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19 強くなりたい
彼が部屋から去ってしばらく経ったというのに、まだ抱かれた余韻がある。
いつまでもベットの中で顔を赤くしたり青くしたり忙しくしていた。
吸血されることに対して腹をくくりはしたが、その先は想定外だ。気持ちの整理がつかない。
この歳にもなって……男なのに……あんな……。
「お、おかしい。こんなのはおかしい……」
あのときの俺は普通じゃなかった。
吸血のせいだ。間違いない。
血を吸われると魔法がかかって、理性が吹き飛んでしまう。
「あれが……これきりじゃないかもしれないのか」
ジェードとうまくやっていけるような気もしたけれど、ダメかも。
「身体がもたん……」
相談すれば聞いてくれるだろうが、セックスが気持ち良すぎてトラウマになるかと思ったなんて相談できるか? できない。
でも、またあんなふうに抱かれたら……うおおお、考えないようにしてるのに思い出してしまう!
「ちょ、ちょっと寝よう。頭がパンクする……」
寝返りを打ち、目をつむる。
少ない体力を使い果たしていたおかげで、すぐに眠りに落ちた。
■
――窓の外が明るくなっている。
いま何時だ?
ベッドから起き上がろうとして、腰と尻に走る気怠 い違和感に震え上がった。
「治るよな……? 俺の尻……」
処女を散らした実感でべそをかく。
よたよたと歩いてシャワーを浴び、なんとか着替えた。
数少ない自分の持ち物も忘れないよう、ネックレスは身に付け、ロコからもらった飴はポケットに入れる。
キッチンで水を飲み、りんごを適当に切って食べた。
ジェードも何か食べるだろうかと考えたが、昨日のやりとりをふまえて思いとどまる。
エントランスに出て、階段から二階を見上げた。書斎に向かって声をかける。
「ジェード、散歩してくるー」
遠くから返事が来た。
「あまり遠くに行かないようにー」
俺があまりに弱いから、あんな強面の大男がお母さんみたいなことを言っている。
勝手に出歩くなと言われる可能性も考えていたから、放任してくれたのはわりと嬉しい。
玄関を出て、湖に向かう。
ロコやバウと話したかった。
この世界で生きていくしかないのなら、もっといろんなことを知りたい。
知識が武器になるはずだ。能力で劣っていても、生き抜いていける方法を探す。
一人でトラブルに対処できるようになればジェードに余計な心配をさせずに済むし、血を対価に居候せずに済む。
情報収集だ。
「……あれ?」
意気揚々と外に出て道を進んだのはいいが、変だぞ。
湖までの道順はもう間違えようがないのに、植物の蔦 が道を塞ぐようにしげっている。
「こんな道だったっけ。──うわあぁっ!?」
地面を這う蔦の一本がひとりでに動いたかと思うと、俺の右足首に絡みついてすごい力で引っ張ってきた。それが蔦に似た触手だとすぐに理解する。
バランスを崩してひっくり返り、したたかに背中を打つ。
勢いをつけて道がないほうへと引きずられ、枯葉まみれになったすえにグンと宙へ持ち上げられた。
植物の集合体──魔物と目が合う。
複雑に絡み合う蔦の陰影で、塊の中心に目があるように見えた。
「これってもしかして……マズイ状況……だな、どう考えても」
鮮やかな緑色の触手がざわざわとこちらへ伸びてくる。
無遠慮に服の中へ入ってくると、身体中をまさぐられた。
「うっ! き、きもちわる……!」
植物の塊の中心が、口のようにばっくりと裂ける。閉じ込められたら出ることは不可能そうな魔物の胃袋だ。
触診によって食べ物だと判断したのかも。ゆっくりと、そこへ運ばれていく。
「くそぉっ! この世界、もーヤダ!」
耳元で何かが動いている。嫌な予感がした。
蔓 ──細い触手が耳たぶを撫で、穴の中に入ってこようとしている。
耳だけじゃない。無数の蔓が顔の穴という穴を狙ってきている!
カサカサと耳の内側から聞こえる音に声にならない悲鳴をあげ、首を振って抵抗した。
(ジ、ジェード……っ、いや、頼ってばっかりなんて……情けない……! 俺だって男だ……!!)
何かないかとズボンのポケットをまさぐる。
そこには貰った人魚の薬があった。ええい、ままよ。
魔物の口へそれを放り投げた。──薬はロコからもらった回復薬だ。元気にしてしまうかもと不安だったが……彼の警告通り、使い方を誤れば猛毒となるようだ。
ギィギィと軋むような音は魔物の苦しむ声だった。
鮮やかな緑が毒々しく黒ずみ、触手の先端から枯れていくのが見える。
「効いてる……!」
足首の拘束が弱まり、重力にならって地面へ落ちた。
そう高所ではなかったこと、地面に落ち葉が溜まっていたこと、それらのおかげで手を擦りむくくらいで済んだ。
のんびりしてはいられない。すぐに立ち上がって逃げ出す。
すると、他の植物をなぎ倒し、追いかけてくる音が背後からした。飴だけでは致命傷に至らなかったらしい。
(で!? こっから先はどうしたらいいんだよおぉ!)
「──伏せて!」
「ギャアッ!?」
目の前に飛び出してきた人物にそう叫ばれ、慌てて頭を庇 いながらしゃがみこんだ。
闖入者 は俺の横を通り抜け、魔物へ飛びかかる。その手には長剣が握られていた。
魔物を切り裂き、倒す音が聞こえる。
「もう大丈夫……えーと、誰だっけ? ともかく、間に合って良かった。うっかり逃がしちゃって」
顔を上げて見ると、魔物の亡骸のそばで青年が剣を鞘に収めているところだった。
申し訳なさそうに眉根を下げて笑う彼のことはよく覚えている。
こんなにすぐ、また会うことになるとは。
「勇者……リオン……」
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