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第32話

 短いつばが前方に付いた緑のドゴール帽を被った青年が立っている。 「侍従長、責任問題だ」 (この人が)  ニ年前はいなかった。初めて見る人。  侍従長になるには随分若い。相当優秀なのだろう。 「このような失態は二度と致しません」 「当然だ」 「ですが恐れながら。文官の私に警護は荷が重すぎます。騎士団の力をお貸し頂けませんでしょうか」 「できないなら、侍従長の職を辞する事だ」 「申し訳ございません!勇者様の警護は責任もって致します」  腰を四十五度に折って、侍従長の青年が頭を下げた。 「よろしい」  ストン  足が床について、腕から下ろされた。 「お前はこの者に付いて行け……ん?どうした?」  無意識に彼の服の裾を握っていた。 「構わん。言いなさい」 「あの、マルスさんは?」 「帰っていないが」 「……そうですか」  やっぱり。 「それでは、これで失礼する」 「あっ」  彼の服の裾を握り締めていた。 「まだ何か?」 「あ……ありがとうございます」  マッドパペットを倒してくれた『ありがとう』なのか。  勇者として旅立てるまで、剣技を教えてくれた『ありがとう』なのか。  魔王討伐を果たせた『ありがとう』?  魔王討伐を果たすまでの間、王国と皆を守ってくれた『ありがとう』?  きっと全部だ。  全部のありがとうを伝えたいのに、この人の前だと上手く言葉にできない。 (緊張するのかな?)  さっきはシュバルツだと気づかなかったから、普通に話せたけれど。 「これから王都を離れ、夜間行軍を行う。辺境の地で、魔王の残党が騒いでいるとの報告があった」  俺の手に手を重ね、握っていた衣服をそっと外した。 「先を急ぐ」  ……俺、シュヴァルツの邪魔をしてしまった。

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