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31 おにぎり風おにぎり

「あちっ」  味見をしようと鍋蓋を持ち上げたら、湯気が熱くて手を引っ込めた。  火の勢いを弱め、おたまで鍋をかき混ぜる。  ぐつぐつと煮えるポトフは良い匂いだ。野菜のダシがよく溶け込んでいる。  俺は、料理の鬼になっていた。  最近やっとわかったが、居候がこの屋敷でできることはほとんど無い。  家事は自動化した魔法でこなされていて、使った皿もシンクに放っておけば勝手に洗われるのだと後から知った。  つまり俺は、魔法の邪魔をしながらモタモタと皿を洗っていたわけである。THE・余計。  洗濯も掃除も魔法がひとりでにやってくれる、家事手伝い不要の家。  たとえば靴底に泥をつけたまま屋敷を歩いても、見えない魔法が綺麗にしていく。  使った水回りの水滴も綺麗に拭き取られ、俺が屋敷で生活している痕跡は何も残らない。  あれからジェードとは、夕食を共にする以外ではほとんど会話する機会がなった。  彼にも仕事があるし、俺も用事がなければむやみに話しかけない。「あれはどこだっけ」「夕飯ができた」「これの味見をしてほしい」「出かけてくる」それくらい。  狼の姿になったバウに乗って市場に行くときなどは、距離の関係で二日がかりになることもある。  広い屋敷の中ではすれ違うことも少ないから、何日かぶりに顔を合わせるなんてこともあった。  俺たちは自立した(?)大人同士だから、同じ屋根の下で生活しているからといってそれは別におかしなことではない。  ではない……んだけど。  そうなんだけど。  このモヤモヤとした何かを、ありあまる時間と欲求を発散するには、料理しかなかった。  だから、食べきれない量を作ってしまうことが増えた。  その度にロコやバウへお裾分けをしていたら、お礼に森でとれる食材を差し入れてもらえるようになった。  調理法を教えてもらうこともある。  おかげでレパートリーは増える一方だ。  その中でも、俺が気に入った食材やレシピがいくつかある。 「ハヤトキ、前にお願いしたやつ作ってくれた?」  窓からひょこりとロコが顔を出した。また玄関を通らずに庭へ回ってきたようだ。確かに、俺はいつもキッチンにいるから、庭から窓を覗くほうが近道である。  彼は今日も簡易の服を着て、裸足で歩いている。 「これだろ? ちょうど今日新しいの作ったから、食べみてくれるか?」 「やったー! ハヤトキの新作おにぎり!」  そう。最近俺が特に気に入っていて、ロコやバウにも好評なのが"おにぎり"だった。  バウからココナッツのような実をもらったとき、まさか種が米の代用になるとは思わなかった。  貰ったときの説明は、果肉を煮て食べて、種は捨てるべし。  言われた通りに煮ると、渇いた繊維のような果肉はふやふやになり、練ると餅のようになった。味がほとんどせず、調味料で化けるタイプの食材だ。  そのとき俺は、手順を間違えて種ごと煮てしまった。  種はかぼちゃのように中心に詰まっていて、黄色い表皮の中は白く半透明、かなり硬質だ。なのに加熱されると皮を残して溶けてしまう。  それを見て、なんとなく食べる方法があるような気がした。  それが長い道のりの始まりだった。  種は米よりもずっと繊細で、水分が少ないまま加熱すると硬くて食べられない。けれど水が多いと溶けてしまう。蒸すとべちゃべちゃに膨張して口当たりが悪かった。  皮があると火の通りがばらけるので、硬いザルに擦り付けて剥いたりもした。  その時の俺は、自分の中で渦巻く欲求不満をぶつけるように、異常な執念でトライアンドエラーを繰り返していた。  そして正解にたどり着いたのである。  条件を満たして炊き上げると、ふんわりと粘り気が出て、ほんのりと甘くておいしくなることを発見した。  まさに米モドキだった。  塩をかけて食べたときの感動といったら。  だが、バウに食べてもらったら、味気ないし食感も気持ち悪いと言われてしまって、俺はさらなるアレンジの道のりを歩むこととなる。  ちょうどそのころ、ロコからは湖の海藻をいろいろと差し入れてもらっていた。  とろりとしたスープにすると美味しいと言われていたのに、ひなたに出しっぱなしして忘れていて、すっかり乾燥させてしまった。  もったいなくてどうにか食べられないかとかじってみたところ、湿気った食感に衝撃を受けた。  俺は細かく考えるより先に試してみようと、水草をどろどろになるまで煮て、薄く伸ばして魔法の乾燥機コーナーに洗濯物と一緒に置いた。  そうしたら……できたのである。パリッとした海苔のようなものが。  だが、味はまったく海苔ではなかった。だから、あらゆる香辛料やらで調整をこころみ、薬草と一緒にある酒で煮ると海苔っぽい味に近づけられることを発見した。  後から冷静になると、朝から晩まで無心で作業をしていた自分の執念が怖い。  そんなこんなで、濃いめに味付けた魚のほぐし身をサッと作り、米モドキに詰め、海苔モドキで巻いた。  味見したバウが泣き出したので、よほど口に合わなかったのかと思ったら絶賛された。  そしてロコにも食べてもらって、その晩は《おにぎり具材つめつめパーティ》をして踊った(俺は踊らなかったが、バウとロコは踊った)。  なお、ジェードには海苔が喉に詰まりそうで好かないと言われた。おじいちゃんかよ。  海苔を外し、市場で買った味噌みたいな発酵豆ペーストを塗って焼きおにぎりにしたら気に入ったみたいだった。おじいちゃんだ。 「おいロコ、オレを置いていくなよ」  新作のおにぎり(栗とキノコの炊き込みごはん)を頬張ってリスと化したロコの後ろから、バウも現れた。  彼は食材を集めながら来てくれたらしく、見たことのない野菜や穀物の入ったカゴを渡された。 「バウ、いつもありがとう」 「いいんだ。オレも楽しんでる。で、こいつが食ってるやつ……」 「もちろん、バウのぶんもあるよ。良かったらポトフも食べてってくれ」  意外だったのは、この大陸の魔族のほとんどが雑食だということだ。  肉食の比率が多いと聞いていたが、よくよく掘ると好みや食文化の結果として自称肉食に偏っているだけらしい。  だから、食べられるのに肉しか食べない者が多いのだとか。  旅館で食べたもののように、豆などを用いた料理も存在するが、マイナーな郷土料理扱いであまり発展していないらしい。  そのせいで、なんと、米が──"おにぎり"が、歴史上に存在しない。  厳密に言うと似たようなものはあったが、取り寄せてみたら似ても似つかない見た目と味をしていた。  日本にそこまでの未練がないとはいえ口がさみしくもあったから、今回のレシピ開発は革命だった。  それはロコやバウにとっても革命だったらしく、最近はよく昼どきになるとおにぎりを食べにくる。  焼き鳥むすびなどを作ると、もったいないくらい喜んでくれた。付け合わせに作る卵焼きも反応がいい。 「ポトフも美味しいけど……おにぎりさ、市場で売れるんじゃない? バウ、出店手伝ってあげたら?」 「アリだな。儲かるぜ」 「ま、待ってくれ。そんな大それたものじゃないよ。それに、いつも作れるほど材料もないし」 「大丈夫だ、オレは農家の育ちだから、ジェードに土地を借りれば栽培できる」 「急に設定生えてくるじゃん……」 「水草もロコがなんとかするだろ。なあハヤトキ。あんたは自分の才能に気付いてないだけだぞ。素材の調理法を見つけ出す勘が良い。料理もうまいしな。血だけじゃなかったんだな」  おい、一言多いぞ。

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