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15 人魚のドロップ
適当なところで降ろしてもらい、人魚ロコのいる湖に寄る。
一緒に来ないかと誘ったが、ジェードは「あれは私を怖がるから」と一足先に帰った。
湖のほとりに立ち、名前を呼ぶ。
すると、水面からちゃぷんと見知った顔が覗いた。
目元までを出して、不安そうにこちらを見ている。
「ちゃんと仲直りがしたくて来たんだ」
しゃがんで目線の高さを近づけると、水面を揺らしてロコが近づいてきた。
濡れ髪を貼り付けた憂 い顔は庇護欲をかきたてる。あどけなさと色気とが同居する不思議な子だと、会うたびに思う。
「傷は大丈夫?」
そう声をかけると、彼はこくりと頷いて水面から上半身を出した。
くるりと回って背中を見せてくれる。健康的でなめらかな肌がそこにはあった。
「ジェードに怒られるの、初めてじゃないし。人魚族 は調合が得意だから、塗り薬でもう治ったよ」
「あんなに深い傷だったのに、すごいな」
曇っていた表情がぱっと笑顔になった。お手製の薬を褒められて嬉しそうだ。
「喉、へいき?」
俺が彼を心配するように、彼も俺を心配してくれていたらしい。
喉や内臓をほじくりまわされた記憶はトラウマだが、身体の傷はジェードの薬がよく効いた。
「なんともないよ」
「良かった……」
心の底から安堵した様子で、ロコは水中に消えた。
……ここで会話終わり?
唐突だな、と思っていたらまた彼が水中から顔を出した。
手のひらに収まるくらいの革袋を持っている。
「これあげる」
受け取り、撥水性が高そうなそれを開けて中を見る。
数粒の飴玉のようなものが入っていた。
「ボクが作ったやつ。痛いのなくなるよ」
「鎮痛剤かな? ありがとう」
「効きすぎたら息止まるから、身体に合わなかったら吐き出してね」
「紙一重」
使う場面がなければいいが。
お守りとしてズボンのポケットにしまう。
「俺からも渡したいものがあるんだ」
買い物袋の中から、新聞紙に包まれた干し肉を渡した。
「……! これ……!」
包みを開けたロコは驚いた顔をする。
干し肉と俺を交互に見ながら、目を輝かせていた。
「お金を出したのはジェードだけどね」
「肉だっ! すごいすごい! すんすんすん! これ、おいしい肉だよ! ここらじゃ手に入らないようなイイやつ!! わ~~っ!!」
ぎゅうっと肉を抱きしめ、尾ひれで何度も水面を叩いて大喜びしている。
なんだかこっちまで嬉しくなってきた。
「これ、バウにも分けていい?」
「もちろん。ロコの好きにしていいよ」
何度も何度も礼を言われ、抱きつかれて頬にキスまでされた。前のことがあるのでキスは勘弁してほしい。
でもまあ、かわいい弟みたいだなと思う。一匹狼そうなバウがロコを気にかける気持ちもわかる。
「そろそろ行くよ。荷解きがあるから」
立ちあがろうとすると、ロコは素直に手を離してくれた。
けれど、ちょっとさみしそうだ。
そういえばロコの仲間の人魚はどこにいるのだろう。
少し考えて、手を振って見せる。
「またな。俺たちもう友達だもんな」
「……! うん、またねハヤトキ!」
親愛を言葉にして伝えるだけで、あんなに笑顔になってくれるなんて。
彼が水中に帰る音を聞きながら、俺も屋敷に向かって歩き出した。
「友達……か」
思い返せば、こんな温度感で誰かにそう言ったことなどなかったかもしれない。
子供のころは親の代わりに家事をこなすのでせいいっぱいで、同世代の子と遊んだこともなかった。
くすぐったい心地だが、悪い気はしないな。
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