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タイムスリップ(9)
就寝時、翔サンの要望でこれまでと寝方を変えることになった。寝るとは言ってもエロい意味ではない。
今までは布団を横にしてある程度の距離を保って寝ていたが、今夜からは縦にして寝る。
「あー、やっぱ足まで布団あるほうが快適だぜ」
「重い。腕どかして」
「しょうがねーだろ、狭いんだから」
俺の体に翔サンの腕が乗っかってる。
こっちは横向いて少しでも省スペースにしようとしてるのに、翔サンは大の字。
「翔サン、もうちょっと端っこいけよ」
「そっちが行け」
「俺もうギリギリなんだよ!……じゃあ降りる。畳でいい」
ハァ、と翔サンのため息が聞こえた。
「ったく、降りんな。こうすれば重くねーだろ」
背中に感じる翔サンの体温。片腕が俺の腰に回ってる。重くはないけど……なんか密着度が高い。
このひっつき虫!!
「暑苦しい!向こう向けって!」
「嫌だ。……そっか、陽翔は猫肌だもんな。火傷しそうなくらい熱いか?」
バカにして……!
真夜中、ふっと目が覚めた。
規則的な時計の針の音が、カチ、コチ、カチ、コチ、カチ、コチ、カチ……。
……無音。
時計の音が消えた。
いつもはうるさいくらいなのに。
いや、それどころか何も聞こえない……?
これは。
これはもしかして……!
「見つけたぜ、瀬谷陽翔」
「!!」
部屋に響く声。
それと同時に、突如現れた赤鬼と青鬼。
「……狭いな。何だここは」
「うっわ、天井ひきーな」
二人とも天井に頭がつかえている。
「ちょっ、ちょっと……もしかして、迎えに……?」
起き上がると、俺の腰の辺りに置かれていた翔サンの腕が、力なく布団に落ちた。
「え、翔サン……?」
息してない!?
「翔サン!?翔サン!」
青鬼が天井を気にしながらこっちを見下ろした。
「時を止めているのだ。死んだわけではない」
「何だかこの部屋くっせーな。おめえとコイツの、精液の匂い……」
赤鬼の指摘に、カッと顔が火照った。
「ふーん。バカな奴。いずれ俺らが迎えに来るっつーのに、『レンアイ』なんてしてたんか?……それか、単なる性欲処理か?」
「違う!違う……!」
青鬼が俺に冷たい視線を向ける。
「子種は持って行けぬぞ。わかっているだろうがそもそもお前は男だ」
「違うってば!」
「未来は変えられぬ。この男は……予定通り死ぬ。お前が必死に過去をかき混ぜたところで生き残ることはない」
「わかってる……」
涙がこぼれ落ちた。
「こんなにふかぁく関わっちまってよ、後悔するとか考えなかったのか?」
「人の子の心は我らには一生理解出来ぬ。……では行こう」
俺はバッと二人を仰ぎ見た。
「待って!あと一日だけ。一日だけここにいさせてほしい!」
「「ハァ!?」」
二人の声が重なった。
「なにバカ言ってんだ!俺らも暇じゃねーんだよ!」
「でも間違えてここに連れて来たのは誰のせいだよ!?」
「ぐっ……」
赤鬼が言葉に詰まる。
「……一日だな?」
青鬼が静かに言った。
「う、うん。いい……?」
「承知した。だが、一日延ばすことによって、お前を救うことは出来なくなる。事故に遭うのは避けられない」
俺はゴクッと喉を鳴らした。
「……でも、俺が事故に遭えば男の子は後遺症なく助かるんだよね?それは、覚悟してたから。いいよ」
「カーッ!バカ!マジで人間ってバカだ!」
「うるさいよ、シュアン」
事故に遭う。震えるほど怖いけど、赤鬼にバカと言われる筋合いは無い。
「では、明日。同じ時間に来よう」
「うん。ありがとう、セイタイ。……シュアンも」
「あーあ、めんどくせー」
そんな言葉を残しながら、赤鬼と青鬼は姿を消した。
すぐに動き始める時間。
音の洪水。耳が痛くてやっぱり慣れない。
すぐに治まり、ホッと息をついた。
下ろした手に、暖かいものが触れてきた。
翔サンの手だ。翔サンがうっすら目を開けていた。
「どうした?起きちまったか?」
「うん、ちょっと」
半身を起こした翔サンが俺の頬に触れる。
「……泣いてたのか?」
「え?なんで?」
「ほっぺ、濡れてるから」
「暑くて汗かいたのかも」
ハハッと笑いながら顔をゴシゴシ拭って誤魔化した。
「ほら」と、翔サンが腕を広げた。
ここに寝ろってことか?
「うん……」
俺は頷いて翔サンの胸に寄り添った。
「おっ、素直」
嬉しそうに笑う翔サン。
翔サンの胸元でソッと息を吸う。この匂いを忘れたくない。離れ離れになっても。
ジワッと滲む涙を、翔サンに気づかれないようにこっそり拭いた。
「あのさ、今日、早く帰れる?」
翌朝、朝飯中の翔サンに聞いてみる。出来れば最後の日は長く一緒にいたい。
「今日は……まあ、そんな遅くなんないと思うぜ。7時くらいか」
「遅いよ。……あっ、ごめん」
「ん?いつもくらいだろ?バイトによっちゃ、もっと早い時も遅い時もあるけどよ」
「そうだよね、うん。わかった」
茶碗と箸を持って一時停止した翔サンが、こっちを伺うような目をした。
「……なんならバイト休むか?」
俺は「えっ!」と翔サンを見た。でも、首を振る。俺のワガママで翔サンの仕事を奪いたくない。
7時からでも、きっといっぱい思い出が作れる。
「平気。いいよ。学校とバイト、頑張って」
「……ああ」
何か言いたげな顔をした翔サンを俺は笑顔で見送った。
食器を洗って、洗濯をして、布団を干して、掃除をする。
最後だから、愛情を込めて丁寧にやった。
夕方になって、そうだ、夕飯はコロッケ屋さんのコロッケにしようかな。と思いついた。
財布と鍵を忘れずに持って、と。
部屋を出ようとしてふと振り返る。
広告を切って作ったメモ紙に、『コロッケ屋さんに行ってきます。すぐ帰るね^_^』と書く。
俺はハッと笑ってそのメモを丸めて捨てた。
なんかこっぱずかしい。何笑顔なんか書いてんだか。
それに翔サン帰ってくるの7時って言ってたし。さすがにその時間には帰れているだろう。雨も今日は降らない。
改めて玄関のドアノブに手を伸ばすと、その一瞬前に引かれてしまった。
「わっ、うわ、とととっ」
思わず前につんのめってドアを開けた人にぶつかりそうになる。ガシッと力強い腕が俺を掴んだ。
「何してんだお前?どっか行くのか?」
「翔サン!」
不思議そうに見下ろす翔サン。
「何で?まだ4時前だよ?」
翔サンはニヤッと笑いながら俺の頬を軽く摘まんだ。
「バイト休むことにした。俺と一緒にいたいんだろ?」
ふわっと幸せな気持ちが広がる。なんでわかったんだろう?
「お前、ほんとわかりやすすぎ。可愛いやつ」
翔サンはそう呟いて、俺の額にキスをした。
「何か俺としたいことがあるのか?」
「か、翔サンは?なにかしたいことない?」
出来れば翔サンがしたいことをしたい。例えば、銭湯に行くとか、買い物に行くとか。
「俺がしたいこと?そりゃあ……」
俺の腰を引き寄せて、布団を指し示した。
即座に理解して、俺はバッと翔サンから離れる。
「それ以外で!!」
それ始めたらそれだけで終わりそうだ。
チェーッと翔サンは唇を尖らせた。
「じゃあ、銭湯行ってから、ラーメン食いたい」
俺は「うん!」と深く頷いた。
「銭湯嫌い治ったんだな」
銭湯への道すがら、翔サンが聞いてきた。
「うん。まだちょっと緊張するけど。気にしない、気にしないって。他の人も俺なんか見てない、絶対見てない……!って、心の中で暗示かけてる。今も」
「ハハッ、めんどくせー」
「こっちは必死なんだよ!?」
やっとトラウマが軽減してきたんだ。そもそも風呂自体は好きだし。
翔サンが俺の頭を優しく撫でた。
「わかってる。頑張ったな。そう、他の奴なんか見てねーよ。俺は見てるけどな」
「はぁ!?」
「俺にだったら見られてもどうってことねーだろ?昨日なんか触ってんだし」
「それ今言うな!」
思い出して恥ずかしくなる。
あの触られた感触を必死に頭から追い払った。
「おおっ!翔とハルトじゃねーか!」
銭湯で浴槽に浸かっていると、コロッケ屋のおじさんが声をかけてきた。相変わらず大きな声だ。
「ん?前に比べたらゆったり座ってんじゃねーか。相変わらず毛は生えてねーみてえだけどな!」
おじさん……。ピキッと顔が引きつった。
いや、見てない、他の人は見てない。おじさんだけは許す!
「おっちゃん、あんまこいつからかうのやめろよ。折角来れたんだから」
「おーおー、ったく惚れた弱みってやつかぁ?おめーら怪しすぎるぜ」
カァッと顔が火照った。お湯の熱さのせいだけじゃない。
「な、べっ別にっ」
「わりーか。おっちゃんこないだの見たんだろ。察しろよ」
なんで翔サンはそんなに堂々としていられるんだ!?
このままいるとのぼせそうだ。
「先、体洗ってる」
俺はザバッと浴槽から上がった。
洗い場で石鹸を泡立てて体を洗う。
不意に隣に人の気配がした。翔サンかと思って振り向くと、知らない男だった。
「隣いいかい?」
「あ、はい」
なんとなくコンプレックスがまた頭をもたげ、そっと内股になる。
気にしない、気にしない。泡をたくさん立てて気づかれないように股間を隠した。
そいつは隣の風呂椅子に座った。
「君、いくつ?お父さんと来たの?」
「えっ?いや、えっと……」
まあ、『お父さん』と言えばお父さんだけど……言えないよな。
「中学生くらいかな?体、綺麗だね」
「ハ!?」
こいつキモい!と思ってしまった。そいつは慌てたように手を振る。
「いやいや、変な意味に取らないでくれよ。筋肉の付き方が綺麗だなと思ってさ」
筋肉……。
「そんなこと言われたことないです」
どっちかって言うと、筋肉無し、細いとかしか言われない。
「僕さ、画家やってるんだけど、良かったらモデルになってくれないかい?」
「モデル……?いや、無理です」
今夜帰るし。
「いや、服を着たままでいいんだよ?バイト代もたくさん払うから」
「無理です」
「でも、君みたいに可愛い子と出会えるなんて千載一遇で……」
「陽翔」
グイッと腕を引っ張られた。
「翔サン」
ホッとして何故か泣きそうになった。
「こっち場所取ってるから来い。おっちゃんも待ってるし」
「あ、うん」
立ち上がると、翔サンは俺が座ってた風呂椅子にお湯を流して片付けた。
そして画家の人の目を避けるように洗い場の反対側に俺を誘導する。
「おっ、お姫さん救出してきたか?王子さんよぉ」
コロッケ屋のおじさんが頭と顔を洗いながら迎えてくれた。
風呂椅子に並んで座ると翔サンはチッと舌打ちした。
「ったく、油断も隙もねえ。お前もあんな奴構うな」
「だって、話しかけてきたんだもん」
「無視しろ」
「無視って……。でも、『筋肉の付き方が綺麗』って誉められた」
「はぁ!?お前、なに見せてんだよ!見られんの嫌だったんじゃねーのかよ!」
「別に見せてないよ!勝手に見たんだ!べ、別に上半身くらいなら見られても平気だし!」
「平気じゃねーよ!例え上半身でも俺以外に見せんのは許さねー!」
「じゃあ銭湯来れないじゃん!」
「風呂付きに引っ越せばいいんだろ!?」
「意味が無いことするな!」
と言ってハッとした。
翔サンが俺を凝視する。
「意味が無いってなんだよ……?」
「あ、別に深い意味は無くって……ほら、家賃高くなるでしょ?」
おじさんがハーッと息を吐いた。
「あー、ガキどもその辺にせーや。みんな注目してんぞ。さっさと洗い終われ。コーヒー牛乳奢ってやっから」
「はーい」
翔サンの視線を振り切るように、ザバッと頭にお湯をかけて髪を洗う。
翔サンはしばらくいぶかしげな表情を浮かべていたが、コーヒー牛乳を飲み終わる頃にはいつもの翔サンに戻っていた。
──続く──
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