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第1話 自己紹介しちゃうわ
アタシはセックスしないと出られない部屋。
この界隈にいるなら当然知っているわよね?
文字通り、中に入った二人はセックスをしなければならない。
オーラルセックスじゃだめよ。
ちゃぁんとナニをアソコに挿れて、激しく求め合って、エクスタシーを得るまで出してあげない。
なんでかって?
アタシにもわからないわ。
でもでも、この部屋に入って二人が愛を交わすことで幸せになるのよ!
最高に尊いでしょう?
もちろん、アタシが男同士の睦み合いを眺めるのが好きっていうのもあるんだろうけどね。
なんでわからないかって?
仕方ないじゃない。
わからないものはわからないんだもの。
アタシは最初からセックスしないと出られない部屋じゃなかったんだから。
昔、アタシは人間だったの。
ゲイバーのママをしていたわ。
アタシが目指したのは安全安心の出会いの場と、お客さまが寛げるアットホームなバー。
若い頃は欲望渦巻くギラギラしたところにも出入りしていたけれど、どうにも性に合わなくってね。
それで、自分で理想のバーを開くことにしたってわけ。
需要はあったみたいで、アタシの店は好評だった。
そこで何組ものカップルが誕生し、全員が結婚式やひっそりと撮った幸せな写真を見せに来てくれたの。
中には、実際にその場に招待してくれる子たちもいた。
本当、嬉しかったわぁ……。
あらやだ、思い出しただけで涙が出ちゃう。
もちろんアタシにも最愛が現れたわ。
間違って入ってきちゃった、うっかりさんのノンケ。
偏見も変な気遣いも一切なくて、気さくで優しくて、素敵な人。
彼はなぜかその後もアタシの店に来て、アタシと話して帰るのを繰り返した。
お目当てはなんとアタシ。
彼と話すのは楽しくて、心が弾んだ。
ノンケに恋すると悲惨だと知っているから、好意を隠さない真っ直ぐな視線に気付かないフリをする。
それでも追いかけて振り向かせた彼は、アタシよりも恋愛に長けていた。
人としての相性も良かったのよね。
完敗したアタシは彼と添い遂げることにしたの。
その決意通り、アタシも彼もシワクチャのヨボヨボになるまで一緒にいたわ。
先に旅立ったのは彼。
悲しくて寂しくて、みっともなく泣いて、泣いて、泣いて。
何も手に付かなくて、結局引退したはずの店に立つことにしたの。
そのころ店はアタシの愛弟子がマスターをしていて、猫の手も借りたい繁盛していたの。
これ幸いとキッチンに立ったわ。
その方が気が紛れるもの。
それでねそれでね!
働き始めて気付いたのよ。
愛弟子が、王様と呼ばれる超絶美形の実業家に迫られていることに!
でも愛弟子は王様にそっけない。
気があるくせに素直になれないところなんかアタシにそっくり。
愛弟子だからって、そんなところまで似なくて良かったのにねぇ……。
見ているだけで焦ったくなって、何度口を出そうと思ったことか。
まあ、少しずつ進展しているからいいのかしらね。
悠長に考えていた時、アタシは店のキッチンで胸の痛みを覚えたの。
やだ動悸?
焦ったすぎて?
まさかそんなことはなく、急激に強まった痛みに声もなく蹲る。
愛弟子の叫びも遠く、視界が段々暗くなっていく。
でもね、怖くなかったわ。
ああ、お迎えが来たのねって思ったもの。
彼に会えるのは嬉しい。
でも、愛弟子の恋の行方がとっても心配。
せめて付き合うまでは見届けたい。
それだけが心残りだったわ。
そして、次に気がついた時、アタシはセックスしないと出られない部屋になっていたの!
当然、最初はそんな部屋になっているだなんてわかんなかったわ。
漠然と、アタシは部屋になったということだけわかったの。
混乱する間もなく、最初のお客さまが現れたわ。
そう、愛弟子と王様よ。
当然二人も大混乱!
でも大丈夫。
壁に『ここはセックスしないと出られない部屋です』とメッセージが浮かび上がり、そして消えていったから。
まさかアタシがあの有名なセックスしないと出られない部屋になったっていうの⁉︎
嘘でしょ⁉︎
アタシに他人の情事を覗く趣味なんかないわ!
アタシの心配を他所に、二人はすぐに体を繋げなかった。
きちんと言葉を交わして、想いを伝え合う。
王様は慣れたもので、いつもより糖度二百パーセント増し増しよ。
逃げ場をなくした天邪鬼な愛弟子は、たどたどしく必死に想いを口にする。
聞いているこっちが赤面するくらい初々しくて、カラメルみたいに甘くて、叫び出すほどだったわ。
叫んだところで、部屋の中にアタシの無粋な叫び声なんか響かなかったけどね。
そうして想いを重ねた二人は、どちらからともなくキスをして体を重ね始めた。
わぁああああどうしようどうしようどうしたらいいの⁉︎
目を瞑りたくても目がない!
だけど勝手にその光景が見えてくるのよ!
愛弟子は初体験じゃないはずなんだけど、緊張でガチガチ。
それを解きほぐすように王様は優しく触れて、撫でて、ゆっくりと熱い粘膜に指を差し入れる。
王様はすぐに愛弟子の前立腺を見つけ、そこを中心に攻めていけば、愛弟子は甘い声を上げた。
やだ可愛い。
ないはずの心臓がドキドキと逸り、見てはいけないと思いつつこの先が気になり始める。
罪悪感と高揚感がないまぜになり、感じたことのない、言葉にできない気持ちが湧き上がってくるの。
王様のあだ名に相応しい昂りが愛弟子の慎ましい後孔に沈んでいき、二人の唇から幸せの吐息が溢れる。
すべてが中に収まると、緩やかに始まる抽送。
次第に水音が激しくなり、王様の荒い吐息と愛弟子の艶やかな喘ぎ、愛の言葉が部屋に響く。
やだぁ……エッチすぎて耳が孕みそう。
そのころには罪悪感は消し飛んで、この情交を見届けたい欲だけがアタシの中に残っていたわ。
二人に混ざりたいとか、それをオカズにするとか、そんな欲じゃないの。
なんて言うのかしらね……。
一番近いのは、結婚式で泣いている母親の気持ちのような気がするわ。
純粋に、二人が愛し合う、この世で一番尊い行為を眺めて、幸せに浸りたい。
愛が素晴らしいものだと実感したい。
そんな気持ちよ。
激しい愛の交合の末、二人は同時に腰を痙攣させ、白濁を散らして果てた。
汗が混じるのも気にせず、湿った肌と肌を合わせて、乱れた息を整える間にもキスを交わす。
その顔は幸せに満ちていて、アタシの心配は跡形もなく消え去り、それと同時に二人も一瞬で消えてしまったわ。
でもね、不思議なことに、消えた二人の幸せが続いていくことははっきりと確信したの。
これで何も思い残すことはなくなった。
セックスしないと出られない部屋になったのは、二人を心配しすぎたアタシを見かねた神様が采配してくれたおかげなのかもね。
これで成仏できる。
……と思っていたのに、アタシはずっと部屋のまま。
どうなっているの⁉︎
居るかどうかもわからない神様に叫んでみたけど返答はない。
不安と孤独に苛まれそうになったその時、部屋の中に現れたのはぴょこんとした獣耳が付いた小柄な青年と、立派な角が生えた大柄な男だった。
会話を聞くに、どうやら彼らは猫獣人と龍人のカップルみたい。
宮殿って言葉が出ているから、きっと高貴な身分の人たちね。
壁に浮き出た『ここはセックスしないと出られない部屋です』を見ると、二人ともノリノリでキングサイズのベッドに飛び乗り、サイドボードに置いてあった潤滑剤を大量に使ってイチャイチャし始めた。
きゃーッ激しすぎるわ!
二人もセックスが終わると消えてしまった。
その後もアタシは変わらずセックスしないと出られない部屋で、間隔が空くこともあったけど、絶えず二人組がアタシの中に現れたわ。
その傾向を分析すると、パターンがあることに気付いたの。
アタシの愛弟子と王様のように、ジレジレモダモダいつまで経ってもくっつかない二人。
アタシの中に入ることで、気持ちを打ち明けるきっかけになるみたいよ。
それと、二番目に現れた猫獣人と龍人のように、付き合っている二人。
こっちはラブラブ度を引き上げるスパイスになっている気がするわ。
いつまで経っても成仏できないのは謎だけど、幸せな二人を眺めていられるのは、アタシにとっても幸せなこと。
不思議なことになっているんだから、深く考えるだけ無駄と割り切り、いつか終わりが来るのを信じて、セックスしないと出られない部屋であり続けたわ。
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