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27 温泉街を散歩しよう!【1】

「ふぁぁ……温泉に浸かりながら感じる朝の風、良……」  ちゃぷ。ぬるめのお湯を手でかき寄せて肩にかける。  露天風呂付き客室、サイコー。  結局俺は、ジェードの腕枕で安眠した。即・爆睡だった。  魔族の袖をよだれでべちゃべちゃにした人間って俺以外にいるだろうか。 「…………」 「ジェード、腕揉もうか……?」 「いらん」  そういうわけで、俺の枕になり続けた彼のほうが身体がバキバキになっていた。ここが温泉宿で良かった。朝食前に軽く浸かって体をほぐす。 「昨夜の流れで言うのも酷かもしれないが……おまえはもう少し警戒心を持ったほうがいい」 「ハイ」  ジェードだから眠れたようなところはあるが、そうだとしても人外に対して確かに不用心だったかもしれない。  ……そういえば、昨夜は血を吸われなかったな。  寝ているところを勝手に吸わないあたり、彼の性格が伝わってくる。居候の俺のほうから言うほうがいいのかな、やっぱり……。  吸われないに越したことはないが、家賃の未払いをしているような罪悪感がある。  風呂から上がって部屋に戻ると、布団は片付けられていた。  枕元にあったお盆もない。使う場面がなかったけど、あれは何だったんだろうな。  朝食を済ませて出発の身支度をしていると、部屋の扉をノックされた。  おかみの声がする。 「良かった、間に合った!」  ジェードの許可を得て入ってきたおかみは、大きな葛籠(はこ)を抱えていた。 「おふたりにねぇ! ぜひこれを着てお帰りいただきたいと思って! このお着物、ウチの助郎(じょろう)が作った一等品の魔絹製。自慢の名産品なのに、知名度がいまいち上がらないのが悩みでして。着て街を歩いてくれれば宣伝になること間違いなし! どうかこの通り……!!」  おかみが衣装箱の蓋を開けると、そこには着物に似た服が二組入っていた。昔ながらの温泉街によく馴染みそうな:意匠_デザイン)だ。  昨日今日で見繕ったらしい。 「ついでに街の名物、食べてってくださいな。いつもはすぐ売り切れちゃうんですけど、店に話はつけてありますんで」  店までの地図を渡された。  この感じは断るタイミングないな。俺としては観光していけるなんてありがたい話だけど、ジェードはどう思うのか……うん、あの顔は辞退を諦めてるな。散歩してから帰ることになりそうだ。 「着付け、手伝いましょうか!」 「……わかるから大丈夫だ」  最低限にまとめられたジェードの返事は、おかみにとっては「契約成立」に聞こえただろう。 「はい! じゃ! 今日も楽しんで!」  ほとんど一方的に喋って、彼女は部屋を出ていった。あれだけ強引で嫌味がないのは、まさに商売人の才能だなと思う。  差し入れられた服を手に取ってみると、驚くほど軽い。 「おお、絹みたいな手触り。繊細そうな生地だなあ。柄も細かいし……。──ちなみにさ、これって魔族の美的感覚で見ると、どんな感じなの?」 「久々に森を出た私には、あまりに前衛的でなにもわからん」 「着方わかるって言ってなかった?」  帯のようなパーツを手に取る。結び方の説明書はもちろん箱の中にはなかった。 「永遠に話しかけられそうでつい……話を終わらせるためにそう言ってしまった」  お堅そうなジェードにもそういう後先考えないときってあるんだ。  じゃあどうやって着るんだ、これ。 「あ、でも本当に着物みたいだから、俺わかるかも……」    ■  二人で温泉街のメイン通りまで歩いた。そこは魔都の市場ほどではないが、活気がある。  家族連れもいれば、カップルや友達らしきグループなど、さまざまな人が行き交っていた。  魔都と違って、田舎では英雄譚のほうが濃く残っているらしく、多少の畏怖はあったがどこでもジェードは歓迎された。  大浴場に他の客がいなかったのも、避けられたのではなく、気を使って場所を譲ってくれていたらしい。  俺たちは、おかみからもらった着物に身を包んでいる。着付けはなんとかなった……と思う。  着物と羽織は軽いのに暖かく、粉雪が降っていてもそんなに寒く感じない。  髪を結い上げた和装のジェードは、普段と違う凛とした新鮮さがあった。ついうなじに目がいく。  おかみから渡された地図に従って老舗の菓子屋へ訪れると、ミュラッカ名物の《温玉ソフトクリーム揚げまんじゅう》を渡された。  店先にはベンチ付きの足湯があり、客たちは足を温めながら食べている。 「良かったらどうぞ」 「あ……、ありがとう」  ちょうど去るところだったという家族連れにスペースを譲ってもらい、ジェードと並んで足湯に浸かる。  この街は全体が坂になっているため、遠くがよく見えた。あちこちから湯気が立ち込め、土産屋ののぼりがはためいている。さまざまな特徴の魔族たちが楽しそうに観光していて、平和そのものの光景だった。  俺たちはうまく溶け込めているだろうか。  溶けていくソフトクリームをスプーンですくいながら、複雑な味がするまんじゅうを食べる。  おいしい。でも、これ……。 「おじさんの胃にはちょっときついな……」 「ん」 「え?」  横を見ると、ジェードがこっちに手を差し出していた。  まんじゅうを渡すと、残りの半分を食べてくれる。 「ジェードが持ってたまんじゅうは?」 「さっき席を譲ってくれた夫婦がいただろう。その子供が欲しがっていたので渡した」 「いつの間に……」 「ふむ……これは甘いな。茶を買おう」 「あ、助かる」  足湯から上がり、タオルがないことに気付いた。  横を見れば、露天で手ぬぐいと暖かい茶が売られている。うまいことできてる街だ。

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