9 / 9

第9話 神の隠しごと

 穂積は止まった渉の手に手を重ね、二つの掌中の珠を眺めた。  長い生の中で、ようやく手に入れた家族。  それも、あと四月経てばもう一人増える予定だ。  渉も穂積の神気を浴びたことで彼の眷属となり、同じ時を生きていくことができる。  ますます賑やかになるだろうこの家を想像するだけで笑みが溢れる。  穂積にとってこの上ない喜びだ。    と、瑞樹がぱちりと目を開いた。 「おや、昼寝と言ったでしょう」 「そうだけど、あのことは父様に言わなくてもいいの?」  瑞樹は胸の上に置かれた渉の手をきゅっと握った。  瑞樹の言う『あのこと』とは、渉がかつて過ごした村のことだろう。  あの村は今、滅びの道を辿っている。    古の盟約のとおり、穂積はあの村に恵みを与えた。  嵐を遠ざけ、作物が育つように土に養分を与え、子宝に恵まれるように祝福を授けた。    それでも滅んでいくのは因果応報だ。  穂積は村人たちに選択肢を与えた。  ある時点で善良な選択をすればこれまで通り幸せに暮らせる。  だが、利己的で不良な選択をすれば死が待っている。    神である穂積に課せられた制約は多い。  だからこそ、最愛である渉を痛めつけた村を許せなかった穂積は人間の善良な心を試した。  人に平等であるはずの神ではあるが、神とて感情を持った存在だ。  これくらいの現世への干渉は許される。  さらに、この一手により古の盟約が消失した。  この盟約はあの村の長と結んだもので、村長の血が続く限りこの盟約は有効なのだ。  しかし、穂積が与えた選択肢により、今日ようやく村長の血筋は絶えた。  これで神子が捧げられたとしても、あの村に恵みを与えることは二度とない。  ただ、穂積が神子を保護するのみだ。  沸々と込み上げる仄暗い感情は、同じ神といえど瑞樹に見せるわけにはいかない。  穂積はにっこりと微笑んで瑞樹の頭を撫でた。 「父様はあの村で辛い思いをしたんです。これ以上、あの村のことで心労をかけたくありません。決して話してはなりませんよ」 「わかった、父上」 「では、私たちも寝ましょう。父様が心配してしまいます」 「うん」  穂積が瑞樹の胸を軽く叩くと、瑞樹は今度こそ夢の世界へと旅立っていった。  穂積は規則正しく上下する二人の胸を眺めて幸せを噛み締めた。  そして、それに満足すると二人を長い腕で抱え込んで目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!