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第53話

***  風呂上りにベランダで夜風に当たっていると、ガラッと後ろで窓が開いた。 「寒くないんですか?」  顔を出してそう訊いてきたのはドライヤーを手にした琉星だ。 「いや。今はちょうどいい」  初めてのセックス後、ムードを保ったまま二人でシャワーを浴びようとしたものの、浴室が狭くて大人二人は無理だと諦めた。  結局一人ずつ入ることになったのだが、先にさっぱりした希声はベランダに出て外を眺めていた。 「何かおもしろいものでも見えました?」  琉星もベランダに出てくる。一つしかないサンダルは希声が履いているので、素足のままだ。 「こんな住宅街じゃなにも見えねえよ。富士山はどっちかなーって思ってさ」 「富士山? 富士山なら確かこの部屋の反対です」 「まじか。見えねえじゃん」  ぶうたれると、ベランダの柵に腕を乗せた琉星が優しい眼差しを送ってきた。 「富士山が見たいなら、今度スカイツリーか東京タワーに登りましょうか」  せっかくの提案に、希声は即答できない。 「都内で見たいっつーか、近くに行けば見えるもんなんだろ。……静岡とか」  ボソッと言うと、琉星はあっと目を見開いた。ようやくこちらの意図に気づいたらしい。 「覚えててくれたんですか。一緒にハル君の墓参りに来てほしいって言ったこと」 「当たり前だろ。俺はその……後妻みたいなもんだし、ちゃんと挨拶しとかねえと」  琉星は顔をくしゃっとさせ、「後妻って」と笑った。 「落ち着いたら行きましょうか。ついでに観光もしましょう」 「ハンバーグ食いたい。さわやかの」 「さわやかは並びますよ~」 「いいよ、いくらでも並んでやる」  希声が今一番行きたい場所は静岡だ。琉星から聞かされていたハルの人物像は知っているが、自分が見たハルを知りたかった。自分と出会う前に将来を約束した人に、興味があったのだ。純粋に。  一時は嫉妬もしたけれど、ハルがいたから今の琉星がいる。そして自分が琉星の隣に立つことができている。  あの世でウザがられてもいい。墓前に花の一つや二つでも手向けたいと思った。 「希声さんも気に入ると思いますよ」  琉星がふと呟いた。  店のことを言っているのだろう。けれど希声にはそれ以外の意味にも聞こえた。 「そうだといいな」  富士山どころか、住宅の屋根に塞がれて夜空もろくに見えない。そんなベランダの上で、希声は愛おしい男の肩に頭を乗せた。    【完】
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