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第9話 導き出した解決策
ああ、どうしよう。
なんて説明しようか。
一之助は、俺が夜の生活に満足していないと思っている。
あんなに楽しげに、嬉しげに話していたのに水を差すのは気が引けた。
でも、ここで正直に言わなければとんでもないことになりそうだ。
俺はふわふわする頭を必死に働かせた。
「その、夜が……激しすぎて、体がきついっていうか。いや! 嬉しいんだよ? でも、その、体がついていかなくて……」
「え……?」
「ごめん……。それで、ちょっと楽になるようにって、一之助が寝ている時に抜いてた、んだ……」
「あッ⁉︎ そっちだったの? うわ、ごめん!」
目玉が飛び出しそうになるくらい目を見開いた一之助は急いで、でも丁寧に俺の頭の下に敷いた腕を引き抜いて体を起こすと、ドゴンッと畳に頭を叩きつけた。
音からして痛いよ!
しかも畳に角が突き刺さっている⁉︎
俺は一之助の頭にそっと触れると、変に畳を抉らないように角を抜いて頭を上げさせつつ、一之助の言葉を否定した。
「いやいや! ちゃんと言わなかった俺が悪いんだよ⁉︎」
「そんなことない! 佐吉の体を気遣えないばかりか、勝手に舞い上がった俺が悪いだろ⁉︎」
そうして「俺が」「いいや俺が」と謝罪合戦が始まった。
これについては俺の分が悪い。
普段、のらりくらりと貴族の話を聞き流している俺と違って、一之助は罪を犯した人たちの話を聞き出し、反省を促すために言葉をかける。
言い包めるのは確実に一之助が上手だ。
だけど、負けるわけにはいかない。
途中、やっぱり一之助が悪いのかな? なんて思い始めたけど、そんなことはない。
勝手に一之助の体を触った俺が悪いに決まっている。
「だから俺が悪いんだってぇ」
「いや俺が……。待って、いい加減終わりにしない?」
「俺がわる……え? 終わり?」
突然これまでと違う返しがきて、俺は急制動を掛けた。
終わりって、どうやって終わらせるんだ。
首を傾げると、一之助は大袈裟にため息を吐く。
「もうさ、二人とも悪かったってことでいいじゃん」
「そんなわけにはいかなくない?」
「いや、もう埒開かないよ。佐吉は俺を襲った。俺は佐吉の体の不調に気付かなかった。二人とも悪い。はい、終わり」
「えぇ……?」
「大事なのはそれをどうするかじゃない?」
「確かにそうだ」
反省は必要。
特に、好き勝手してきた俺は大いに必要だ。
けれど、何よりも必要なのは解決策で、この夜の営み問題が解決しなければ、また同じことの繰り返し。
「俺の性欲をどうするかだよね。で、佐吉は俺に一人で処理してほしくないと」
「うん。我儘なんだけどさ」
「行平様に聞いてみる? そういう術とか薬とか」
「そんなとんでも術とか薬とか聞いたことないよ?」
俺は羞恥に顔を染めた。
夜のこと、行平様に言うの?
本当に?
それに、行平様からはもちろん、陰陽寮で共に仕事をする同僚たちからも、そんな話は聞いたことがない。
珍しいもの好きが集まる陰陽寮でそんな話が出れば、いくら噂に疎い俺でも耳に入ってくるはず。
ううん……と唸っていると、一之助は俺の腰まで伸びた髪を撫で、手を奥へと潜り込ませる。
背中に大きな手を沿わせると、さりげなくその大きな体の方へ引き寄せ、顔を寄せてきた。
降り始めたのは温かい口付けで、赤くなったり青くなったり、顰めっ面をしている俺を宥めていく。
「物は試しで聞いてみよう。なければないで、何がか良い方法がないか一緒に考えてもらおうよ」
「う、ん……そうだね。恥ずかしいけども」
その優しい声に、カチコチに固まっていた心が溶かされる。
こうなったら勢いで行くしかない。
俺は心の安寧のため、降り積もる唇に縋りついた。
そして、翌日。
俺と一之助は恥を忍んで行平様に相談に行った。
事の経緯を話すのは憤死寸前の俺には到底できず、代わりに一之助が全部話してくれた。
俺の恥知らずな行為は伏せて、ね。
本当、一之助には申し訳ない……。
それで、だ。
行平様は全て聞き終えると、あっさりさっくりと教えてくれた。
「え? あるある。あるよ、性欲減退の薬湯」
ええと……と書斎の奥から引っ張り出してきてくれた巻物には、ありとあらゆる薬の調合方法が記されていた。
その中には今回の目的である性欲減退の薬湯のほかに、逆に性欲を増進させるものもあった。
中には意中の人に好きになってもらう惚れ薬など、ちょっと……いや、かなり怪しい薬も書いてある。
「行平様。これ、体に害は……?」
「ないよ。そんなもの、勧めるわけないじゃないか」
「ですよね」
薬湯のせいで一之助の体が変になったりしたら悔やんでも悔やみきれない。
それはないと行平様からお墨付きをいただき、胸を撫で下ろしたところで、ふと思った。
ということは、惚れ薬も体に害はないってことで……。
いっいや、これ以上は怖いから何も聞くまい。
俺はささっと目的の薬湯の調合を書き写し、早速作ってみることにした。
これが効果抜群。
夜の営みは一晩三回までに減り、俺も一之助もそれで満足できる。
体も驚くほど楽になったし、心なしか二人とも肌艶がいい。
薬湯様々である。
恥を忍んで行平様に聞いた甲斐があったというものだ。
そして、俺は今日も一之助のため――ひいては俺のため――に薬湯を作る……ふりをしている。
薬湯はちゃんと作って、一之助に飲んでもらっているよ?
でも、たまにだけど、朝まで前後不覚になるほど滅茶苦茶に抱かれていた時の感覚が忘れられなくなる。
そんな時は、薬湯の代わりに味を似せたただのお茶を出すようにしているんだ。
「はい、一之助。今日の分」
「ありがとう。これ、少し甘くて飲みやすいんだ。いつもありがとう」
「どういたしまして」
明日は俺も一之助も休み。
そういう気分になった俺は、偽の薬湯を一之助に差し出す。
もちろん、これは絶対に内緒の話。
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