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第33話 プライベート
煌也に手を引っ張られて、会食の会場へ向かう。
「まだ、約束の時間まであるのに」
「少しくらい早くても問題ない……それより、さっきの男は何だったんだ」
「偶然会っただけだけど? 今日、結婚式だったんだって。お客さんの方だと思うけど。仕事でやりとりがある人だよ」
「ふうん」
煌也は、何故か不機嫌そうだった。
(まあ、急に仕事が飛んだら仕方がないか……)
連れられたのは日本料理店だった。
広々とした席が広がっているが、そこではなく、個室へ連れられた。個室は、黒漆で塗られた美しいテーブルと椅子がおかれており、広いガラス窓からは、日本庭園を見下ろすことが出来る。
「うわ……すご……」
郁が最初に思ったのは、(幾らするんだろう……)ということだった。手持ちでお金が足りるか、少々心配になってきた。
「煌也……あのさ」
「ん?」
「ちょっと俺、手持ちが足りないかも」
「あー……こっちが急に誘ったから、お金は良いよ」
「そう言う訳にはいかないから、……あとで精算させて貰って良い?」
郁が煌也を見上げると、煌也は「まあ、わかった……」と言って、席を勧めた。
なんとも歯切れが悪い煌也の態度が気になったが、高級なホテルで、高級な料理を食べるというシチュエーションには、なんとなく、ドキドキする。
(なんか、オッサンの考えるデートみたい)
郁の、失礼極まりない思考など、煌也には解らないだろう。煌也は、庭へ視線をやった。
「……ここは、この通りで、日本庭園も見事だし、部屋も良いし、料理も美味しい。だから、海外からの客は、ここに連れてくるのが鉄板になってたんだよ」
「そう、なんだ……。あ、そういえば、さっきの、石川さんも、海外とやりとりする職場だって聞いてるよ。海外事業部だっていうから」
「郁も、そういう仕事なの?」
「俺? 俺は、国内外の、発注担当。だから、あちこちとやりとりする必要はあるけど、営業さんみたいな大変さはないかなあ、内勤だし」
「……材料の調達とか、商品の管理発注なんてのは、会社の要の業務だろうよ……はあ、凄いんだな……」
「今まで聞いたことなかったけど、煌也って、どんな仕事してるの?」
何気なく聞いたつもりだったが、なんとなく、緊張した。
今まで、出会って、なんどとなくセックスをして来たのに、プライベートなことを、一切聞かなかったからだ。
「俺? ……インテリアデザイナー」
「すご……。じゃ、家具とか作る人?」
インテリア、と聞くと、郁のイメージはそういう感じになる。
「あー、ちょっと違うかな。インテリアデザイナーってのは、まあ、そういうのを作るインテリアデザイナーもいるんだけど……それって、インテリア用品のデザイナーなんだよね。
で、俺は、その住空間そのもののデザイナー。だから、こういうホテルの内装とか、劇場とか店舗とかの室内装飾のデザインをするってやつ。凄い人だと、電車のデザインとかするよね。電車の内装とか」
「あー、なんか、観光列車でそういうのがあるって聞いたことがあるっ!」
「そうそう。俺は、そんな著名なインテリアデザイナーじゃないからね。……個人の店舗とか、オフィスとかが多いよ。で、今は、シンガポールとかインドネシアのお客さんが多いって言う感じ。国内も、あちこちあるよ」「……すごいね……」
郁には想像も付かないような、華々しい世界だ。
郁の羨望の眼差しに気付いた煌也は、微苦笑した。
「……まあ、華やかに見えるかも知れないけど。図面作って、メット被ってあちこちの現場を飛び回って、なんなら、直接、のこぎりとか使って細工することもあるから……」
「えっ、そういうのって、内装の人がやるんじゃないの?」
「美味くイメージが伝わらない場合、内装の棟梁さんとお話しして、自作するよ。……自分が作った空間で、誰かが寛ぐって言うのは、素敵だけどね」
「たしかに……」
「……あの、ブルー・ムーンも、いろいろ設備があって楽しそうだよね」
「ああ、鏡とか……」
鏡の前でしたのを思い出して、郁は、恥ずかしくなる。
「あと、郁、気付いてた? 壁とか、天井に、吊り道具とか用意されてるんだけど」
「えっ!?」
思わず、声を上げてしまったとき「失礼致します」と仲居が入って来た。
「お先にお飲み物をお伺いします」
「あ……ちょっと、考えます」
そういえば、部屋に入ってから、ずっと、話し込んでしまった。仲居は、畏まりましたと受けて、下がっていく。頃合いを見て、また、来てくれるのだろう。
「飲み物……決めよっか」
煌也に促されて、メニューを飲み物のリストを見た郁だったが、頭に入ってこなかった。
(……吊り……道具って……何……?)
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