23 / 63
23 置き去りの町、キヴァバイパ
待機していた飛竜ワズワースと合流してキャリッジに乗り込む。
飛び立つころには息苦しさも消えていた。
「魔王とジェードは仲が良いんだな」
「ああ、長い付き合いでな。ヤツにとって私は兄のようなものだ」
あーこれ、お互いに自分のほうが兄だと思ってるやつだ。俺にはわかる。
「それにしても、過酷な環境だったな。魔王は趣味であんなとこに住んでるのか?」
「昔はあのあたりにも街があったんだ。二百年ほど前に再生しない土地になった。人間が撃ち込んだ兵器で」
「……えっ」
「移住したほうが気も晴れるだろうに、あのときの痛みを忘れたくないらしい」
窓のほうへ顔を近づけ、後方を振り返る。
遠く離れても暗く禍々しい空気がわかるあそこに、かつては人のいとなみがあったのか。
「あの城はそのあとに建てたんだな。わざわざ辺りを一望できる高さの城を……」
ジェードは淡々と話してくれるけれど、やっぱり少しつらそうだった。彼にとって大切な友達の悲しい過去だものな。
「魔王が不死身なのは、大陸そのものと繋がって生命の力を得ているからだ。それは豊かさと惨苦 の共有でもある。あの土地……キヴァバイパが悪意の炎で燃え続ける痛みを、ベクトルドは三十年味わった」
「"あのときの痛み"って……比喩じゃない?」
三十年、それは俺が生まれてから今年に至るまでの年月と同じだ。
「苦痛のあまり半狂乱になって、会話もままならなかった。やむをえず私たち上位魔族でキヴァバイパを完全に破壊し、鎮火した。街の名残がひとつもないのはそのためだ」
土壌ごと破壊しなければ消えない炎だったのか……。
三十年そうしなかったのは、誰かにとっての故郷の姿を残そうとしたからかもしれないし、それでも住み続けようとした人がいたからかもしれないし、残された物や遺体の回収が終わらなかったのかもしれない。
ジェードの悲しい顔は、友の苦しみに対する同情だけじゃなくて、追悼の意もあるように見えた。
やるせない話だ。
あえてそこで生き続ける魔王ベクトルドは、一体どんな気持ちで日々を迎えているのだろう。
あんなに明るく笑う人なのに……。
『懐かしい話をしているな。人間が魔族の魔法を盗み、わけのわからない技術と掛け合わせて作った破壊兵器、おれも見てみたかったよ』
「滅多なことを言うな、ワズワース。あれは悪夢だった」
『ははは、おまえたちは死んでもすぐに増えるだろう。あれくらいごっそり消えるほうがちょうどいい』
竜のジョーク、えぐいな。
「もしかして、百年前の戦争のきっかけって」
「そうだな。今思えば、戦わなければいけないと決意が固まったのはあのころだ」
待てよ。この話が本当なら、悪いのは人間の方じゃないのか? 魔族だってそりゃ怒って戦争起こすだろ。
それなのに人間の王様は、人間にとっての世界平和のために勇者を送り込んできてる?
……リオンが世界平和に興味がないと話し、魔王びいきなことを言っていた理由がわかった気がする。
ひゅう。
窓から冷えた風を感じた。地上を見ると、雪が積もった地域が見える。
「あそこは?」
階段状の峡谷に古めかしい建物が並んでいた。魔都と比べるとかなり和風な街並みに見える。
谷底には大きな川が流れていて、雪が降る中で湯気が揺れる。
「《ゆけぶりのミュラッカ》だな。年中冬で立地も悪いが、湯の川が湧いているために各地から保養目的の魔族が訪れる。それにともない湯宿が増え、観光地化した町だ」
「温泉街って……ことか……!?」
この世界に来てはじめて胸がときめいた。
見れば見るほど日本の古き良き光景に似ている街だ。温泉など、憧れるばかりでマトモに行けたことがない。社員旅行で訪れたことがあるにはあるが、仕事モードでは楽しめるはずもなく。
いつか、あそこに行けたらいいなぁ。
向いに座るジェードは、窓の外から俺へ視線を移し、何かを考えているようだった。
「寄るか」
「……ん?」
今、ジェードは何て言った?
「ワズワースの休憩がてら、ちょうど良い」
飛竜の羽ばたきが聞こえ、キャリッジはもう降下しはじめていた。
ともだちにシェアしよう!

