22 / 63

22 魔王と魔王城

 飛竜ワズワースと再会し、魔王城までびゅんとひとっ飛び。  城は魔都から離れたさみしい土地にあった。  常に曇り空で、たまに酸の雨が降る。地上は瘴気に満ちて枯れ、汚染された水たまりしかない。  限られた種族しか生きられない過酷な環境なのだそうだ。  城はおどろおどろしくも威厳のある構えで、安っぽい言い方をするとゲームのラスボスがいかにも住んでそう。  広いバルコニーがあり、飛竜はそこへ降り立つ。  魔法の空調で快適だったキャリッジを出ると、とたんに息苦しくなる。空気が重くて痛い。 「この気候に長居するとおそらくおまえは死ぬ」 「わかった。早歩きで行こう?」  びくびくしながらジェードの後ろについていく。  広い廊下に俺たち二人の足音が響いた。  前方からも、足音が近付いてくることに気付く。 「ジェード! 我が友、久しいな」  現れたのは雄々しく美しい男だった。真赤な髪が薄暗い城の中で輝き、神を模した彫刻芸術のような造形をしている。その笑顔の眩しさも太陽を連想させた。  陰気で黒装束のジェードがものすごく暗く見える。 「ベクトルド、相変わらずだな。これは私の……携帯食のハヤトキだ」 「はじめまして、携帯食のハヤトキです」 「(おれ)は魔王ベクトルド。人間の客は久しぶりだ。よく来てくれたなぁ!」  魔王ベクトルドは気さくな好青年だった。力強い握手をされる。住んでいるところとのギャップといい、イメージしてた感じと違うな。  立ち話も何だからと客間へ案内される。  そこは、だだっ広いタイル張りの部屋にソファとテーブルがぽんと置かれていた。  ベクトルドと、ジェードと俺。一対二で向き合う形になって座る。  テーブル上にティーカップやポットが現れた。いまさら魔法に驚かない。  良い香りをさせながら紅茶が注がれ、三者それぞれの前にソーサーに乗ったカップは移動する。  手に取る前にジェードを見やると、首を横に振られた。飲まないほうが良さそうだ。  ……使われた水がどこから汲まれてきたのか考えると、確かに怖い。  ベクトルドは気にせずに紅茶をぐびぐび飲んでいた。ジェードもだ。魔族の消化器官、強いな。 「ついにまともな食事をする気になったのか。百年前から菜食主義のようになって、みるみる痩せていたからなぁ。安心したぞ」 「国が食糧難になっているのに、私ばかりが贅沢をするわけにもいかんだろう」  二人は王と臣下(しんか)である以前に、友達でもあるらしい。声色や仕草から親しさを感じ取れた。 「ははは、おぬしのそういう律儀なところが(おれ)は好きだぞ。──ハヤトキ、これを頼んだぞ。どんどん太らせてやってくれ」  急に話題が飛んできて、背筋が伸びる。 「は、はい」  ジェードがカップの乗ったソーサーをテーブルに置いた。そして立ち上がる。 「では、勇者の捜索もあるのでな。これで失礼する」  慌てて俺も立ち上がった。 「なんだ、もう行くのか。せっかく来たのだから、農場(ファーム)について相談に乗ってほしいんだがなぁ」 「政治は門外漢だ。勘弁してくれ」  ジェードは魔王と親しげに話すわりに早く帰りたがっている。  俺の体調への気遣いか、体質を悟らせたくないか、あるいは、したくない話があるのか……。 「わかったわかった。おぬしはおぬしの仕事をすればいい」 「ああ。情報は都度共有する」 「……ジェード。なぜいつも勇者を殺さない? 手加減をするから今回のように逃すのだろう。《(まぞく)と動物の間》たる"人間"に情けをかけたところで、(あだ)で返されるだけだぞ」 「ヴィニを私に任せたのはおまえだ。私のやり方に口出しは無用」 「はいはい。じゃあな」 「──行こう、ハヤトキ」  かつ、かつ、かつ。早いペースで進む足音を追いかける。  背中に、いつまでも魔王の視線を感じていた。

ともだちにシェアしよう!