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49 決闘の日【1】
俺の意思を尊重するとは言いつつ、なんだかんだ最後まで反対された。
巻き込む危険もそうだし、自分が死ぬところを見せたくないのもあるのだろう。
理解はできたが、「それでも」と譲らなかった。
破壊されてそのままになっている庭園へ、約束通り飛竜ワズワースが現れる。
ジェードはワズワースに小言をいくつか投げた後、別行動しても仕方がないからと俺と一緒にキャリッジへ乗り込んだ。
それが今朝のこと。
いつかの登城のときと同じだ。長距離を快適な個室の中で揺られた。
寝ても良いと言われたが、そこまで神経図太くない。
沈黙の中、ぼんやりと窓の外の風景を眺める。
庭で合流したときに驚いたが、ジェードは正装だった。この国 の執行部、魔王軍の軍服。
夜の闇と同じ色のすっきりとしたデザインで、近代的な印象がある。腰からはいつもの鞭のほかに、軍剣を提げていた。
フリル耽美からまた別の耽美にジャンルが変わった気がする。
……顔が端正すぎるといっそ畏怖を感じるというが、このビジュアルの男が暗闇から現れて、金色の鋭い目と剣を向けてきたらチビるだろうな。しかも身長は二メートルあるわけだし。
戦時中の人間たちは、こんな美しく恐ろしい人外を筆頭に食料にされながら攻め込まれたのか。
魔都レプニカを歩いているとき、同じ格好をした軍人を見たことがある。そのときの軍人と、ジェードの肩についているバッヂの数は、比べものにならないほど多い。階級章のほかに功績を讃えるものもあるのだろう。
なお、俺はいつも通りの服装だ。
──だいぶ前に、森での採取用にバウからナイフをもらった。いつもと違うのは、それを上着の内ポケットへ隠し持っているくらい。
護身用ではない。夢の中での約束を果たすためだ。
滑空していたワズワースが何度か翼をはためかせた。
魔王城のバルコニーに到着したようだ。
キャリッジから一歩出ると、とたんに息苦しさに襲われる。
「……けほっ」
やはりこのあたりの空気は合わないな。
背後から風が巻き上がった。
ワズワースがなにも言わずに飛び去ったのだ。
帰りはないから挨拶など不要ってことか。彼は他者を薄情だと言うが、自分も大概だろう。
改めて城のほうを見ると、ベクトルドとリオンが奥から歩いてくるところだった。
ベクトルドの姿は少年からやや成長した姿に変わっている。
魔力が回復しつつあるようだが、疲れたような表情が気になる。精神的な消耗はまったく癒えていないようだ。
その隣には、アンデッドとなったリオンが控えている。勇者らしくない暗い色合いの服装に着替えていた。
気分を変えたというよりは……死体から滲 み出る体液のせいで同じ服を長く着ていられないのだと察してしまう。
表情の生気のなさは変わらないが、前にあった首の傷は無いし、顔色も良く見える。が、風下にいるだけでにおってくるこれは明らかにヤバイ。魔王の力で腐敗などの変化が目には見えないようになっているだけとしか思えなかった。
「……ベクトルド。おまえのお気に入りだろうと、手を抜くつもりはない」
剣を抜いたジェードの様子を見て、ベクトルドは鼻で笑う。
「犬死にはせんか。構わん、これにおぬしが勝てるのなら好きにすればよい」
(ジェード……戦う意志なんてなさそうだったのに)
なにが彼の気持ちを変えたのかわからない。
でも、リオンは勇者の力だけではなく、異世界人として女神の加護 もある。さらには魔王の加護も。
どうにか勝てたとして、誰も……ジェードさえも報われない。
親友を悲しませて生き残っても、きっと彼は納得できないだろう。
どっちが勝っても正解じゃない。
未来の可能性を知ってしまったいま、彼をただ信じるだけじゃダメだ。
上着の中の重みに意識が向く。
「やれ、リオン」
ベクトルドの一声でリオンが動いた。
速い。剣を抜いたのも見えなかった。
それに反応するジェードもさすがで、鍔迫 り合いからすぐに切り返して攻めに転じている。
まばたきするだけで二手三手先に進んでいて、二人がこの速度で読み合いをしているという事実だけで次元の違いを感じた。
剣と剣がぶつかり合うたびに強い衝撃が風を起こして、吹き飛びそうになる。
渦中にいないはずなのに、膝が震えた。
ビビるな。ビビったら終わり。自分を励ます心の声はか細く頼りない。
だって、あんなところにどうやって飛び込めばいいんだ。
目的を遂げる前に五体満足じゃなくなる。
黒い霧がリオンの視界を覆うのが見えた。けれど彼は動揺も躊躇もせずに攻撃に出る。
その一直線の動きも読んで一撃を交わし、あの温厚なジェードがリオンの腹を蹴り上げていた。
唯一、体格の違いによるリーチ差だけがジェードのアドバンテージだった。
両足が地面から離れ、無防備になったリオンの胴をジェードの剣が斬り捨てようとする。
その刃を、稲妻と共に現れた大虎が噛み砕いた。
突然現れた獣にジェードも驚いている。
大虎は姿勢を立て直すリオンのもとへ駆け寄り、盾になるように構える。
どうやら、リオンが召喚した使役獣のようだった。もとは輝くような白い獣毛をしていたであろうそれは、汚染を受けるように腐って悪臭を放っている。
「け……決闘だろ!? 一対一の! あれはアリなのか!?」
思わず口を挟むが、ベクトルドは意地悪にとぼけた顔をして笑う。
「使役獣は武器のひとつだからなぁ」
ジェードは折れた剣を捨て、鞭と格技でどうにかしているが明らかに苦戦している。
このままじゃ……。
緊張で震える手を上着の内側へ運ぶ。
隠し持っていたナイフをつかんだ。
……だけど、俺の怪しい動きを魔王が見逃さないわけがない。
「おぬしは使役獣でもない家畜だろうが」
遠くに立っていたはずのベクトルドが、一瞬で距離を詰めてきた。
目が合ったかと思うと、目と鼻の先に彼の手が迫る。
大きな手のひらで視界が覆われていくさまが、やたらとスローモーションに見えた。
──頭、潰されるっ……。
ナイフを握りしめたまま、彼の速度に俺の身体はとても反応できない。
俺には俺の考えがあった。
リオンを復活させるために心臓を与える必要があるとして……とても自分ではできない。
なぜなら、怖いし、痛みも耐えられないだろうし、やり遂げる前にどう考えても力尽きる。
……そこで、はじめて俺の血の特性が役に立つんじゃないかと思い至った。
いまのリオンは魔族の類だから。
一瞬でいいから、きっかけさえあれば可能性があるんじゃないか、俺でもやれるんじゃないかって。
楽観的すぎただろうか。
その《一瞬》さえ、俺には無理なのか。
「ッ……!!」
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