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8 正式にエサになる【2】*R18
黒い霧の移動はまさに魔法だ。
空気が暖かくなったと思ったら、空調の効いたゲストルームへ移動が終わっている。
ジェードは俺をベッドに座らせた。
けれど身体に力が入らなくて、彼によりかかってしまう。
彼は自分が濡れるのを嫌がりもせず、俺を支えて濡れた服を脱がせてくれた。
タオルで拭かれているうちに、ぼーっとしていた思考力も、緩んだ四肢の力も戻ってくる。
気怠い身体を自分で支えられるようにもなってきて、息苦しかった呼吸も落ち着いてきた。
見ると、ジェードがクローゼットから新しいパジャマを取るところだった。
そうしてやっと、自分が素っ裸で介護されている状態だと自覚する。
服を着せようとする腕をつかみ、慌てて礼を言った。
「あ、ありがとうございます。あとはできるのでっ……自分で着ます……!」
「そうか」
俺が服をせっせと着る間、ジェードは窓の外を眺めて黙っていた。
気まずい。
傷付いてガサガサの喉から声をしぼりだす。
「……朝、勝手に出て行ってすみません」
「仕方あるまい。おまえを怖がらせたのは私だ」
それはそう。だが、礼を欠いた俺をこの人はまた助けてくれた。比べて今朝の自分はなんて幼稚で恥ずかしい。
「これを飲め。治癒薬だ」
手の中に収まるくらいの小さなガラス瓶を渡される。ほんのりと輝く不思議な液体が中で揺れた。
(これだけ世話になっておいて、何が入ってるか聞くのは失礼かな……)
腹をくくって飲み干すと、ロコのゲロと同じくらい変な味がする。
が、みるみるうちに内臓の不調が軽くなり、喉の痛みも消えていく。
「……すごい」
「効いたようでなにより。明朝は紫色の尿が出るが心配しなくてよい」
「え!?」
明日が不安になるが、それよりも目先の不安だ。──この薬は、身体の芯でくすぶる火照りには効かないようだった。
ロコのゲ……変な汁を飲まされてからずっと、妙な興奮が消えない。
明らかに場違いな、はしたない感覚だ。
「………」
ジェードがまた俺をじっと見ている。なんでも見透かすようなその目、ちょっと苦手だ。
特に今は悟られたくなくて、目を逸らしてしまう。
「魔族のほとんどは捕食を円滑にするための術を持っている。人魚 は吸血鬼 と同じ類 だからわかるが、その疼きは抜かないと治らないぞ」
「ぬ……っ!?」
その上品な顔でそんな俗物的な言い回しをするとは思っていなくて、何を言われたのか一瞬わからなかった。
ジェードが俺の真正面に立つ。窓の明かりを背にした彼の表情は見えなかった。
一体何事かと息を呑んでいると、そのまま後ろへ──ベッドへ押し倒される。
そして、何の躊躇 もなく俺のズボンへ手を突っ込んできた。
下着も無視され、下腹あたりの肌を他人に触れられる感触に悲鳴をあげそうになる。
「なななな何して……!!?」
「喋るな。呼気に血のにおいが混ざってうっとうしい」
理不尽な叱られすぎる。
「やはりあてられて いるな。魅了をかけたことはあっても、かけられたことはないのか?」
ほんのりと硬くなっている性器を掬 うように握られ、今度こそ悲鳴が出た。
「キャーッ!!」
耳元で叫ばれて、さすがにジェードも顔をしかめてのけぞっていた。
でも、手はそこから離れない……どころか、事務的な手付きで揉まれている。
「我慢してもつらいだけだ。一度出してしまえば尾を引かずに済む」
「あっ、ちょ、ちょっと待っ」
唐突に顔へ枕を置かれて驚く。
彼はすぐに手を離したから、枕はずるりと顔の横へ落ちそうになる。とっさに両手でつかんだ。
彼の意図がわからないようでわかる。羞恥で歪む目元を真っ白なクッションで覆い隠す。
──息が苦しくなってしまうし、唇の血が付くといけないから、顔の下半分には枕がかからないようにした。
俺が恥じらっている間も淡々とした刺激は続いていた。
彼の大きな手の中で自身がどんどん硬くなっていくのを感じて、枕をつかむ手に力が入る。
追い立てるように扱く速度が早まると思わず腰が逃げた。が、大した抵抗にもならない。
「ふ、ぅ……っ……」
もしかしてだが、ジェードは俺がどうしようもない無知でどこまでも介助が必要な子供だとでも思っているのか?
大人の自覚があるし、一般常識としての性知識も持ち合わせているので、善意だとしても辱めを受けているようだった。
(こんな状況、普通じゃないってわかってるのに……)
「ぁ、……ぁ……っ!」
毒された身体は異常なほど反応してしまう。与えられる快楽を貪欲に求めていた。
他人に刺激される行為は、自分の思い通りにやる自慰とは感覚がまったく違う。もどかしくてたまらない。
無意識に腰が浮いてしまう。彼の手に自身を差し出すようなみっともない姿勢だ。
「……少しだけ、良いか?」
返事も待たずに唇に彼の唇が重なる。切れた箇所を舐められ、まだ柔らかいかさぶたが破れてじわりと血があふれた。
「っ、ん……!」
舐めとられるも、物足りなかったらしく軽く噛まれた。痛みに驚いて舌先でかばおうとしたところ、その舌さえ吸われる。いやらしく舐 られ、舌の先に牙がぷつりと食い込む。
「あゥ」
何が起きているのかよくわからない──少なくともこれはキスではなく、単なるつまみ食いだ──まま、唾液に溶けた血を味わわれていく。
人魚にされたことと同じだが、こっちはずいぶんと優しい食 み方だった。
どさくさに紛れて捕食されているのに、今の俺はそれどころじゃなくて怖がることも忘れていた。
(これ、やばい……っ)
ぬちぬちと下肢から卑猥な水音がする。
口の中を荒らされているせいで声が抑えきれない。相手と比べて自分の吐息ばかりが熱っぽくて恥ずかしい。
吸血鬼たるジェードに血を舐められているとそこがもっと熱くなっていく。それが彼の能力だから。──血の味がする舌を、吸われているのか、吸って欲しくて自分から絡ませているのか、わからない。舌と舌が擦れるたび、頭が甘く痺れてうっとりする。
上からも下からも快楽で蕩かされて、いつの間にか顔から枕がずり落ちている。自分の両手は縋 るようにジェードの服をつかんでいた。
「う、ぁ、だめ、も、もう、」
高まっていく射精欲で目の奥がチカチカしている。
どうしたらいいかわからないまま喘いだ。
他人に射精するところを見せるなんて嫌だが、いまさら刺激を止められても困る。理性と欲望がせめぎ合う。
「ッあ、い、く、出るっ……!」
ついには、彼の手の中で射精してしまった。
仕事の忙しさで自分に性欲があることも忘れていたくらいだ。こんなに生々しく強烈な絶頂感は久しぶりで、膝が震えて止まらない。
刺激が止まっても、溜まっていた精液をしばらく吐き出し続けた。
「は……っ、はぁ……っ、……っ」
くったりと脱力して、ベッドに沈み込む。
(なんだこれ……気持ち……良かった……)
でも、なんてことを。
こんな状況で余韻に浸れるほどバカじゃない。いわゆる賢者モードへ即座に切り替わって、おそるおそるジェードの様子をうかがう。
彼はとうにベッドから降り、ポケットからハンカチを取り出して手を拭いていた。
涼しい顔で唇についた俺の血を舐めとっている。
……相手があまりにケロッとしていて混乱する。俺のほうがおかしいみたいじゃないか。絶対そんなことない。
「では、少し寝ろ。体力が回復したら屋敷を案内する。まずは浴場がいいか?」
当たり前のことのように進んでいく話で、さらに混乱した。
「ど……ういうこと……?」
「おまえから言ったのだろう。寝床を貸し、面倒を見てやる。代価は血だ」
この森で目を覚ましてから、俺は一度も自分の力でトラブルを乗り越えられていない。
どうあがいてもジェード無しでは生き残れないのだから、提案を受け入れる以外に俺の選択肢はなかった。
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