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タイムスリップ(8)
「雨降ってきたなこりゃ」
おじさんの声に目をやると、雨がポツポツ降り始めてきていた。
「予報で雨って言ってましたっけ?」
「にわか雨があるかも、とは言ってたわよ」
おばさんが教えてくれた。
「もうちょいひさしの中に入れ」
おじさんが親切に手招きしてくれた。
そこに、ジリリリ……と電話のベルが響いた。
「あら、誰かしらね」
やがて電話を終えたおばさんが、困った様子でおじさんと会話している。
聞くところによると、娘さんが仕事で遅くなりそうなのでお孫さんを小学校と保育園まで迎えに行ってほしいとのこと。
「そうか、じゃあ一旦店閉めるか。どうせこの雨じゃ客も来ねえだろ」
おじさんの言葉に再び外を見ると、確かにザーザー降りになっている。
傘、持ってくれば良かったぁ……。
「おう、坊主。名前なんつったっけ?」
「陽翔です」
「ハルトな、おめえまだ時間平気ならうちで雨宿りしてけや。店は閉めるから心配いらねえ。奥で茶でも飲んで座ってろ」
「え、でも悪いです。帰ります」
「いいんだって。孫たち迎え行ったらおめえも送ってってやるからよ。この雨はしばらく止みそうにねえや」
「で、でも」
「いいのよ。お茶淹れるわね。そうだわ、もしかしたらまた娘から電話が入るかもしれないから、そうしたら『迎えに行ったのでいません』って伝えてもらえる?出来るかしら?」
「あ、はい。わかりました」
「いい子ね」
ヨシヨシと頭を撫でられてしまった。高校生にもなって、ちょっと恥ずかしい。
お言葉に甘えて留守番兼雨宿りをさせてもらうことにした。
煎餅まで出してもらって、なんか悪い気が。
コタツに入ってテレビを見ながら待つ。初めてお邪魔した他人の家なのに、田舎のじいちゃんちみたいな、懐かしい気分。
眠くなってきて、欠伸が出た。うつらうつらとしてくる……。
クスクス、という笑い声と頬をツンツンとされる感覚で目を覚ました。
「こら、ダメよ」
静かに注意するおばさんの声。
俺はガバッと起き上がった。
「あっ、すいません。寝ちゃって……」
傍らで「起きたー」「起きちゃったー」と女の子が二人、笑っていた。
「ごめんなさいね、起こしちゃったわね」
謝るおばさんに俺は首を振った。
「いえ、全然!それより今何時……」
壁にかかってる時計を見てギョッとする。
6時だ!夕飯の支度しないと!
「すいません、俺帰ります。お邪魔しました」
「おいおい、送ってくぜ。まだ雨降ってるしよ。それと……」
おじさんは、ドサッと目の前にビニール袋を置いた。
「これ持って帰れや。翔と今夜食え」
「こんなにいっぱい?悪いです」
見た感じ、5~6個は入ってる。
「いいんだ、売れ残りだしよ。捨てるの勿体ねえから食え」
「は、はあ……じゃあ、いただきます!」
「おう」
おじさんの車に乗せてもらい、アパートに向かう。
「翔のやつ、腹空かして待ちぼうけてんじゃねえか?」
「いや、まだバイトから帰ってないと思うんですけど……」
でも夕飯作り終わる前に帰ってきちゃうかも。少しだけ気が焦る。
「でもコロッケいただけて助かりました!おかずのメインにします」
「毎日メシ作ってんのか?えれーなあ。おめえ、いい嫁さんになるな」
「そんな、嫁さんなんて……ん?」
嫁さん?
「な、ならないですよ!男なんですから……」
「そーか、翔が嫁のほうか」
「違いますって!」
「ガハハハ!」
おじさんの大笑いが車に響いた。
「ありがとうございました!」
アパートの前に到着し、車から降りた。雨はほぼ止んでいた。
「おう、またな」
「はい!」
そこに、アパートからバタバタバタ!と賑やかな足音がした。
「ん?」
振り向くと同時に、入り口から飛び出してきた人に抱きつかれた。
「わぁ!」
「どこ行ってたんだ!?おせーよ!!」
「翔サン!」
抱きついてきたのは翔サンだった。
「バイトは?」
「雨だから早く切り上がった!……んなことどうでもいい。お前、出掛けんなら書き置きくらいしてけよ!財布も鍵も置きっぱなしで、消えたかと思った!」
「えっ、鍵?……あ」
そうだ!財布持って行かなかったから、一緒に置いてあった鍵まで忘れてた……!
「ごめん!鍵し忘れてた……」
「そんなんどうでもいい。良かった、無事で」
翔サンの腕にギュッと力がこもったのがわかった。
ブロロロ……と、車が去った音がした。
おじさんに見られた!?誤解されたらどうしよう!
「きょ、今日さ、この前銭湯で会ったコロッケ屋のおじさんにコロッケ貰ったんだ!夕飯のおかずにするね」
「……ああ」
「ちょっとだけ留守番頼まれて、煎餅食べちゃった。夕飯食べれるかなぁ」
「……ああ」
抱きしめられたまま。すごく居心地が悪い。誰か他の人にも見られたら……?
「翔サン、そろそろ中に入らない?」
「そう、だな」
腕を解くと、この前みたいに手を繋がれた。
無言で翔サンの部屋に入る。
玄関のドアが閉まり、振り向いた翔サンはこの前みたいに強張った表情をしていた。
繋がれた手に力が込められる。
「……陽翔」
「ん?」
「好きだ」
「え……?」
「好きだ、お前が。ずっとここにいてほしい」
息が止まるほど驚いた。
翔サンの顔は真剣そのもの。どう見ても冗談には見えない。
「好きってどういう……」
「どうって、こういうこと」
翔サンは片手を俺の首の後ろに持ってきて、顔を近づけてくる。
やっぱり、そういうこと!?
「こ、困るっ」
翔サンの胸を押し返した。
心臓が激しく鼓動を打ってる。
「ホモじゃないって言ったじゃん!」
「言った。けど、お前は特別だって言いたかったんだ。この前も」
強く引き寄せられて、抗おうとしたけど出来なくて、額が翔サンに付いた。頭に翔サンの熱い息を感じる。
「お前が好きすぎて、苦しい」
そう言って、翔サンは俺を強く抱きしめた。
あまりにも熱い抱擁に目頭が熱くなる。
……でも。
視界の端にあるブレスレットが、別れが近いことを告げている。もちろん、鬼たちが来てくれる確証なんてない。でも、絶対に来る。そんな気がする。
「ごめん、翔サン。気持ちに応えられない」
「なんで?俺が嫌いか?」
「ううん」
「男同士だからか?」
「それだけじゃなくて」
「なら何だよ?お前とならきっと楽しい毎日を送れる。悲しませたり、辛い目に合わせたりしない。お前、家とか学校に何か事情があるかもしんないけど、そんなの忘れられるくらい俺が幸せにしてやる。だから、これからもずっとここにいてくれ」
翔サンは俺の体を離し、両腕を掴んだまま俺の目を見据えた。
「最初に『ここにいていい』っつった時みたいな嬉しそうな顔してくれよ。そんな、涙目じゃなくて」
その言葉に、俺の目から涙がポトッと落ちた。
「……っ、ごめん。ホントにごめん。今までよくしてもらって、何も返せてないのに……」
「お前がいてくれれば何もいらない。お前も俺のこと……好きだろ?」
胸がドキッと高鳴った。
好き。そう、好きなんだ。翔サンを好きになってしまった。血の繋がりとかどうでもよくなってしまうくらい、翔サンが好きだ。
「でも、ダメなんだ、色々と。ごめん」
心を殺す。翔サンは母さんのもの。母さんの味噌汁の味が好きで、母さんに似た俺のことが好き。翔サンにとって母さんはドストライクなんだ。だから結婚する。
俺の入る隙間はないし、入ってはいけない。
俯く俺の顔を翔サンは優しく上げた。両手の親指でソッと涙を拭き取ってくれる。
「『ダメ』だの『ごめん』だの言ってるくせに、そんな顔されてたら説得力ねえよ」
そして顔を傾けて唇を近づけてくる。
最後に、1回だけ。少し触れるだけなら母さんも許してくれるかな?
そんな邪な気持ちが広がって、翔サンの唇を受け入れた。
優しく触れられただけなのに、心を全て持って行かれた気分がした。
もっと欲しい。
羽が触れるような優しいキスから段々と吸い付くような口付けに変わっていく。
「……んっ」
お互いの息が熱い。舌も。
触れ合う舌から痺れるような快感が生まれる。
翔サンの熱い手のひらが、俺の腰から背中に侵入している。指の腹で素肌を優しく撫で上げられ、思わず喉が甘く鳴った。
優しくマッサージをするように背中を撫でていた手が、脇から胸のほうを辿る。
「……っ、くすぐったい」
身じろぎし、顔を背けると、翔サンの唇は俺の頬を伝って耳元を吸っていく。
耳たぶを舐められ、体がゾクゾクとした。
「やっ。……んっ」
なにか、おかしい。今までになかったこの空気。優しいけど熱っぽくて、いやらしい。
触りかたが、胸を重点的にしてて……。
「あっ、ぁ……っちょっと、翔、さんっ」
これは、もしかして……。
そう思ってるうちに、優しく横たえられた。
再び唇を吸われ、半開きの口から舌が入ってきた。
翔サンの片手が俺の下腹部を撫でた。明らかにその形を確かめるように触ってる。
「あっ、やだっ。どこ触ってんだよ……っ」
翔サンの腕を掴んで引き剥がした。
「嫌?怖いか?」
俺はコクコクと頷いた。
股間がジンジンする。
「でも勃ってるぜ?」
「ちが、違うっ」
湯気が立ちそうなくらい、顔から発熱してる。
こんな簡単に反応したのがショックだ。どうして……!?
「恥ずかしい?」
「……うん。だからや……」
ヤダって言ってる途中で再び唇を重ねてくる。
そして手は再び股間へ。
嫌だって言ってるのに!
「んっ!んんっ、ん!」
必死で抗議するも、ピッタリ重なった唇に隙間が無く、言葉にならない。
股間がムズムズして背中が反る。
ズボンの上からであるものの、玉のほうから竿の先まで何度も擦られ、完全にやばい状態になってる。
翔サンの袖を引っ張って剥がそうとするが、腕に力が入らない。
不意にウエストが緩み、腹の下にひんやりとした空気を感じた。
俺のパンツの中に感じる素肌感。
「……っ!!」
生で触られてる!
首を思いっきり振ってキスを拒否すると、やっと唇が解放された。
「やだって!っい、言ってんじゃん!!ほんと、っや、ヤダ!」
「でもコレこんなんなって、どうすんだ?」
「知らないっ……やだってば!ばかっ」
なんとか全力で翔サンを押すと、仕方なさそうに俺の上からどいてくれた。
ぜーぜーと息をつきながら俺は起き上がった。
……思いっきり勃ってる……。
辛い。早く出したい。
ソッと触れる。
「……っ」
ここで、翔サンの前でしたくない。
「抜くの手伝ってやろうか?」
「いらない!」
ジッと見てくる視線に耐えられず、俺は無理矢理パンツとズボンの中に仕舞い込むと、ヨロヨロと立ち上がった。トイレで抜いてこよう……。
「便所行くのか?」
「そうだけど何!?」
「さっき行ったけどよ、詰まって溢れ出てたぜ。大家が苦労して詰まり直してた。今行くと最高にくせーだろうから薦めないけど」
「うっ……」
翔サンに背を向けて座った。
仕方ない。このまま座って自然と治まるのを待つしか……。
「ほい」
バサッと雑誌を放られた。エロ本だ!
「なんだよこれ!?」
「何って、おかずだ」
「いらない!」
見たくもない!翔サンのほうに放り返した。
「んだよ乗りわりぃ奴。じゃあ俺が使うわ。こっち見んなよ」
そう言って翔サンは俺に背を向けてゴソゴソし始めた。
ひょっとして、オナニーしてるのか……?
静かな部屋に、やけに響く翔サンの息づかい。
それが妙にエロくて、こっちにも波及してドキドキしてくる。
折角勃起が治まり始めてたのに、また痛くなってきた……。
翔サン、オナニーそんなに気持ちいいのかな?どういう顔してやってるんだろ?
気になって、音を立てないようにそっと近づいて覗いた。
「……見んなっつってるだろうが!」
「うわっ」
腕を引っ張られ、体勢を崩して翔サンの膝の上に座ってしまった。
「わ、ごめっ」
「動くな」
慌てて離れようとするも、後ろから抱きしめるような形で拘束されてしまう。
「ちょっ、離せ!」
「そんなに見たいなら、望みどおりやり方見せてやるよ」
「やっ、違う!」
俺のズボンのチャックを下ろし、未だに勃ってる俺のモノを掴み上げ、擦り始めた。
「足広げろ」
「やだ!やだっ、はな、離せ……っ、あっ……」
ゾワゾワと何かが体を走る。明らかに触られて感じている。
「あぁっ……」
いつの間にか俺の服に忍ばせた翔サンの手が乳首を刺激してくる。
胸と股間を刺激されて背中が反る。……気持ちいい。気持ちいいけど、今にも射精しそうで、恥ずかしすぎて唇を噛んで耐える。
「んっ……ん……っ」
翔サンに後ろから首筋や頬を吸われてる。
「陽翔、こっち向いて……」
呼びかけに首を曲げると、唇が重なった。息が苦しくて口を開けると舌が入ってきた。唇が緩むと全てが緩んで、我慢出来なくなる。
「あっ、あぁっ、もう……!──っ!!」
ビクビクと全身が震えながら先から精液を放った。
は、恥ずかしい。人に触られてイくなんて!
「も、もう、いいだろっ」
ふらつきながら翔サンから降りようとするも、「待て」と止められてしまった。
「もうちょいこのまま……。俺もイけそう」
「えっ?」
「このまま座ってろ」
ゴソゴソと背中で動いてる感じがする。
段々荒くなっていく翔サンの息づかい。
俺の腹や胸を撫でる手。
頬や首を吸ったり舐めたりされてる。
これって俺をオカズにしてるってことか!?
「ちょっと、んむっ」
抗議しようとしたら、口に翔サンの指が入ってきた。2本の指で俺の舌を軽く押してくる。
「舐めて」
はぁ!?バカじゃねーの!?舐めろってなんだよ!指なんか舐めるかバカ!
と言いたかったけど翔サンの息づかいが切羽詰まってるし、俺の舌を撫でるように指を出し入れしてる。
それがすごく卑猥でドキドキしてきた。恐る恐る舐めてみる。
チュッ、チュと音を鳴らすと、背中でフッと笑いが聞こえた。
「可愛い……陽翔。好きだ。……好きだ。……っ!」
最後は俺の口から指を抜いて、抱きしめながらイった、ようだった。
「お、終わった……?」
「ん……」
気だるげに返事をしながらハァと息をつく翔サン。
「やべー、陽翔無しじゃ俺もうイけねーかも」
「どういうこと?」
「さっきおかず使ってシコッた時より陽翔触りながらしたほうが断然気持ちよかった。……っつーわけで、続きしねえ?」
「つづ、続き!?しないよ!」
この続きってどうするんだろう?俺にとっては未知の世界だ。
男女ならベッドで裸になってアンアン言うんだよな。腰動かしたりして。
男同士は……?
か、考えたくもない。
思考を止めた。
──続く──
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