメなのよ」  蒼愛だけでなく、紅優も感心した顔をしている。  どうやら初めて知ったらしい。 「今までなら色彩の宝石も瑞穂ノ神も架空の偶像だった。けど今は、実在する。時空の穴は、蒼愛と紅優に白狼を救ってほしくて開いたのさ。だからソコは、原則違反の歴史を変えるには入らないワケよ」  霧疾が嬉しそうに話している。  その顔が、何となく利荔と似て見えた。 「利荔の予測が当たって、本当に瑞穂ノ神が現れた。誰にも使いこなせなかった時の回廊が待ちに待った主を得て、やっと本領発揮できるんだぜ。こんなワクワク何百年振りだろうなぁ。もう誰にも無駄な廊下なんていわせねぇぞぉ」  霧疾が嬉しそうに話している。  来る時は面倒そうにしていたが、今はとても楽しそうだ。 「霧疾さんは、詳しいんですね」  何気ない蒼愛の言葉に、霧疾がちらりと後ろに目をやった。 「だって俺、時の回廊の管理者だもん。色彩の宝石と瑞穂ノ神以外で唯一、時の回廊と時空の穴を使える妖怪よ」 「え、すごい……」  思いっきり羨望の眼差しを向けた。  利荔が霧疾が一緒なら安心と志那津を説得していたのは、そういう訳かと納得した。 「時の回廊の管理者、風ノ神志那津様の二ノ側仕、鎌鼬の霧疾。以後、お見知り置きを、蒼愛様」  蒼愛に向かい、霧疾が仰々しく挨拶する。  霧疾への尊敬度が爆上がりした。  チャラチャラしている割に強そうだとは思っていたが、格好良く見えてきた。  そんな蒼愛の顔を見て、霧疾が笑った。 「蒼愛って分かり易いねぇ。裏表なさそうで俺は好きだけど、悪い奴に引っかかんないように気を付けろよぉ。ちなみに俺の番、宝石の緑玉だから、今度遊びに来なよ」 「え! そうなんですか! 会ってみたい。是非、遊びに行かせてください」  前に黒曜が、今の瑞穂国にいるのは、赤玉、緑玉、蒼玉だけだと話していた。  赤玉は黒曜の番だと言っていた。  こんなところで宝石の人間に会える機会が巡ってくるなんて思わなかった。 「それもこれも、無事に戻らねぇと出来ねぇからなぁ。ま、結論としては、なるべく早くに白狼の安全を確保して俺たちは元の時間軸に戻る、と」  大変簡潔に必要事項を纏めてくれたが、大変な難題だ。 「一先ずは、白狼の里を確認しましょう。真がこれだけの大怪我を負った経緯も気になります。今が三か月前なら、丁度、白狼が大蛇の襲撃を受ける時期ですよね」  霧疾が懐中時計を開いた。  背中から、霧疾の手元を覗き込んで、驚いた。  確かに時計には違いないが、時計盤面を蓋のように開くと方位磁石があり、それを開くとよくわからない座標のような面が出る。更に開くと、細かな文字が書かれた画面が出てきた。 「霧疾さん、それは時計……、ですか?」  驚きながら問う。 「ん? この懐中時計は、時空の穴と時の回廊の一部でさ。現世風にいうなら、リモコン? スマホ……みたいな機能もあるけど、ちょっと違ぇか。一番大事なのは、これがないと元の時間軸に帰れねぇから、絶対なくしちゃダメなアイテム。みたいな?」  さらっと怖いことを言うなと思う。 「えっと、気を付けて、ください、ね?」  恐々伝えると、霧疾が笑った。 「大丈夫、大丈夫。ストック三つあるから、一個くらい失くしても平気。こういうののメンテも俺の仕事なのよ」  話しながらも霧疾は懐中時計を操作して、何かを調べている。  器用なんだなと思った。 「紅優の指摘通り、もしかしたら今日、白狼は滅ぶのかもな。だからこそ、声は蒼愛を呼んだのかもねぇ。里の状況確認が最優先か」  紅優の背中で、真がもぞりと顔を上げた。 「……アンタら、白狼の里に、向かってんのか?」  起き上がろうとした体は動かず、顔は紅優の肩に沈んだ。  まだ辛そうだ。 「真! 大丈夫、体、まだ痛い?」  蒼愛の問いには答えずに、真が首を振った。 「里には、行くな。俺が戻れば、里が、他の白狼が、大蛇に殺される」  紅優と霧疾は顔を合わせて立ち止まった。 「その辺の事情、話してほしいんだけど、いいかね? ちなみに俺は風ノ神志那津様の側仕だから、力になれると思うぜ」  真が霧疾を見上げた。  安堵した表情をしているように見えて、蒼愛はほっと息を吐いた。 「大蛇とは、湖の水の取り合いで、少し前から揉めていた。以前は何も言ってこなかったのに、突然だ。言いがかりに等しいと話し合いもしたが、無駄だった。水を汲みに行った者が殺され始めて、流石に黙っていられずに、長が大蛇の領地に話し合いに行ったが、戻ってきたのは首だけだった。明らかに挑発だ」  蒼愛は強く拳を握った。  大蛇のやり口は、どんな場合も卑怯で卑劣で、怒りが込み上げる。 「長は既に殺されちゃったか。一足遅かったね」  霧疾の呟きに、蒼愛は唇をかんだ。 「それで、今度は大口真神の血筋である真が指名されたのか?」  紅優の問いかけに、真が目を見開いた。 「白狼の中でも神の血筋は限られる。視ただけで、わかるのか?」 「俺も蒼愛も真の治療でその力に触れているから。妖力に混じった神力は、感じ取れるよ」  紅優の言葉に、蒼愛も頷いた。 「そうか。蒼愛……、俺を助けてくれたんだったな。ありがとう」  真が弱く笑んだ。  野性味のある切れ長の釣り目は一見すると怖いが、笑うと可愛いと思った。 「折角、治してもらったが、俺はまた大蛇の元に戻る。でないと里が焼かれて仲間が殺される。俺たち白狼は神に近い種族だ。大蛇が使う濃い瘴気には敵わない」  真の言葉に霧疾が鼻を鳴らした。 「大口真神の直系である真を差し出す代わりに里を守る約束を大蛇と交わしたワケだ。でも真は、殺されかけて逃げちゃったわけだろ?」 「違う! 俺は逃げていない。逃げていないが……」  言葉を止めて、真が考え込んだ。 「俺にもよくわからないんだ。大蛇に瘴気で弱らされて、痛めつけられて、喰われるのだろうと思った時、光が……。目の前が真っ白になって、気が付いたらあの洞にいた」  霧疾と紅優が顔を見合わせた。  幽世の強制力が働いた、蒼愛はそう思った。  きっと二人も同じように思ったはずだ。 「なるほど、なるほど~。話しはわかったけど、今更、大蛇の元に戻っても意味ないねぇ」  霧疾の言葉に真が顔を引き攣らせた。 「恐らく、大蛇は真が逃げたと思っているはずだよ。きっと里の白狼を皆殺しにする算段をしていると思うよ」  紅優の物騒な説明に、真の顔色が蒼褪める。 「じゃぁ、急いで白狼の里に行くのがいいよね」  蒼愛の提案に、霧疾と紅優が頷いた。 「俺、とってもいい作戦、思いついちゃったんだけどさ。紅優と蒼愛で、ちょっと神様っぽいこと、してみない? 白狼の里も救えて、大蛇の牽制にもなる最高の作戦なんだけど」  霧疾が楽しそうにニタリと笑う。  蒼愛と紅優は顔を見合わせた。 「真を助けられるなら、僕に出来ること、何でもするよ!」 「俺も、真を、白狼を助けたい。それに、自分がどれくらい神様っぽいことができるのか、ちょっと試してみたいかな。ここでなら恥ずかしくなくできる気がする」  紅優が、照れている。  知り合いばかりの場所より、知らない相手ばかりの方がきっと気兼ねなく試せるんだろう。   「じゃ、決まりだな。白狼の里に向かうぞぉ」  そう言いながら、霧疾が何処から出したのか紙と筆で何かを書いて、風で飛ばしていた。 「待ってくれ、アンタらは、どうして……。見も知らない俺たち白狼のために、そこまでしてくれるんだ」  真が戸惑いながら問い掛ける。 「声が聞こえたから。あとは、真を好きになれそうな気がするから」  蒼愛がニコリとして答える。  真がぽかんとして呆けた。 「今はまだ、わからないだろうけど、遠くない未来にわかるよ」  紅優に微笑まれて、真が同じ顔で呆けている。 「そうねぇ。三カ月後くらいに自分に起こるであろう奇跡を幸運と捉えるか不幸と感じるかは自分次第ってなところかね。ちなみに俺は神様の側仕だから、助けるのは当然てことで」  霧疾の言葉に真の顔が決意した顔をした。 「……手を貸してもらえるのなら、助かる。よろしく頼む」  深々と頭を下げる真からは、蒼愛たちを疑う感情は見られなかった。

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