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17 手料理をふるまう

「買った魚、白身魚って言ってたよな……」  調理台に積まれた紙袋から食材を取り出して並べる。魚、野菜、香辛料、調味料。  それから、まな板や包丁、ボウル、フライパンなどの調理器具を用意する。  はじめに魚と向き合うことにした。  腹を捌いて内臓をとり、よく洗って切り分けた。塩を振っておく。そうすることで臭みが水分と一緒に抜けるのだ。あとで拭き取るのを忘れないようにしないと。  次に野菜たち。  なるべく日本にあるものと似た野菜を選んで買った。  ミニトマトと豆苗みたいなやつを手に取り、水桶で洗う。  まな板に置いて包丁を入れると、ほんのりと青くてみずみずしい匂いがした。  焜炉(コンロ)はいかにもファンタジーなデザインをしているが、鍋を置く場所と火加減を調節するツマミがあって……と俺の知っているものに近い。  こういった家電製品みたいなものは魔力をエネルギー源にして動いていると言っていた。  しくみはわからないが、とにかくツマミを押してひねったら火が点いたので良し。  フライパンを火にかけ、植物油をひく。  白身魚のソテー的なものを作りたかった。  こういうのはニンニクの隠し味が合う。油が温まったら、みじん切りにしたそれを炒めるつもりだ。  日本男児でニンニクがきらいなヤツは少数派だろう。漏れなく俺も好物だ。市場でよく似たものを見つけたときはテンションが上がった。日本のニンニクとそう変わらない感じなら、いつかはくっさいチャーハンとか作って腹いっぱい食べたい。  ……みじん切りを入れようとして、ハッと手を止める。 「吸血鬼にニンニク……?」  それって、ネコにネギくらいの禁忌じゃないか?  効くのか効かないのかわからないが、うっかり毒殺してしまうとシャレにならない。  もったいないと思いながらも使用を中止する。  念のため、それらは紙で念入りに包んでから捨てた。  包丁とまな板と手もよく洗っておく。  気を取り直して魚を焼くことにする。  先に皮を中火で焼くのがポイントだ。ぱりっと香ばしい焼き色をつけておくとおいしい。  じゅうじゅう。  食欲をそそる匂いが立ち上り、食べるのが楽しみになってきた。  弱火にして、ひっくり返す。そうすると身がふっくら焼けるのだ。  頃合いを見計らって野菜も投入。  塩胡椒を控えめにかけ、白ワインをふってからレモンを軽く搾り、蓋を閉じて蒸す。  ……味付けに迷ったが、普段食べない人なら濃いと食べづらいかもしれないので薄めにした。  火が通るのを待つ間に、洗い物も軽くしておく。 「俺にしては手間かかってるけど、大丈夫かな……。いい暮らししてる人から見たらシンプルすぎるか?」  いい感じにやれたような気もするが、自信はない。  ニンニクがあれば大体の不都合をごまかせるのにな。頼れないのは痛い。  皿に盛り、テーブルに運ぶ。  パンとサラダも別の皿で用意した。  カトラリーも並べれば、あとはジェードを呼ぶだけだ。 「おっと、エプロン脱いでなかった」  さすがにふりふりエプロンを見られるのは恥ずかしい。  ……ジェードはいつもふりふりブラウスだが、人には似合う似合わないがあるのだ。  書斎に向かいながら、今の俺の足取りにも彼は気付いているのかもなあと思う。気配がわかるわけだし。  キッチンで地団駄を踏むとかでんぐり返りするとか、おかしな動きをしたほうが呼びにいく手間も省けたかも。  ノックすると、返事ののちに扉が開いた。  人外規格の大きな扉からニュッと長身の男が現れる様はインパクトがある。  つい感心してまじまじ見上げてしまった。ジェードの家族もみんな大きいのかな。黒いつくしの一族みたいだな。 「夕食できたけど、食べられそうなら……」 「向かおう」    ■  二人で食卓につくと、妙に緊張した。  考えてみれば、親以外に料理を振る舞うのは初めてのことだ。 「言い忘れていたが、その服、似合っている」 「あ、うん。買ってくれてありがとう。大切に着る」  ジェードは俺の服を見て、それからテーブルの料理を見た。 「器用なものだな」  とりあえず褒められてホッとする。 「子供のころはよく料理してたから」 「大人になってからは料理しなかったのか?」 「母が早くに亡くなって、父のために家事をしていたんだけど、そんなに長くは続かなくて。食べてくれる人がいなくなってからは作ってないかな」 「……そうか」  やべ、気まずくしてしまったな。  普段は人に聞かれても身の上の話はしないのに、ジェードは話しやすくてつい打ち明けてしまった。 「口に合うかわからないけど、食べてみてよ」  そうすすめれば、彼は美しい所作でカトラリーを手に取り、魚の身をほぐす。  自分も手を合わせた。いただきます。  しばらく静かな食事の音だけが続いた。  今回はわりと美味しくできた気がする。素材が新鮮なおかげかも。  でもやっぱり、もう少しはっきりした味付けにしても良かったかもな。  ごくんと淡い味の料理を飲み込み、話題をふる。 「ジェードは食べるの飽きたって本当なのか? 市場を見てたけど、この国の食べ物めちゃくちゃ種類があるじゃないか。食べ尽くしたわけじゃないだろ?」 「多様な魔族がいるから、食べるものも多様に存在するというだけだ。興味がない」 「どんな味なんだろーとか」 「思わない」 「でも腹は減るわけだろ」 「まあ」 「食べたいものとか思い浮かばないのか? 俺、夏のビールと枝豆のこと考えると小躍りしちゃうよ」 「ない。食べても疲れるだけだ」 「そうかぁ。でも俺が作ったヤツ、全部食べてくれたんだな」 「美味くはない」 「あ、はい」  ばっさりと言われて、ちょっとショックだ。  舌が肥えてるって意味なのか、食材が口に合わないって意味なのか、どっちなんだ。両方か。  ……やっぱり迷惑だったかな。  皿を空にしたジェードは、口元を拭ってから立ち上がった。 「わかっただろう。食事の用意は自分の分だけにしなさい。私は血が吸えればそれでいいんだ、機嫌取りはいらん。堂々とここに住め」 「機嫌取りというわけでは……」 「私に気を使うことはない」  部屋から出ていこうとする彼の背中へ声をかけた。 「関心がないのに、どうしてここまで優しくしてくれるんだ?」  服も、食事も、住処も。  血が吸いたいだけなら、もっと簡単な方法があるようにも思う。  そもそも、俺の血もそこまで飲みたがっているようにも見えなかった。食に興味がないという言葉通り。  振り返った彼は、ちらりと俺の首元のネックレスを見た。  何か秘密にされている気がする。 「……俺に何か」 「そんなに負い目があるのなら、家賃を払ってもらおうか」  話を(さえぎ)られ、顔を覗き込まれた。  黒い霧で距離を詰められるといちいち驚いてしまう。近いしデカい。 「よ……よし、来い」  墓穴を掘ったかもな。  黙っておけば、またこうして腰を抱かれることもなかったろう。  こうなったなら、やむをえない。  いさぎよく彼の食後酒になろう。

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