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57 各々のウェディング【1】

 人間の国(テラル)は想像よりずっと美しく、発展した国だった。  招かれた宮殿も贅を尽くした圧巻さで、ついきょろきょろしてしまう。  案内人を(にな)う騎士によると、限られた資源の中からより豪華に見えるよう工夫が凝らされているらしい。  城が貧相では国民は夢を見ることもできない。だからこそ歴代の王は、国民には見えない私生活の部分では清貧に(つと)め、象徴となる建築物へ注力した……のだとか。 「どうだかなぁ」  横を歩くベクトルドが平気でそんなふうに呟くものだからギョッとする。  リオンに背中をつねられて口を引き結び、何事もなかったかのようにキリッとしていた。  今日は第三王子であるリオンの誕生パーティーが開かれる。  毎年恒例のようなものではなく、リオンの帰還を喜んだ国王による記念パーティーだそうだ。  魔族と人間の対話が始まってから初めてテラルに魔族が招待された。  それがベクトルドとジェードである。  俺とバウとロコ、それから数人のベクトルドの側近はおまけみたいなものだ。  飛竜で海を渡って約束の場所へ降りると、リオン直々に迎えられた。  そして宮殿に着き、警戒心強めな騎士に道案内や予定の共有をされながら今に至る。  パーティー会場は庭園と大広間の二箇所で行われているらしい。  俺たちはまず応接室に通され、関係者専用の休憩室として使って良いと言われた。クリームとゴールドのカラーで統一されたなにもかもが眩しいおごそかな部屋だった。  それから、ベクトルドがリオンと一緒に王座の間へと出掛けていく。  残された俺たちは、借りてきた猫のようにソファへ座っていた。 「ねえこれっ、おいしいよ!」  案内をしてくれた騎士は紅茶を淹れる雑用までこなしてくれていて、ロコが警戒心ゼロでがぶがぶ飲んでいる。出されたケーキも気に入ったらしく、バウのぶんも半分ねだっていた。  ジェードは窓際に立ち、外の景色を見ている。彼がこの国に来るのは戦争のとき以来だから、思うことも多いのだろう。  俺やロコたちは普段着ではとても来られないので、仕立て屋で頼んだ一張羅(いっちょうら)を着ている。  ジェードは普段の格好と雰囲気はほとんど変わらない。  彼の右腕はまだ無いままだった。魔王に与えられた傷は治癒魔法や薬の効果を拒絶するため、普通は治らないらしい。  けれど勇者だけは聖なる力で癒せることがわかり、切断された腕はリオンが預かっていった。浄化と活性化をさせてからくっつけてくれるそうだ。ジェード側の断面にも同じ処理をしなければならないらしく、再接着の準備が整うまで数ヶ月かかると言われて長い。  俺は、ジェードの腕の代わりとしてついて回る生活になっていた。  なお、魔王城での決闘が中止になってから、改めて戦うようベクトルドから命じられることはなかった。  代わりに、ジェードは辺境伯として呼び出され、魔王と勇者の話し合いの場に同席する機会がしばしばあった。議題は今後の国の方針についてだそうだが、帰宅するたびにジェードは「惚気(のろけ)と喧嘩を交互に見せられてしんどい」とこぼしていた。   「ジェード、大丈夫か?」  ソファから立ち上がり、彼の横に並び立って声をかけた。  顔色があまり良くないようにも見える。 「人酔いしただけだ。すぐに慣れる」  宮殿までの道中、魔族を一目見ようとする人間が多くいた。ほとんど飛竜のキャリッジの中だったし、地上に降りてからも騎士団の護衛と馬車があったから一般市民と接近することはなかった。とはいえ、群衆という迫力は確かにあった。 「……私はいま、幸せだ」  ぽつりとジェードが呟く。 「うん」 「だからこそ、この地に立つ資格がないようにも思う。ここへ来る途中、飛竜を見上げる人間たちがいたが……どういう感情で見ていたのか、それを考えると」  そう言いながらこっちを向いた瞬間、目眩(めまい)でもしたのかジェードはふらついた。 「ジェード!」  彼は真っ青な顔をして口元を手で押さえた。ぎりぎりこらえたように見えたが、しゃがみ込んだ先でついに吐いてしまう。  俺が大声を上げてしまったせいで異常事態かと構えた騎士やバウに、ジェードは手を小さく挙げて「なんでもない」と意思表示していた。 「すまない、見苦しいものを……」  俺は上着を脱ぎ、汚れてしまった絨毯(じゅうたん)をジェードの目から隠した。俺が掃除しますんで、とまだ見ぬ王様に祈っておく。  しゃがんだまま壁に寄りかかる彼の背中を撫でながら、なだめるようと声をかける。 「……見てきたものが違うし、ジェードの背負っているものを俺がわかろうなんておこがましいけど、幸せになっちゃいけない人なんかいないよ。みんなが幸せにならなきゃいけないんだ」  上着のポケットから抜いておいたハンカチでジェードを拭いてやろうとすると、手首をつかまれた。 「おまえがよごれてしまう」  弱々しい指をそっとほどいて、彼の手を包むように両手で握る。 「気にしない。──きれいごとだけじゃダメなのもわかる。気まずいなら、静かに生きていけばいい。式が終わったら一緒に(ヴィニ)に帰ろうな」  思い返せば、人間になど囲まれたくないと駄々をこねるベクトルドの横で、ジェードも乗り気ではないように見えた。手を焼くリオンのために無理して同行を決めたのだろう。  ──ここまで来たら少しの辛抱だから、一緒にがんばろう。 「それでさ、今日みたいに誰かと会う日は……悲しい顔しないで、せめてやさしくできたら、お互い救われるよな。ジェードが俺にしてくれたみたいにさ」  な、と大袈裟に笑顔を作って見せた。  いっそ挨拶回りの際にはジェードの前に立ったっていいが、さすがに変だと思われるかな。社畜時代に(つちか)った社交辞令を駆使し、右腕代わりの俺が握手しますよ……なんて。 「……あの森で出会ったのが、おまえで良かった」  考え込んで渋い顔をしていたらそれが面白かったのか、ジェードは表情を柔らかくしてくれたのだった。

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