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13 魔族の街へ買い物に行こう【2】

 街道を少し歩けば、ガラリと景色が変わる。  国一番の大都市であるレプニカは、緑深い辺境区とは全く違った。写真で見た中世ヨーロッパみたいだ。  レンガ造りのアパートのような建物が立ち並び、どこを見ても人が歩いている。  当たり前のように行き交う《人》はすべて人外だった。  人間に似た者は多いが、本物の人間はひとりとしていない。  こうまで種族が多様だと、価値観や習慣の違いでモメないのだろうか。いや、モメるからこそジェードがロコにやったような(おきて)があるのだろう。  そうやってそれぞれが折り合いをつけて生活しているのだとしたら、暴力的ではあれど秩序のある平和な街なんだな。 「私から離れるなよ。メイン街から外れると強盗にあって死ぬ」 「ヒエッ」  思ったより平和じゃなかった。  ジェードの背に隠れるようにして歩く。  行き先は決まっているのか、迷いのない足運びだった。 「ここのところ食料不足でな。特に肉が高騰(こうとう)して困窮者が増え、治安が……魔族が魔物だった時代へ退化している。魔王の目下の悩みだ」  ロコがひもじいと泣いていた理由を察する。  整備された水路で水棲魔族も生活している都会があるのに、あえて森の湖で暮らしているのもその関係だろうか。 「どうやって食料不足をしのいでるんだ?」 「……海を渡った先から野生動物を持ち帰っている。いつか狩り尽くしてしまうから、向こうに大きな設備を構えて家畜化しようとしているところだ」 「へー。色々考えてるんだな。──~~っ!」  街の人とすれ違いざま、肩がぶつかりそうになると大袈裟に距離をとってしまう。  うっかり転んで切り傷でも作ってしまうことが怖かった。  普段あんなに温厚な狼男や人魚を豹変させてしまう血を、こんな人通りの多いところで流そうものならどうなるかわかったものではない。 「……なあ、俺の血のアレって、制御できないのかな?」 「おまえが無理なら無理だろう。さまざまな人間を見てきたが、そんな特性はハヤトキが初めてだ」 「怪我に気をつけるしかないのか……」  ジェードがある建物の前で立ち止まった。  表札の文字は異国語で読めない。言葉は通じるのに……変な感じだ。  後ろについて店内に入れば、そこが仕立て屋だとすぐに理解できた。  壁いっぱいに糸や布の展示があり、トルソーには独特な服が飾られている。  店の奥からウサギの耳を生やし、丸眼鏡をかけた男が現れた。  身長が俺の半分くらいしかない。かわいいって言ったら怒るだろうな。 「うわ──ッ!! 辺境伯じゃあないか! ご愛顧どうも!!」  身体の三倍、声がデカい。 「今日は私ではない。これの服を見繕ってくれ」 「まぁ──ッ!! わたくしめが昔作った子供服を着せてるのか!? 流行遅れもいいとこだぜ──ッ!!」 「こども……ふく……!?」  いま借りて着てるジェードの服……子供服……?  俺……ズボンの裾を折って……。 「言わんでいいことを」 「あっ、わたくしめったら」  ウサギ男は俺の体型をまじまじと見る。  そうして、店の奥から大量の上下セットを持ってきてカウンターに並べてくれた。  この国の流行りを知らないが、どれもシンプルで上品なデザインの服に見える。初心者向け都会コーデって感じ。 「細かいサイズはこれから直すよ。一時間もあればいい。どれにする?」  仕事の話になると喋るテンションが普通になるんだな。  ……正直に言うと、デザインに違いがあるであろうことは理解できるが、どう違うのかはわからない。  つまり、ジェードくらい突き抜けた服装でないとみんな一緒に見える。俺はファッションに疎い。  個体差があるいそべ焼きから一つ選べと言われている気分だ。  とりあえず肌が守れて動きやすそうなものを探そうとしたとき、「では」とジェードが服を指差した。 「すべて包んでくれ。あと下着類も一通りそろえて」 「りょ!」 「えっ!? ジェード!?」  カウンター上の服をすべてかき集め、ウサギはバックヤードに戻っていった。  早速ミシンの音がする。 「行くぞ、おまえの食べ物でも買おう」  (きびす)を返し、店を出ていく彼を追う。  移動した先は市場だった。

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