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第81話 神様ごっこ
葉の生い茂る大きな木の枝の上で、蒼愛は霧疾と共に足下を眺めていた。
この場所からは白狼の里が一望の元に見渡せる。
「いいかい、蒼愛。瘴気ってのはな、妖怪だったら誰でも使える。俺でもだ。瑞穂国には空気みてぇに普通に瘴気が充満している。それは知ってるだろ?」
霧疾に問われて、蒼愛は頷いた。
まだ紅優と番になる前に、教えてもらった。
「じゃぁ、なんで大蛇の瘴気で妖怪が弱るのか? 不思議だろ」
蒼愛はまた、頷いた。
祭祀の時の紅優も、大蛇の瘴気で気を失っていた。
白狼の真の体の中にも大量の瘴気が流し込まれて、傷の治りを遅らせていた。
「大蛇が使う瘴気は黄泉の瘴気、亡者の瘴気。つまりは死という毒なのさ。俺らが扱う瘴気とは似て非なるものと考えた方がいい。ありゃもう只の瘴気じゃねぇ、呪詛みてぇな死の毒だ」
「死の、毒……」
語感の強さに気後れする。
実際、死を与えるくらいの毒であるのは、何度も目の当たりにしているが、改めて恐ろしいと思った。
「そんなものを、淤加美様の湖に混ぜて、妖怪を殺しているんですね」
皆が利用する湖の、命を繋ぐ水に毒を混ぜるなんて、無差別殺人、いや殺妖だ。
どんな言い訳をされても許せる気がしない。
静かな怒りが胸の奥から湧き上がる。
そんな蒼愛を霧疾が静かに眺めていた。
「致死の毒だが、回避できねぇわけじゃねぇし、打つ手がねぇわけでもねぇのよ。神様の神力なら簡単に浄化できる。蒼愛にも、できるだろ?」
蒼愛は霧疾に向かい、力強く頷いた。
ニコリとした霧疾が、里の方に目を向けた。蒼愛も同じ方を向く。
「里の中の狼に合わせて、蛇が動き始めた。俺が合図したら、神力たっぷり混ぜた旋風で里中を埋め尽くせ。蛇だけを捲き上げて、最後は竜巻だ」
これが霧疾の作戦だった。
蒼愛たちが白狼の里に辿り着いた時、幸運にもまだ大蛇の襲撃を受けていなかった。
その隙に、真を敢えて里に戻し、迎撃の準備をした。
紅優は真と共に里の中から、蒼愛は霧疾と共に外側から挟み撃ちにする算段だ。
案の定、すぐに大蛇が集まってきて、里を取り囲んだ。
それに合わせて、狼たちも陣形を組んだ。
(霧疾さんの指示通りに陣形を組んだら、大蛇が予想通りの配置に付いた。まるで操っているみたい。こういうの、なんて言うんだっけ、軍師だっけ)
紅優の屋敷の書庫で芯と一緒に読んだ現世の歴史の本を思い出した。
霧疾の手腕と賢さを痛感する。
「そろそろ、動くかなぁ」
霧疾が呟いた。
白狼と大蛇、双方で睨み合いが始まった。
多くの蛇を従えて、一人の人型の大蛇が前に出た。
「大口真神を差し出せば里は見逃すと話したはずだが、神の直系は怯えて逃げてしまったようだ。これでは約束を違えているね。こちらも強行な手段に出ざるを得ない」
最もらしい抗弁を吐いているのは、初めて見る大蛇だ。
「アイツは寧々だ。蛇々と同じように、長の八俣の腰巾着でねぇ。食えねぇ蛇なんだ」
霧疾が吐き捨てるような言い方で教えてくれた。
嫌いなんだろうなと思った。
「怯えても逃げてもいない。大蛇の一方的な暴力と戦う決意をしただけだ」
陣を組む狼たちの前に出て、真が叫んだ。
「なるほど、自ら滅びの道を選ぶか。それもいいだろう。折角、現世から逃げてきたのに、幽世にも居場所がないなんて、可哀想で愚かな獣だね」
寧々が小馬鹿にしたように笑う。
悔しそうに歯噛みした真が、手を上げた。
狼たちに緊張が走った。
「一歩でも里の中に入れば、攻撃する。何もせず帰るなら見逃そう。お前たちにも生きる道を残す情けくらいは、俺も持ちあわせている」
真の言葉に、寧々が目をヒクヒクと引き攣らせた。
「調子に乗るなよ。お前らの命を握っているのは、この私だ。たかが白狼如きが、神代より生きる大蛇に敵うと思うな」
即座に上げた手を、寧々が振り下ろす。
大蛇の大群が白狼の里に飛び込んだ。
「始まったねぇ。寧々は蛇々より怒りっぽいから挑発に乗りやすいんだよねぇ。来たのが寧々で良かったなぁ」
霧疾がニンマリしている。
そうこうしている間にも、あっという間に混戦状態になった。
互いに噛みつき噛みつかれて、怪我をする者が増えてきた。
蒼愛の気持ちがソワソワする。
「霧疾さん、まだ早い?」
手を前に翳して、霧疾の合図を待つ。
蒼愛の手を、霧疾がやんわり握っている。
「もうちょい、もうちょい待ってね」
霧疾の目が見開いて、戦況を凝視する。
蛇の攻撃を受ける真の隙を見て、寧々が動いた。
濃い瘴気を纏った手を真に向けて振り下ろす。
「今だ、思いっきり、ぶちかませ!」
霧疾が蒼愛から手を離した。
掌に集約した神力から旋風を巻き起こす。
突風が混戦する里の中を吹き抜けた。一度ならず何度も何度も、強い風が吹き、大蛇の体だけを攫って行く。
ピクリとも動かない白狼たちを不審に眺めながら、寧々の体も風に巻かれて浮かび上がった。
「なんだ、この風は! 瘴気が、解ける」
神力を多分に含んだ風は大蛇が纏う瘴気を否応なしに浄化する。
妖力の弱い大蛇は、存在ごと掻き消えた。
「最後の竜巻、強くていいよね。僕もかなり怒ってるから、ちょっと本気出したい」
蒼愛は握った手を大きく開いた。
「えー、あの旋風、全力じゃないの?」
霧疾が引き気味に聞いた。
蒼愛は普通に頷いた。
「だって、僕が本気で浄化したら、きっと寧々も全部消えちゃうから」
霧疾が息を飲んだ。
「じゃ、神力同じくらいで、全力の竜巻、お願いします。色彩の宝石様」
「わかった」
開いた手を上向かせて、旋風を竜巻にしていく。
まるで洗濯機の中の衣類のように、竜巻の中で大蛇たちがグルグルと回った。
勢いの強い竜巻が、建物や木々を揺らす。
「大蛇は全部、巻き込んだかね。こんな強ぇ竜巻、いつまでも置いといたら里が壊れかねねぇから、締めにすっか」
「紅優、出番だよ」
霧疾の言葉に頷いて、蒼愛は呟いた。
竜巻を見下ろすくらいに高い空に、紅優が浮いていた。
妖狐の姿ではない、瑞穂ノ神の姿だ。
寧々の姿を竜巻の中に見つけて、紅優が声を掛けた。
「私の白狼に手を出そうとは、命知らずな蛇だ。志那津の森を荒らし、淤加美の湖を汚した罪は重いぞ。立場をわきまえよ」
紅優が竜巻に触れる。
神力が流れて、数匹の大蛇が浄化され消えた。
寧々が紅優を、息を飲んで見詰める。
「次、白狼に手を出せば、お前たち大蛇が滅ぶ。瑞穂ノ神が天罰を下そう。命を持って償え」
紅優が竜巻から指を離した。
「長の八俣に伝えよ。次はない、とな」
紅優が、小さく息を吹いた。
竜巻が北に向かって飛んでいく。大蛇の領土がある方だ。
それを眺めながら、ゆっくりと手を上げた。
紅優の手から、神力の糸が何本も飛び出した。
白狼の里を囲い込むと、強靭な結界になった。
「紅優、格好良い。神様みたい。紅優の神力、綺麗だなぁ」
蒼愛は紅優をうっとりして眺めた。
放った神力の糸は七色に光って、まるで色彩の宝石のようだった。
「みたいじゃなくて、神様だからね。蒼愛の神力も、充分強かったよ」
霧疾が蒼愛の頭を撫でた。
「正直、世間知らずなガキだとしか思ってなかったけど、ちゃんと怒れるし、力も使えるし、加減も出来る。自分の力もよく把握している。思っていたより、蒼愛は賢いな」
褒められて、照れ臭い気持ちになった。
霧疾に賢いと言ってもらえるのは、素直に嬉しい。
「霧疾さんも、チャラチャラした妖怪だって思ったけど、頭がいいし格好良いし、優しいと思いました。一緒に来てくれて、ありがとう」
霧疾の手を取って口付けると神力を付与する。
祝福は、神様の最大の賛辞だ。
蒼愛の姿を見て、霧疾が驚いた顔をした。
「参ったね。予想以上に、ちゃんと神様じゃん」
可笑しそうに笑う霧疾は、最初に会った時より優しい顔をして見えた。
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