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第4話 アタシの存在意義
アタシは、惹かれ合う二人を結ぶため、あるいは二人の絆をより強固にするため、セックスしないと出られない部屋になったと思っていたわ。
なのに、例外がラウディとジャスパーだというの?
そんなの惨すぎるわ。
アタシは部屋が水没するくらいの勢いで泣き始めた。
「善、泣かないで」
その時、アタシの名前を呼んだのは、愛しくて懐かしい声。
「詠一……?」
はっと顔を上げると、若かりし頃のアタシの最愛、詠一がいた。
信じられない。
呆然としているアタシの顔にキスを送り、溢れた涙の粒を舐め取っていく。
その舌の感触で、アタシの顔に刻まれた皺がないことがわかったわ。
つまり、アタシも若い頃の姿になっているのね。
でも、どうして?
どうなっているの?
「でも、でも……あの二人、は……」
「大丈夫。彼らは絶対に幸せになる。だって、幸せを確定させるセックスから出られない部屋に入ったんだからね」
「幸せを確定……?」
アタシは首を傾げたわ。
だって、意味がわからないじゃない。
「そう。善はそういう定義を持ったセックスしないと出られない部屋になってたんだ。ちなみに僕も、ね」
「待って待って。どうしてそんなこと知ってるの?」
「神様に教えてもらったんだ。ノルマが終わったら魂だけになって転生するのが本当なんだけど、僕が我儘を言って善を待たせてもらったんだ。その間にね」
「そんなこと、出来るの?」
「神様の仕事を手伝うことを条件に、だけど。あっそうだ。セックスしないと出られない部屋は、人と人を繋げることに長けた魂しかなれない、とっても重要で名誉な転生前の仕事らしいよ」
茶目っ気たっぷりにウインクをする詠一は、生前とまったく変わっていないわ。
ここはあの世で、そんな世界のアレコレはよくわからない。
でもね、ああ……また会えるなんて幸せよ。
「待っていてくれてありがとう」
「当然だよ。僕の愛しい人」
アタシたちは数年ぶりに唇を重ねた。
触れるだけのキスなのに、胸の奥からこんなにも幸せが溢れてくる。
「あの二人、気になる?」
「それはもう、とっても」
「じゃあ、会いに行こう」
「会いに?」
「セックスしないと出られない部屋のノルマを達成したご褒美。転生先を決められるんだ。もちろん、僕らは来世でも一緒だよ」
そんな贅沢、あっていいのかしら。
戸惑いが大きいけれど、与えられたチャンスは洩れなく掴むのが楽しく生きるコツよ。
「うん。来世も詠一と一緒よ。そして、あの二人も」
「よし、決まり」
詠一がそう宣言すると、アタシと詠一の体はキラキラとした光に包まれた。
この世界で詠一と会うのは最後。
次は、ラウディとジャスパーの世界で再会が約束されているわ。
それでも、やっぱり伝えずにはいられない。
「詠一、愛しているわ」
「僕もだよ。善」
触れるだけのキスは、とっても気持ち良くて温かかったわ。
*
「ゼノとエイオス。で、いいんだな?」
「う、ん」
「そうだよ」
優しく微笑みかけてくるのはラウディとジャスパーだ。
あれ、なんで僕、二人の名前を知っているんだ?
「俺はラウディ」
「俺はジャスパーだ。怖い奴らは捕まえた。もう安心していいぞ」
ジャスパーの大きな腕が僕とエイオスを包み込んだ。
土埃と濃い血の臭いがするけれど、その体温はとても温かくて、堪えていた涙が溢れ出す。
僕とエイオスは幼馴染。
同じ商隊で兄弟のように育てられた。
僕にとってエイオスは、兄弟で、親友で、世界で一番大好きで愛おしい人だ。
エイオスへの初恋を自覚したのは四歳。
千年に一度の流星群を一緒に眺めた時、そういう意味で好きだって思ったんだ。
僕はその場で迷わず想いを告げたら、エイオスは「俺も」って飛び切りの笑顔で返してくれた。
精神面で早熟だった僕らは、大人がするように結婚の約束の証としてお揃いの組紐を左足に巻いている。
両親や仲間たちと色んな国を巡り、美しい景色をエイオスと共有する。
んかそ穏やかな日々は、つい先ほど、野党に壊されてしまった。
でも、ラウディとジャスパーに助けられ、僕らはその強さに感謝と憧憬を抱いたんだ。
街に戻る道すがら、僕とエイオスは手を繋ぎながら、彼らのことについて教えてもらった。
ジャスパーとそのパートナーのラウディは、それぞれクラト国とホルル国の奴隷部隊の将軍だった経歴を持つ。
激しい戦は周辺国をも疲弊させ、最終的に、周辺国の同盟軍が武力で介入し、和平協議へと至った。
二国は平和条約を結び、必要がなくなったからと奴隷部隊を解散。
そして、恋仲だったのに殺し合いをしなければならなかった二人は、ようやく穏やかな日々を過ごせるようになったという。
そして、冒険者として旅をしている途中、僕とエイオスを救ってくれたというわけだ。
僕とエイオスが、ラウディとジャスパーに養育されることになったのは、僕らが強くなりたいと願ったからだ。
自分自身と、そして愛する者を守りたいという思いは、二人の首を縦に振らせることに成功した。
そして、成人してエイオスと二人で旅立つまで、愛情深く育ててもらったんだ。
そんな僕とエイオスが二人の元から自立するため、旅立ってすぐのこと。
何の前触れもなく、僕らは前世やあの不思議な世界のことを思い出した。
「え、僕……アタシは、ゼノで、善で……」
「俺はエイオスで、詠一だ……」
立ち止まり、呆然と顔を見合わせる僕ら。
「ラウディとジャスパー!」
僕らは叫びながら、たった今出発したばかりの家に駆け戻った。
驚くラウディとジャスパーに泣きながら抱き付き、旅立ちが一ヵ月延期になったのは、今でも忘れられない笑い話だ。
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