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60 おいしさの秘密【2】 *R18

 庭にいたジェードはよくよく見ると土まみれで、向かった先は風呂場だった。  姫抱きの状態から脱衣所で降ろされ、当たり前のように服を脱がされる。ジェードはたまに、俺のことを湯船に浮かべるアヒルか何かだと思っている気がする。  あらかじめ準備してあったようで、浴室のバスタブにはたっぷりと湯が張られていた。  石鹸の清潔な匂いに包まれながらシャワーで互いの身体を流し、一緒に湯に浸かる。  人外サイズのバスタブは俺にとっては大きいが、ジェードにとってはほどほどだ。  彼の胸に背中を預けて足を伸ばした。  こうやって密着すると、頭ひとつぶんの身長差による身体の差違に驚いてしまう。脚の長さとか、手足の大きさとか。  日本では小柄というわけでもなかったんだけどな。彼の手を取り、その(てのひら)をむにむにと揉んだ。 「……庭のことだが、昔は薔薇以外も植えていてな。季節に合わせた景色があった。修繕にあたって、そんな庭にしようと考えている。そのほうがハヤトキも楽しめるだろう」 「いいんじゃないかな。そのときは手伝わせてくれよ」 「ああ」  ともすると、植物の種を買いに行かねばならない。街に行くのなら、キッチン用品も買いたいところ。  ジェードと二人きりで外出したのはいつが最後だっただろう。  ずっとばたばたしていて、屋敷の中でもすれ違う日は少なくなかった。  濡れた髪に後ろからキスをされる。 「明日の予定は空けてある」  俺も明日は予定がない。何日か前にその話をしていたから、これは偶然ではないのだろう。  (ひたい)に張り付いた前髪を退けてくれる。俺が何も言わないのを良いことに耳元をいやらしく触ってくるものだから、その気になって彼の指へ(ほお)を擦り寄せた。 「ん……。ジェードのしたいことしよう」 「私たちのしたいことでいいではないか」 「細かいなあ」 「大切なことだ」  ざぶんと湯船から上がる。  良識ある大人ががっつくもんじゃない。部屋でゆっくりいちゃつくほうがいいよな──ムラついた気持ちを落ち着かせながら、浴室から出ようと扉を引いた。すると、後ろに立つジェードに押し閉じられる。  ドアノブをつかむ手に彼の手が重ねられ、もう片方の手は俺の腰に。  うん。大人ぶろうとしたが、数百歳年上の判断がそれなら喜んで従おう。    ■ 「あッ、あぁッ! あッ、ジェードぉッ……!」  浴室は底抜けに明るいし、音が響くことを失念していた。  自分の情けない声と淫奔な性行為の音の反響を聞くはめになり、一時の性欲に身を任せたことを後悔する。  しかも相手に背を向けて尻を差し出す体位って、犬の交尾みたいでなお恥ずかしい。  さらに言えば、体勢のおかげかいつもよりジェードのペニスが奥に入ってきて、突かれるたび視界がチカチカする。  快感のあまり膝が震えて、タイル壁へ両手を突かなければ立っていられなかった。 「そこだめッ、イくっ、すぐイっちゃうから゛っ……! ──ぁ、あ……ッ!?」  腹のあたりを抱くように持たれると、足のつま先が地面から浮いた。  そのまま激しく突かれてのけぞり悶える。快感の逃しようがなくて思わずジェードの腕に爪を立てるが、びくともしない。 「待っ、足っ、つかなっ……あっ! あッぐ、ぅ、うぅッ、あぁッ! あッ! あぁあ゛!」  立ってと身長差でこんなことになるとは思わなかった。自分ではどうすることもできず、彼の思うがままに貫かれ、揺さぶられていく。  食べ尽くしたそうな興奮した息遣いが耳元に聞こえた。  女神の加護が消えても、ジェードは俺の血をとびきり美味いと言ってくれる。 「いいよ、噛んでっ……噛んで、ジェードっ……!」  俺がどれほどあんたを想ってるか、何度でもわかってくれ。  差し出した首筋へ牙が突き立てられるのを感じながら、恍惚に呑まれていく。 「ふっ、ぅ……っ! ハヤトキっ……!」  強く牙を食い込ませながら、ジェードも俺の中で果てるのを感じた。  少しのぼせた。風呂から上がってソファで休んでいると、ジェードが食事の準備を済ませてくれた。  腹を満たし、ジェードが仕事のために書斎へ行くのを見届けたあと寝室に行く。  借りている客室も使ってはいるが、このごろの睡眠はジェードの寝室でとる日がほとんどだった。  ベッドに入りつつ、まだ眠くはないので読みかけの本を開く。  この国のことを学ぶにはやはり本が早いのだ。  いつの間にか読書に集中していて、ジェードの影が本を覆ってやっと彼が部屋に入ってきたことに気付いた。 「もう寝る?」  本を閉じてベッドサイドに置き、彼が入ってこれるように布団をめくる。  彼はごそごそとベッドの中に入ってきた。  それぞれの枕に頭を預けながら、一枚の掛け布団を共有しつつ己の眠気と語り合う。 「……気のせいではないと思うのだが」 「うん?」  そのまま眠るものだと思っていたら、話しかけられた。  目を開けて横を見る。 「こんなに長く、同じ個体を繰り返し吸血したことはなかった。そのせいかわからないが、おまえは少しずつ吸血鬼に近づいている気がする」 「……うん!?」  さらっと怖いことを言う。夕食のときから何か考え事をしているように感じていたが、そのことだったのかもしれない。 「体調や寿命がどうなるかわからん。吸血を止めれば元に戻るのかも……すまない」  俺って、転生者らしくもないみたいだし、なんでもありだなぁ。  自分の歯に触ってみたが、とくに変化はない。外見に変化はなくても、ジェードからしたら気配みたいなのが変わって感じるのだろうか。 「……人間じゃなくなったら、血が不味くなるかな?」 「まずする心配がそれか? そういう味の変化は感じない」 「ならいいよ。人間だろうが、吸血鬼モドキだろうが、なんでもいい。ジェードと一緒にいられればそれで」  あとはなるようになる。長生きできるのならいっそ喜んでもいいのかも。  そう開き直って、天井を見上げた。  彼はきっと、俺がショックを受けないように話すタイミングとか色々考えていたのかもしれない。 「ジェードは、俺が人間じゃなかったらイヤ?」 「どんなハヤトキでも逃さない」  両腕が伸びてきて抱き寄せられた。  大袈裟な言い方をするなぁと笑って、彼の頬にキスする。  あんまり眠くなくて、ジェードもそうなら……と身を擦り寄せる。  すると、シャツの中に彼の手がするりと入ってきた。脇腹を撫でた指が胸板に触れる。  気のせいでなく、指先が乳首を狙っていた。最初のころはなんとも無かったのに、最近はいじられるとむずかゆく感じる。 「くすぐったいから、そこで遊ぶなよ」  変なところで変な反応をしてしまいそうになるのが恥ずかしくて、寝返りを打って背中を向けた。  すると彼の手が脇の下を通って、さっきと同じようにそこを触ってくる。もっといじりやすくしただけだったかも。  しつこく刺激されればやっぱり変な声が出る。思わず自分の口を手で覆った。 「ふっ……! ぅ……っ、うぅっ……!」  首の後ろにぬるりと生暖かい感触がした。舐められたのだとわかる。思わせぶりにうなじを甘噛みされるだけで、彼に快楽を教えられた身体がひどく熱くなる。 「そればっかり……っ!」  腰をつかまれ、引き寄せられる。尻のあたりにジェードのそれが押し当てられた。 「どうしてほしいか言ってみろ」  サドっけのあるセリフを囁かれて暴れ出しそうになる。俺をそんじょそこらの純潔の乙女と思うなよこの耽美吸血鬼が。こちとら興奮した人間のオスだぞ。どうしてもこうしてもあるか。  とはいえ雰囲気をぶち壊すほどバカではない。  後ろ手を彼の腰元へやり、硬い輪郭をなぞるように撫でる。それに対するコメントを──素直に欲しいと言えないのは、俺にもなんていうかこう、プライドみたいなものがあるというか。  どうしてふだんは先回りするくせにこういうときだけ意地の悪いことをするんだ。 「ジェードなんかッ……きらいだ……ッ!」 「ウソだな。血の味を確かめなくてもわかる」  ぐうの音も出ない。言い返せないので口をへの字にして黙ると、また延々と触られる。  だんまりを貫けたのは短い間だった。 「ぁっ、あ……! っ……!」  そこしか触られていないのに、どんどん感じ入ってしまう。それが彼の思い通りになっているようで悔しい。  せめて上だけじゃなくて下を触って欲しい。  ジェードのそれだって、ばきばきに硬くなってつらそうなくせに。  耳を()まれる。 「ハヤトキ、おまえが欲しい。だが気を緩めるとすべて奪ってしまいそうになる」  ん? この物言い……やりすぎそうだからって俺にを立ててたりする?  さっきのももしかして、ド鬼畜セリフではなかった?  はむはむと耳たぶを唇で遊ばれ、返事待ちなのが伝わってくる。  なんだよそれ、ひどい男だな。 「うぅ゛っ、抱けよっ、好きなだけッ……はやくッ……!!」  ジェードのほうへ向き直し、悲鳴じみてそう訴えれば長い夜の開始を感じた。  おかげさまで血はさらに美味しくなってしまうのだろう。

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