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14 魔族の街へ買い物に行こう【3】

 市場は他の通りよりもいっそう活気があり、うるさいくらい賑やかだ。  声を張らねば相手の声も聞こえない。 「服……あんなに良かったのか!?」 「あって困らんだろう」 「そ、そうだけど!」  セミオーダーっぽいし、総額いくらになるのだろう。 「は、働いて返すから……」 「ふむ、期待していよう」  期待してなさそうな返事だった。 「……なあ、ジェード」  何の気なしに彼の名前を呼ぶと、周囲の空気が一瞬凍った。  サーっと人混みが引き、明らかに俺たちを避けた空間ができあがる。 「え」 「気にするな。買うものを選びなさい」  自分より背丈の大きな魔族が多く、歩くのも大変だなと思っていたのに……急に買い物が快適になってしまった。  ざわ。ざわざわざわ。  雑音に過ぎなかった周囲の声が、今は聞き取れてしまう。  知っている人物に対する言及だから。 「うそだろ、ヴィニ辺境伯がこんなところに?」 「気配を消してたのか? 名前で《認識》しなきゃ気付かなかったぞ」 「ばあちゃんの話でしか聞いたことない。実在したのか」 「あいつ……どのツラ下げて街に来てんだ」 「やめろよ、あの(かた)は英雄だぞ」 「百年前の話だろ。今じゃ腑抜けて魔王様も愛想を尽かしてるって聞くぜ」 「ヴィニの(すた)れっぷりを見りゃわかるさ。変わり者の魔族がまだ住んでるって噂もあるが、あそこはもう動物と原始的な魔物しかいねえ」 「国を良くするために働くのが貴族だろ? ああいう貴族様(・・・)がいるから下々の俺たちが不味い飯食ってんだ。さっさと引退すりゃいいのに」  き、聞いちゃいけない気がする……。  本人は済ました顔で俺の横に立ち、呑気に屋台の野菜を見ている。絶対に聞こえてるのに。  俺も聞こえてませんという顔を装いつつ、食材を買うために店主へ話しかける。  すると、驚くほど簡素な対応をされた。明らかに他の客と対応が違う。  それはどこの店でも同じだった。 「これひとつ」 「ん」  値札を指さされ、俺は読めないままジェードが払ってくれる。  無言で商品が受け渡される。  その繰り返し。 「…………」  なんとも言えない気持ちになっていると、横から声をかけられた。 「ハヤトキ、さっきは私に何を聞こうとしていたんだ?」  名前を呼んでそれきりになっていたことを思い出す。 「ああ……。ジェードは普段、何から栄養をとってるんだろうと思って」  俺の血も言うほど飲まないし、俺が食事をしているときも見ているだけで何も食べない。いつ何を口に入れているのか疑問だった。 「もっぱら薔薇(ばら)だな。吸血鬼は赤い花の精気を奪える」  薔薇園で見た光景を思い出し、納得する。  彼が口付けて枯れたのはそういうことなんだ。 「でも、それって美味いのか?」 「大した味も栄養もないが、最低限、腹は膨れる」  薔薇をむしゃむしゃ枯らしているところは見たことない。大した栄養もないのにたまにしか吸っていないなら、ミツバチ以下の粗食だ。  だからそんな青白いのか。 「固形物が食えないとか、普通の食事をしない理由があるのか?」 「おまえたちと同じものも食べられるが、食欲があまりないのでな」 「好きな食べ物とか料理は……」 「ない」 「血も?」 「昔ほどではない。三百年生きると食に飽きる」 「そういうものなのか……?」  俺、百歳まで生きたとしても味噌汁とほっけの塩焼きが食卓に出たら嬉しいと思う。  ジェードはたまに酒を飲むし、俺にもすすめてくれることがある。状況に合わせてこだわったものを選び、ささやかに楽しんでいるように思えた。  本当に食に飽きているんだろうか。 「……迷惑じゃなかったらだけど。ごはん、ジェードのぶんも作っていいか?」  一人前も二人前も作る手間は変わらないし、見られながら一人で食べるよりは二人で食べたい。 「構わんが」  提案したものの、承諾されるとは思っていなかった。  嬉しくてにんまりと笑みが浮かんでしまう。  実は、人に料理するのはきらいじゃない。  ウキウキしながら食材を買い足していく。  ふと、干し肉が売られているのを見てロコの顔が思い浮かんだ。  ひもじいと泣いていた人魚。 「……これも買っていいか? 人魚ってこういうの好きかな」 「そうだな。あれは肉が好きだから」  会話の流れで自分たちのための買い物ではないと察しただろうに、ジェードは何も言わずに金を払ってくれる。  そして、なんだかおかしそうに目を細めて笑うのだった。 「おまえ、字が読めないのだな」  ……気付いてしまった。野菜を会計したときと違う、初めて見る色の硬貨を店主に渡している。  肉が高騰していると説明されたことをすっかり忘れていた。 「この値札、いくらって書いてある!?」 「自分で読めるようになったら確かめるといい」  震えながら干し肉を受け取る。  当面の課題は識字かもしれない。  顔を真っ青にして「か、かえすから……そのうちに……」と小声で繰り返す俺を、ジェードは明らかにおもしろがっていた。 「そろそろだな。服を受け取りに行こう。帰りにロコのところへ寄ればいいな?」 「うん」  両腕に抱えた紙袋のひとつをジェードが持ってくれる。  少し買いすぎたかもなぁ。    ■  ──仕立て屋に行くと、服は完成したから郵送したと言われた。自分たちが帰宅するころには届いているだろうと。  さすがジェードのひいきの店。仕事が早い。  仕立て屋を出て、竜が着陸できる街道まで向かう。  道中、街で見聞きしたおもしろい物事の雑談は途切れることがなかった。  楽しかったな。

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