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58 各々のウェディング【2】

 ジェードが落ち着くのを待って、パーティー会場である庭園へ移動した。  美しい風景の中、品のある装いの王族貴族が談笑している。  先に参加していたベクトルドとリオンは人々の輪の中心にいた。 「んん?」  ……今日のって、リオンの誕生日パーティーなんだよな?  二人がお揃いの白い礼装に着替えているではないか。  リオンは頭のてっぺんから足のつま先まで余念なく整え、刺繍がふんだんにあしらわれた優雅な正礼装をすっかり己の引き立て役にしている。まさに爽やかな王子様だ。  大人の体格に戻っているベクトルドも、リオンの隣でお揃いのそれを着こなしている。多少は配慮したのか、リオンよりもいくらか控えめなデザインではあった。  幸せそうな笑顔もあいまって、会場の誰よりも輝く二人組に見える。  鈍感な俺でもさすがにわかる。あれは暗に結婚式を意識していないか?  というか、人間の王子が主役の場で他国の王があんなしゃしゃり出たことして大丈夫なのか。  取り巻きは楽しそうだから、カリスマのある二人なりにうまいことやっているのかもしれないが……主催の国王とかは……。 「あっ」  リオンから少し離れたところで遠い目をしているのがまさか……国王? 服装とか王冠的にそれっぽい。  なんていうか、顔だ。息子の恋人について諦めたのか、それとも政治について諦めたのか。どちらにしても、どういう交渉をしたらあんな顔になるんだ。  さらに恐ろしいのは、国王の側近たちは反対にホクホクした笑顔で二人を見守っていることだ。  そういえば、リオンは第三王子らしいが、第一・第二王子の姿を見かけない。勇者になるため他の候補をきたと言っていたような気もするけれど……。  このパーティー、結構怖いな。大人の事情が。 「改めて驚くけど、リオンって本当に王子様だったんだな」  勇者で、チートがあって、王子様で。主人公らしさがそこまで盛りだくさんな青年だったとは。  リオンが魔王ベクトルドを初めて連れ帰ったとき、テラルはとんでもない騒ぎになったらしい。  しかしこの国でのリオンの人望はすごいようで、すぐに収束したのだとか。  いまや勇者と書いて親善大使と読むような活躍ぶりだ。  今回のような招待が実現するペースにも感心する。  庭に出てからあちこちから好奇の視線を感じるが、いまのところ悪意が向けられることはない。  魔族が歓迎されるかどうかはリオンのお膳立て次第だとジェードが言っていたが、なんの心配もいらなかった。  大きな声で笑うベクトルドが、ふとこちらに気付く。 「ジェード! やっと来たのか!」  駆け寄ってきた彼は、親友を輪の中へ誘う。  そして、ジェードの隣にいる俺にも一応視線をくれた。 「……ハヤトキ、元気そうでなにより」 「うん。ベクトルドも」  久々に会って、挨拶はそれだけだった。ふいっと顔を背け、ジェードに「向こうで待つ」と告げて行ってしまう。  あれ以降、彼は俺に壁を作っている。いや、見せなかった壁を素直に見せるようになったというほうが正しい。  俺はそれでいいと思っている。愛想笑いで知らず知らずに拒絶されるよりずっといい。  仲良くしてくれないほうが、結果的に仲良くできることもあるものだ。実際、顔を合わせるたび少しずつ態度が柔らかくなるのを感じていた。 「ハヤトキ、挨拶だけしてすぐに戻る」  重い腰を上げるように歩いていくジェードを見送った。  ベクトルドとジェードが合流するところを眺める。  いつの間にか、輪の中からリオンがいなくなっていた。 「ぼっちじゃん。誰かと話せば?」 「うわっ、リオン」  急に現れたリオンに驚く。  どうやら彼は、別のグループに挨拶をしたついでに俺のところへ寄ってくれたらしい。 「誰かに紹介しようか?」 「いいよ。テラルの知り合いができても連絡のとりようがないし」 「あー、ね。手紙とかがね、もっと気軽にやりとりできるようになればいいんだけど。──はー、疲れた。ちょっと休憩」  リオンはそばのベンチに座り、うーんと背伸びをした。 「勇者の活躍はヴィニまで聞こえてくるよ。おつかれ」 「ホント、大変だよ」  長い愚痴が始まった。  彼は相変わらず魔族と人間の橋渡しで駆け回り、《バッドエンドのフラグ潰し》をしている。  彼が勇者で親善大使で聖人のように(うた)われている所以(ゆえん)だ。  リオンは珍しくジェードに感謝していた。  ヴィニの沿岸に漂着した人間をジェードがほどほどに丁重な扱いで送り返していたことが対話の足がかりになることも多かったそうだ。  彼がやっていたことは魔族の善性の証明となり、けっして無駄じゃなかった。  ジェードが報われていると、自分のことのように嬉しい。 「あーあハヤトキ、キミのその他人事みたいな顔が憎いよ。誰かさんのおかげで終盤にたどり着くはずの魔王城に初手から着けちゃったせいで、スキップしたいろんなイベントまでいっぺんに起きてるんだよ。身体がいくつあっても足りない」  へー。チートがあっても分裂はできないんだなぁ。 「イベントって、勇者が本来やるべきだったものごと的な?」 「そうそう。些細な事件ばかりだけど、平和への道のり」 「ジャンヌ・ダルクみたいだな、転生者って」 「えっへん」  世界の秘密や、転生に関するあれこれもリオンからいくらか聞いた。深く考えると正気ではいられそうにないから、聞いたことはほとんど忘れることにしたが。  結局、俺がなんなのかはリオンもわからないみたいだった。前世の記憶と姿そのままの、転生者っぽくない転生者。 「やることだらけだよ。協力者を育ててるから、そのうち楽にはなると思うけど」  ベクトルドにジェードや他の部下がいるように、リオンも仲間を増やしているようだった。  今日のパーティーもそういったの足がかりにするのだろう。 「それにしたって、人間がやってきたことがキモくてさ。《遺物》と向き合うのをみんな嫌がってるのが面倒なんだよね」 「遺物?」  魔族と人間、お互い許せないことがあっても、これからのために助け合っていこう。そう主張するためには、過去を清算しなければならない。  リオンはテラルに散らばる《遺物》──特殊能力のために魔族を武器や道具に改造したもの──をルナニカに返還しようとしているらしい。  だが、王族はそれらの存在をかたくなに認めたがらず、捜索に協力しないのだとか。  しかも、所有者を見つけてもさまざまな理由で手放したがらない。  返還の目処が立たない限り、魔族は人間が歩み寄ろうとしてもを疑ってしまう。昔のように油断させたいだけでは、と。 「ジェードの父親もさ、皮と牙を加工されてどこかにあるらしいんだけど、消息をつかめないんだよね」  ルナニカとテラルのそれぞれで失われた命への鎮魂も、細かいことが片付かないとままならない。  ルナニカ側の問題である農場計画や狩りについては、ベクトルドに中止を宣言させたことで一旦解決したことになっている。  闇でやろうとする魔族が存在しているのはまた別の問題だ。  確かに、リオンのやることの多さにヒいてしまう。主人公だからといってもあまりに盛りだくさんではないか?  俺にもできることがあればいいのだけれど。  なにせ、これからを生きる者たちへのフォローも必要なのだ。  魔族の食料問題に、人間の資源不足。貿易や代替肉でなんとかできないか模索していく必要がある。  そういえば、それについてバウが一役買うと名乗りを上げたのは意外だった。  一介の狩人だった彼はいま、ジェードに手引きされながら国が取り組む大事業に参画(さんかく)している。 「そうそう、次にいつ会えるかわからないから、いまのうちに一つお願いしたいんだけど」  服にシワができるのも構わずにベンチへ寝転びながら、リオンが言った。 「お願い?」 「ジェードのこと、監視しといてね」 「えっ?」 「魔王が人間と和平を結ぶルートにもバッドエンドがあるんだ。一応、警戒しておきたい」  話を聞いてみると、どうにも信じられない予知だった。  ──吸血鬼は人間の復讐心を恐れている。かつての魔王派つまり《人間嫌いの過激派》は「人間はまた裏切る」と吸血鬼に吹き込む。腑抜けた魔王を倒して魔王代理になり、鎖国しなければルナニカは滅ぶ、と。  人間側には実際に恨みが強い者もいる。戦争がしたい魔族側が仕込む可能性だってある。だから、昔の事件の再現は遅かれ早かれ起き、魔族側に動揺が起こる。  吸血鬼は大義のため聖剣を手にしてしまう。 「ジェードはそんなことしないよ」  俺の言い分を否定しないものの、リオンは慎重に判断したいようだった。 「そうかもね。いまのジェードは私の知る印象とだいぶ違うんだ。キミが変えたのかも。ま、一応伝えただけ。お互いにフラグ管理していこう」 「……わかった」  未来が誰にもわからないのは事実だ。フラグ管理と言われるとふざけているように感じてしまうが、「身内が争わないように見守ろう」に変換すれば言いたいことはわかる。  ベクトルドもジェードも完ぺきではないし、俺やリオンが間違えることもある。  みんなもう、ボタンのかけ違いはごめんだろう。 「おおい! リオン! ……ハヤトキ!」  遠くからベクトルドに手を振られた。  見やると隣のジェードと目が合う。来い、ということらしい。  バウとロコも、何人かの人間と喋りながらそこにいた。  リオンと一緒に向かう。  歩きながら、ふと思ったことをたずねる。 「ちなみにさ、今の日本って相変わらず?」 「んー。そうだな。大地震が来てから東海地方は大変でさ。私が死ぬ三日前くらいには名古屋城の再建が始まったってニュースでやってた」 「えっ」 「ん?」  違和感を感じて立ち止まると、リオンも不思議そうに足を止めた。 「……変な質問するけど、リオンが死んだ年って何年だ?」 「2130年ごろかな」 「俺が死んだ年は……2025年。百年近くズレてる……」 「へえっ? 死んだ時代が違うのに、転生のタイミングは同じか。そんなことあるんだな」  リオンが……未来の人間?  彼から日本について詳しく聞くのがいよいよ怖くなった。 「リオン! 早く来い、主役だろうに!」 「はいはい」  痺れを切らしたベクトルドが迎えにきた。  リオンは迷惑そうに抱きつくベクトルドを押し返しながらも、顔はすごく嬉しそうだ。  二人から離れて、ジェードのもとへ行く。 「何の話をしていたんだ?」 「人間トークだから、魔族には内緒」 「国際問題だぞ」 「あはは」  気がつくと、周囲に人が集まり始めていた。何列かに分かれて並び、手前の人はしゃがむ。  最前列の中央がリオンとベクトルドだった。  ……これって。 「はーい、撮りまーす!」  向かいに大きなカメラのようなものを構える人がいた。  知らない間に記念撮影のシャッターがきられる。  後から教えてもらったが、写真機は最近テラルで開発されたらしい。  ルナニカからテラルへ、国交を開いた記念に贈った魔法石から科学を掛け合わせて生まれた。  転写するだけなら魔法だけでもできるが、写真機は一つの魔法石から量産が可能で、仕上がりに調整ができるから魔族にも人間にも好評なようだ。  集合写真を何枚か撮り、次は個撮が始まった。  わいわいとした空気に俺とジェードは疲れてきて、そっとステージから降りた。  賑やかさが離れていくなか、ジェードがあきれた声で呟く。 「あの二人……遠回しにパートナーであることを世界に宣言しているように見えたが……」 「ジェードもそう思う?」  冬が明けたテラルの気温は穏やかで、木陰に移動するとまだ肌寒く感じる。  太陽の光を一身に受けて談笑する彼らを、ジェードはじっと見つめていた。 「……うらやましいの?」  彼の横顔を見上げて問いかけると、「まさか」と苦笑いされた。 「対して私は、ハヤトキにだけわかっていてもらえればそれでいいと思った……というだけのことだ」 「うん? どういうこと?」 「おまえが私のものであり、私がおまえのものであるということだよ。ゆめゆめ忘れるなよ」 「……忘れるもなにも」  そっと彼の手に触れると、指が絡められた。  手を繋ぎながらパーティーを見守る。

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