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第7話 雪花の舞う夜に 5
俺は息も絶え絶えになりながら濡れた陸の指を後孔に導く。
陸は皺が寄ったそこに俺の唾液を塗り付けながらやわやわと揉んだ。
「っ……ん、ぁ……?」
おかしい。
自分で準備をした時はここに陸を受け入れて掻き回されたいと思い、期待できゅっと締まったのは自分でもわかった。
だけど、今はその比じゃない。
早く陸に貫かれたくて胎が熱く疼いている。
そこを揉むのはもういいから、早く中に指を突き立ててほしい。
「陸、早く……ぅあ……!」
「うわ、凄い……」
俺の懇願に陸が応え、その指がゆっくりと中に入ってきた。
内臓を直接撫でられる感覚は慣れないはずなのに気持ちいい。
ようやく与えられた刺激に媚肉が歓喜し、離さないとばかりに陸を締め付ける。
だが、一瞬だけ落ち着いた疼きは燃料を投下されたことによって更に酷くなった。
「もっと動かして」
「わかってる」
俺の要望に了解を示した陸だが、指の動きは緩慢だ。
指の腹で腸壁を優しく押し擦り、緩く抜き差ししたり、くるりと手のひらを返して背中側を押し広げられる。
こんな刺激では生殺しだ。
いっそのこと、ひと思いに凶悪な猛りでここを埋めてほしい。
「んっ……あ、陸、もう入れろ」
「入れてるだろ」
「違う。これ、陸の……」
シーツを握り締めていた手を解き、飼い主から待てを言いつけられている獣に手を伸ばす。
血管が浮き出たそれはドクドクと脈を打ち、俺の手の中で踊った。
「ッ怪我させたくないんだよ。煽るな」
「本当は入れたいんだろ? 今は理性なんかいらねぇよ」
上半身を起こし、空いた手で陸の項に手を掛けぐっと引き寄せる。
腹に圧が掛かり、中の指がぐりっと腸壁を抉って体がびくついたが、それに構うことなく陸の半分開いた唇に噛みついて舌を絡め、陸の理性を溶かす。
「ん⁉︎ だ、ぃ……ん、ふ……」
「ふ、ぅ……ん、んあ、あ……!」
キスの攻防は優勢だったはずなのに、いつのまにか劣勢に立たされていた。
仕返しに唇を甘噛みされ、初めて知った口内の弱いところ――歯列の内側――を撫でられる。
そうされると、もう手も足も出なくなる。
同時に中を解していた指が引き抜かれた。
陸は俺の腹の上にできた水溜りを掬うと、熱くて固い陸のものに塗り付けて俺の後孔に宛てがう。
一拍の躊躇い後、それは遠慮なく俺の中に押し入ってくる。
拙いキスでも陸の理性を崩すことはできたようだ。
「う、あ、あ……」
「っく……」
小さく揺さぶられ、少しずつ楔が打ち込まれていく。
初めて受け入れる陸の熱は大きい。
異物感と圧迫感が競り上がってきて苦しい。
でも、長年片想いをしていた陸と繋がれている幸福感がそれを遥かに上回った。
胎の中も胸の中も、色んなものでいっぱいだ。
やがて陸の腰骨が俺の筋肉質な尻と触れ合った。
俺も陸も息絶え絶えだ。
感じていた疼きは霧散し、今はただ陸の存在を必死に受け入れている。
体の負担は大きく、これ以上はきついと根を上げたい。
初めてにしては怪我もせずに挿入できたのだから上出来だと思う。
俺としては体を繋げられただけで幸せだ。
必死に呼吸を繰り返していると、俺の息を飲み込むように口付けられた。
舌を絡めてどこもかしこも舐められ、まさに貪るようなキスだ。
息の仕方がわからない。
酸素が不足して頭がぼぅっとする。
助けを求めて陸の背中に腕を回して縋り付くと、今度はゆるゆると腰が動き始めた。
「んう⁉︎ ふ、あ……り、りく……ぅ!」
「ごめんッ優しくできない」
「そっ……な、あ、あ……!」
動き出した獣は止まらない。
気遣うような動きは、やがて水音を響かせながら激しくなっていく。
中を擦られるたびに圧迫感が襲いかかってくるが、次第に俺は別の何かを拾うようになってきた。
これは、陸と繋がる前まで感じていた疼きだ。
疼きの感覚は快感の前兆のはず。
それを掴もうと必死に意識を向ける。
「ひッぁああ……⁉︎」
突然、目の前に白い火花が散った。
腹側の浅い場所を押し潰され、電気が流れたかのように体が大きく跳ねる。
それが痛いのか気持ちいいのかもよくわからない。
「ここだよな、前立腺」
冷静なようで興奮している陸は口角を吊り上げた。
獰猛な獣は狙いを定めて俺の弱点を責め立て、激しい律動に合わせて粘着質な水音が耳を犯していく。
「あッん……ま、そこっ変……だって!」
「気持ち良く、ない?」
「わかんねぇから、止まれって」
「わかんないならさ、もっとやらないとわかんないだろ」
俺の「待て」はにべもなく謎理論で却下され、律動は止まることはなかった。
前立腺を亀頭で押し潰され、そのまま竿で擦り上げられる。
腰を引く時は張り出した傘が引っ掻いていく。
胎の奥が絶え間なく熱を発し、俺と陸の腹に挟まれている猛りは動きに合わせて透明な液をあちこちに散らしている。
この強烈な感覚が快感だとはっきりわかる。
いや、わからされた。
体のコントロールが効かず、だらしなく開いた口の端から唾液が糸のように垂れていく。
腹の底から押し出される吐息と嬌声が溢れる。
「きもちッ……気持ちいい、から、ぁッ……止まっ、れってぇ……!」
「気持ちいいならっ止まる必要、ねえだろ?」
「あ、がッ……ばか、あ、んん……!」
悦びを露わにした陸は腰の動きを加速させる。
押し寄せる快感と激しい動きに、背中に回していた手が赤い跡を残しながら腕へとずり落ちていく。
そして、とうとう振り落とされてベッドに落ちた手に陸のそれが重なった。
指と指を絡めて力強く握りしめられ、波打つ白い海に沈められる。
その腕は俺の膝裏を抱えており、俺に逃げ場はどこにもなかった。
前立腺から拾う快感が強烈すぎてあまりわからないが、陸が腰を引くと陽炎のような気持ち良さがある。
それを認めた時、陸によって体が完全に堕とされだのだと体中が歓喜した。
「っう……あ、大地、そんな締めんな……!」
「知らなッ……してない、ぃッあ、だめ、イく、イくッ……!」
「俺も、な、一緒に!」
より激しくなる抽送を受け止め、壊れそうなほど握り締めてくる手に縋り付く。
昂りの先端が腹に触れ、律動のたびに擦り付けらて射精感がより一層高まる。
「あ、陸ッ……陸、ぅ……!」
「だい、ちっ……!」
一際強く胎を穿たれた瞬間、体中で渦巻いて暴れていた熱が派手に弾けた。
一人でしていた時には得られない快感と幸福。
膨れて弾け、またそれの繰り返し。
永遠に続くような泡沫に身を委ねる。
恍惚に戦慄く唇が陸のそれに食われる。
それがまた嬉しくて、気持ち良くて、俺は侵入してきた舌に自分のそれを絡めた。
吐息を交わし、余韻に浸る。
俺と陸は唇が赤く腫れ上がるまで、飽きることなく互いを貪り続けた。
*
豪華な食事を腹一杯食べようとも、一晩寝れば腹は空く。
慣れない運動をした後は尚更だ。
頬を撫でられる感覚で目を覚ますと、半分寝ているような顔の陸と目が合った。
毎日一緒に同じベッドで寝ているというのに、今日はいつもの朝とは言えなかった。
昨夜、俺はとうとう陸とひとつになった。
想いを寄せる人と体を重ねるのは当然初めてで、夢のような気もする。
だが、体に残る情交の名残が現実だと教えてくれた。
春光に包まれているようで、自然と頬が緩む。
今まで来なかった奇蹟が一気に押し寄せたような心地だ。
「おはよう」
「……はよ」
朝の挨拶をそのまま返したつもりだが、喉が乾燥して頭切れになってしまった。
痛みはないが、乾いた咳が何度か出る。
「大丈夫?」
「ん、平気。それより腹減った」
「俺も。もう少し休んでて。作ってくる」
「いや、怖いから俺も作る」
「信用ねえな」
「包丁の持ち方が怖ぇんだよ」
「すまん。気をつける」
先に体を起こした陸に手を取られ、指を絡めたままリビングに向かった。
手を解くと陸はカーテンを開けに窓際へ、俺はカウンターキッチンに引っ込んだ。
夜のうちに炊飯予約していた米はふっくら艶々と炊き上がっており、ひとまずしゃもじでかき混ぜてこんもりとした山を作っておく。
冷蔵庫から鮭、さつまいも、しいたけ、えのきだけ、細ねぎ、油揚げを取り出すとキッチンカウンターに置き、まな板と包丁をシンクの下から取り出した。
「鮭、バター焼でいい?」
「うん。頼む」
「はいよ」
カーテンが開き、朝日が入り込んでくると電気がいらないくらいだ。
陸はあらかじめ切られているバターをタッパーから取り出すと、熱したフライパンに入れて香りを出し、銀色に光る皮を下にして鮭を焼き始めた。
それを横目に、俺は作業に切る入った。
先にさつまいもをいちょう切りにし、アク抜きのために水に入れてかき混ぜ、白濁したら水を取り替える。
それを何度か繰り返し、水が透明になればアク抜き終了だ。
手間はかかるが時間短縮にはなる。
次に、しいたけとえのきだけ、油揚げはひと口サイズに切り、さつまいもと一緒に小さな鍋に入れる。
細ネギは小口切りにし、まな板の端で待機だ。
鍋に水を入れ、鮭を焼く陸の隣に並び、コンロの上に置いて火をつける。
沸騰したら火を弱め、ゆっくりと火を通していく。
その間に冷蔵庫からタッパーを取り出し、人参とほうれん草のおひたしを小鉢に盛った。
「鮭焼けたよ」
「じゃあ味噌汁頼む」
「了解」
鮭を平皿に移した陸をキッチンの奥に追いやり、俺は空いたコンロに愛用している銅の卵焼き器を置いて油を注ぎ、火を点ける。
そして、冷蔵庫から卵を取り出しボウルに割り入れた。
砂糖を入れ、きちんと卵白が混ざるように切るようにかき混ぜる。
それを熱くなった卵焼き器に流し入れ、くるくると巻いていく。
すべて巻き終わった頃、陸もちょうど味噌汁を完成させたところだった。
それぞれを器に盛り、ダイニングテーブルに運び込んでいく。
急須で緑茶を淹れ、二人揃って対面の席に着くと合掌をして食事前の挨拶をし、朝食の時間が始まった。
暖かい味噌汁は朝の活力だ。
少し冷えた体に染み渡るような気もする。
それが呼び水となり、腹が早く寄越せと騒ぎ立てた。
俺も陸も、黙々と二人で作った朝食を平らげていく。
「今更なんだけどさ。聞いていい?」
「何を?」
不意に陸が口を開いた。
じっと俺の目を見るその表情は真剣で、胸がドクドクと跳ねる。
良いこともあれば悪いこともある。
それが人生だ。
天国から地獄に堕ちるのは一瞬で、もしかしたら昨日の俺の痴態が原因で陸の心が離れたのかもしれないと不安になる。
「大地が管理栄養士になった理由。自惚れかもしれないけどさ。もしかして、俺のため?」
一瞬で体が沸騰する。
俺は陸にそれ以上を言わせないよう、食べかけの鮭を陸の口に突っ込んだ。
そうだよ。
慕う相手の心を掴むには、まずは胃袋から。
先人の教えに従い、俺は恋心を自覚した十四歳の夏からキッチンに立つようになった。
そして、進路を決める岐路に立った時、より健康的な食事を考えられる管理栄養士の道に進むことに決めたのだ。
最初は邪な気持ちから目指したが、小説を書き始め寝食を疎かにする陸を見て本気になった。
そして、今に至るというわけだ。
俺の人生は陸を中心に回っている。
それを本人に指摘されるなんて耐えられない。
「言わせんな、馬鹿」
鮭を口に入れたまま目を見開く陸を睨みつけながら、俺はふわふわに仕上がった甘い卵焼きを頬張った。
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