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番外編 You can drink, but don't get swallowed up.

酒という物は人間関係を円滑にし、時にストレスを発散したり、生活を豊かにしてくれる飲み物である。 しかし一方で飲み方を間違えると健康を害し、良好だった人間関係をも壊し、最悪の場合は命を落としてしまう事もある。 まあ何が言いたいのかというと、お酒は適度な量で節度を守って飲めば楽しめますよって事だ。 ちなみに未成年と妊婦さんは飲んじゃダメだよ。 頭がガンガン痛い。 腰もガンガン痛い。 ベッドから起き上がれず、鏡 慶志郎は猛烈な頭と腰の痛みに呻いていた。 今日は週末の土曜日で会社が休みで良かった。 ついでに言えば明日が日曜日で尚更良かった。 もし平日だったら、出社なんて絶対無理ゲー。 「……おい、水は飲めそうか?」 とん、と肩を突つかれただけでズッキーン!と頭に稲妻が走る。 うおぁあぁ……!と慶志郎は情けない悲鳴を上げた。 「さ、触る、なっ……!」 「わ、悪い、済まん」 慌てて手を引いたのはこちらも余り顔色の良くない轟 金剛だ。 ここは金剛のマンションで慶志郎が寝ているのは彼のベッドだ。 つーか、さっきまで金剛も一緒に寝ていた。 2人がここまでグロッキーになっているのは単純に、慶志郎も金剛も深酒のし過ぎで酷い二日酔いになっただけの話だ。 このワタシとした事が……何たる不覚。 こちらを見下ろす金剛を恨めしげに見上げると困ったような、ばつの悪そうな表情で彼は目を逸らした。 「まあ……何だ、もう少し寝ておけ。俺ァ、ちょっと買い物に行って来るから」 基礎体力がはるかに違う金剛は慶志郎よりも回復が早く、返事を待たずに適当に服を着て財布を片手に部屋を出て行った。 金剛がいなくなった事で気が緩み、慶志郎はガックリとベッドに突っ伏した。 少しでも身動ぎすると途端に腰に響き、うぎゃあっと悲鳴が上がる。 今日は多分、半日は動けないかも知れない。 どうしてこうなった、と自問自答して昨夜の事を思い返し、またうおぁあぁ……と違う意味で呻く。 完全にやらかした感が否めなさ過ぎて、慶志郎は昨日の自分をブン殴りたくなった。 普段も酒を嗜む慶志郎はたまに飲み過ぎる事もあるが、ここまで酷いのは滅多にない。 むしろ初めてかも知れない。 そして彼は酒で記憶を失くした事もない。 どんなに飲んでも一言一句、自分の言動はすべて覚えている。 覚えているからこそ、昨夜の記憶を消し去りたかった。 いや、消したいワケではない。 たんに恥ずかしくて居たたまれないだけだ。 あの一件から2ヶ月ほどが経過して、季節はもう冬に差しかかろうとしている。 今のところ金剛との関係は進展も後退もしていない、どっちつかずのままだ。特に向こうからどうしたいとも言われていないし、慶志郎の方からも何も要求はしていない。 今までがそうだったように、慶志郎は会社が終われば馴染みの女性とデートやディナーを楽しみ、時には一夜を過ごす事もあった。 自分に好意を寄せる金剛からしてみれば、そういった慶志郎の行動に何かしら思う事もあるだろうが二人は別に恋人という関係でもない。 「オッケー、今すぐ行くよbaby」 何時だったか、チャラチャラと車の鍵を指で回しながら地下駐車場に向かう慶志郎と金剛が擦れ違ったが、彼は相変わらず飄々としていて気にも留めず平の飲みの誘いに応じていた。 自分を取り戻した轟 金剛は今までとは見違える程に、纏う雰囲気も立ち振舞いも変わった。 彼の劇的な変化に最初は戸惑っていた営業部の面々だったが、元から非常に個性的で柔軟性のある性格の連中はそれもすぐに慣れたようで以前と変わらず金剛を受け入れた。 正直、今までの言動が言動だけに金剛自身も非難される覚悟を決めていたらしかったが、彼らの変わらない接し方に素直に礼を言い迷惑を掛けた事や非礼を詫びていた。 もちろん、金剛の事をよく知らない他の社員からはそれまでの言動故に、今でも影で何かしら言われていたりあからさまに侮蔑の目を向けて来る者もいたが、元より承知していた彼は逃げる事なく全て受け止めていた。 それに自分を取り戻したと言ってもあの、人を性的に惹き付ける麻薬のような魅力は健在らしく数は減ったものの時折、声を掛けられる事も未だにあるようだ。 それでもあの無気力な感情の抜け落ちた頃と違い、彼はよく笑うようになった。会社の隣にある定食屋で平と日替わりランチの争奪戦をやったり、毎回工期を遅らせる土建屋に怒鳴り込みに行ったりと忙しくしている。 何だ、ワタシがいなくても楽しそうじゃないか。 慶志郎の中で微妙な苛立ちが沸いたのもこの辺りだ。 「愛しているんだ」と金剛が臆面もなく告げて来るから、こっちはそれなりに腹を括っていたのだが、あれっきり金剛からは何の音沙汰もない。 普通、好きならもっと色々とアピールするものだろう!? 何で貴様は何もしないんだ! 逆にお前は何をして欲しいのか、と慶志郎に突っ込む人はいなかったが、自分でハッと我に返ってナニ考えてんだワタシとかセルフ突っ込みしてちょっぴり落ち込んだ。 まあヨシ(よくないよ!) もし金剛の方からアクションがあれば、慶志郎は応えるつもりでいた。だって向こうから先に惚れたんだから、行動するのも向こうからじゃないのか。 絶対ワタシからは何もしないからね! というプライドの高い人間に有りがちな、謎の対抗心を一人で勝手にメラメラ燃やして慶志郎はポーカーフェイスを決め込み、内心は悶々としながら過ごしていたのだ。 ただ鏡 慶志郎は知らなかった事がある。 轟 金剛という男は本来はひたすら我慢強い人間だという事を。 轟 金剛は確かに他者には寛大で公平で誰にでも優しく漢気に溢れ、頼り甲斐のある男だ。 しかし鏡 慶志郎のみに関して言えば途端に視野は狭くなり、醜い独占欲と嫉妬心が常に心の中で渦巻いていて、気を抜けば手を伸ばしてしまいそうになるのをこらえていた。 会社でも擦れ違う時に彼から漂ってくる、甘いコロンの香りに意識を持っていかれそうになる。 あまつさえ、すれ違いざまに近くの空き部屋に連れ込みそうになる。 気付けば慶志郎の姿をつい目で追ってしまっていて、それでも手に入れられないやるせなさに溜息と共に無理やり視線を外す。 燻る劣情を飲み込み、どうしても耐え切れない時は週末を利用して嘗て修行していたパンダ谷に籠り滝に打たれる事で心を鎮めていた。 慶志郎が自分の知らない女と出かけたり夜を共にしているのは知っていた。 金剛と関係を結ぶ前から彼にとっては日常の一部だったのだから、元に戻っただけの話だ。 彼の隣に当たり前のように寄り添える女達が羨ましかったし、憎らしくもあった。 自分と慶志郎は男で、同性愛者でもない。 今は奔放に遊んでいる彼も、いつかは生涯を共にする伴侶を見つけて家庭を築くかも知れない。 けれどそれを咎める権利は己にはない。 彼とは恋人でも何でもなく、只の上司と部下だからだ。 それに金剛はまだ慶志郎を傷付けた事をちゃんと償っていない。 自分から彼に「許すな」と言ったのは間違いなく金剛の本心で、恩情をかけられ隣に立てるだけでも良しとせねばならない。 本来なら、それすら許されなくても当たり前なのだ。 いつか、もし、慶志郎が許してくれたら。 その時に初めて彼を正当に手に入れるスタートラインに立てるのだ。 たとえ叶わなくても片恋でいいと思っていたし、慶志郎がダメなら次の誰かという考えもない。 金剛の愛は深く重く、ただ1人のみを一途に大袈裟でも何でもなく、自分のすべてを懸ける愛し方しか出来ない。 慶志郎が手に入らないなら、生涯独りでも構わない。 もう彼を泣かせるような事も、辛い目に合わせてしまうのも絶対に嫌だった。だからこそ、金剛は零れ落ちそうになる感情を圧し殺して飲み込み、ただひたすらに我慢していたのだ。 それがよりにもよって、慶志郎の方からブチ壊されようとは夢にも思わなかった。 事の発端は営業部で行われた少し早い忘年会の帰りだった。 酒好きイベント好きの連中のおかげで、忘年会は当たり前のように3次会まで引っ張られ、解散する頃には時刻は既に深夜の一時前になっていた。 「……は?」 「そう、ここからだとキミん家に近いだろう。泊めてくれないか?」 いつものメンバーと別れ、2人になった金剛と慶志郎。 さて、自分も帰るかと自宅方面に足を向けた金剛を慶志郎が呼び止めたのだ。しかも泊めろというセリフ付きで。 な・ん・だ・と。 ピキ、と金剛の額に血管が浮いた。 「今からだとタクシーが捕まるかも分からないし、だったらここから近いキミんちで休ませてよ。実は歩いて帰るのも億劫でさ」 確かに酒を飲むから慶志郎は車を会社に置いて来ていた為、帰りの足を確保しなければならなかった。 大概、酔っ払っている慶志郎は赤みを帯びた顔で金剛を覗き込んでくる。 コイツ……ギリギリ歯噛みしそうになるのを何とかこらえて金剛は平静を装った。見た目にはいつもと変わらない表情をしているが、内面では台風とブリザードとハリケーンが一緒くたになって吹き荒れまくっている。  俺が毎日、どんな気持ちでテメエを見てんのか知った上での苦行か、ソレは。  金剛の内面がゴウゴウと風速ウン百メートルの暴風に曝されているなど露知らず、慶志郎は舌っ足らずな物言いで「頼むよ」と畳み掛けてくる。  テメエ、この野郎。  可愛いだろう、それは。 「……断る。タクシーなら探してやるから、自分んちに帰れ」  心を鬼にして金剛はあくまで平静を装って言った。  自分も相当、飲んでいるのでグラグラと思考が揺れている。  こんな状態で惚れたヤツを連れ帰ったりなんかしたら……間違いなく犯す自信がある。  ここは慶志郎を守る為にも、泊めるワケにはいかない。  そんな金剛をじっと見て、慶志郎は仕方ないねと頷いた。 「どうしてもダメ?」 「ああ、どうしても」 「分かった、無理強いはしないよ。おやすみ、サムライボーイ」  意外にアッサリ引き下がり、慶志郎はヒラヒラと手を振って背を向けて歩き出す。 「おい、鏡!タクシーは」 「何処かで捕まえるからノーセンキュー」  大丈夫かよ、アイツ……と立ち去る姿を見送り、金剛も歩き出した。  しかし数十メートル歩いた所で、やはり気になって元の道を引き返し始めた時、二人連れの女性と擦れ違った。 「……ねえ、さっき通り掛かったあの金髪の人。やっぱり、ちょっとヤバくない?」 「何か男の人達に囲まれて揉めていたよねえ……警察に連絡した方がいいかな?」  そんな会話が耳に入ってきて、金剛はザーッと血の気が引くのを感じ、酔いなんか一瞬で醒める。  そうだ、アイツはこんな夜に一人でいたから。  あんな目に……!  アイツを一人になんかして、大馬鹿野郎は俺の方だ!  ガッ!と下駄を勢い良く蹴って金剛は走り出した。  果たして、先程の場所からそう離れていない所で慶志郎が数人の男に囲まれているのを見つけた。  怯えて青醒めた顔の慶志郎を何処かへ引っ張ろうとしている男達に、瞬間的に怒りが込み上げる。 「……よぉ、俺の連れが迷惑かけたみてぇで悪かったなァ……?」  慶志郎の腕を掴む男に後ろからガッチリ肩を組みヌウッと顔を突き出して、金剛は地の底から響くような声で言った。  暗闇から突然現れた酒臭い、般若のような顔の大男に慶志郎を囲んでいた男達が「ヒイッ!」と慌てて離れる。 「あ、あんた、この人のお連れさん?」 「おう、ちーっと酔っててな。見ず知らずのアンタらに心配掛けちまったみてえだが、もう大丈夫だからよ?」  死にたくねぇなら、とっとと失せろ。  ニタリと口端を上げて笑う金剛だが、目は全く笑っていない。  言葉にはしなかったものの、金剛の表情と雰囲気で察したらしい男達は、金剛をヤの付く本職の人とでも思ったのか愛想笑いを浮かべて互いに目配せしながらジリジリ後退り、脱兎の如く逃げて行った。  男達を忌々しげに見送り、金剛は安堵の息を吐いて振り返ると、真っ青な顔で立ち竦む慶志郎の手を引いて自宅へと歩き出す。  とにかく間に合って良かった。 「一人にして悪かった」 「と、轟……」 「俺んち泊まって行け」  帰って、もっかい寝酒を引っ掛けてサッサと寝ちまおう。  途中でコンビニに立ち寄り、カップ酒やらチューハイやらビールやら手当たり次第に大量に買い込み、金剛は慶志郎を連れてマンションに戻った。 【2】  そもそも、もう一度飲み直そうというのが間違いだったのだ。 「……大体キミねえ?ワタシを何だと思ってるんだい」 「上司だろ、テメエは」  手酌でグラスにワインを注いで、慶志郎がさっきからダラダラ管を巻いていた。  金剛は金剛で、三本目のカップ酒を飲みながら適当に相槌を打つ。  その前に二人はビールやチューハイをしこたま飲んでいた。  金剛のマンションに帰って来て早々に、飲んで寝ちまえばいいという短絡的な考えの元、金剛が酒に手を付けると何故か慶志郎も手を伸ばして飲み出して、そのまま二人は買い込んだ酒を半ばヤケクソにペースも考えずにパカパカと空けた。  清酒に焼酎、ビールにハイボール、チューハイ、安ワイン、ウィスキー。  後先も考えないで買った酒を、後先も考えないでチャンポンにして飲む。  完全に悪酔いしながらも二人は飲む手を止めない。  止めたら負けた気がするからだ。  ここでも無駄に、負けず嫌いな性格が災いしていた。 「ちーがーうーでーしょー。ワタシはそーゆー事を訊いてるんじゃないんだよ!」  酒の勢いに任せ、真っ赤な顔で慶志郎はモダモダしていた心情を垂れ流してバンバンとテーブルを叩く。  自分からは何もしないとは思ったものの、やはり金剛の事が気になっていた慶志郎は酒を飲んだせいか、ポロポロと心にしまっていた感情を吐露していた。 「ちーがーわーねーえー。テメエは只の上司だっつーの」  こちらも滅多に酔わない金剛が目を座らせてテーブルを叩く。  間に入って止める者がいないので、違う!違わない!とエンドレスで会話がループしてちっとも収拾が付かない。 「じゃあキミ、ワタシが嫌いなの」 「いんや、好きだ。惚れてる」  ほらあ、だったら違うでしょ!  駄目だ、そうじゃねえ。 「俺は」  ガッとウィスキーのボトルを掴み、金剛は瓶に半分ほど残っていた酒を直飲みした。  急性アル中まっしぐらな飲み方だが、慶志郎も金剛も気にしない。  ゴッゴッと豪快に飲み干し、ガン!と空のボトルをテーブルに叩き付けて置く。 「俺ァ、まだテメエに許されたとは思ってねえ」 「何だい、それ」  ム、と顔を顰めて慶志郎が問う。 「そのまんまだ」 「じゃあナニ?キミはずっとこのままのつもりなの」 「……俺のケジメだ」  ふーっと酒臭い息を吐き、金剛は終わりの見えない会話に終止符を打とうと腰を浮かせた。 「ほら、もう寝るぞ」 「キミはいっつもそうだよね!」  慶志郎が安ワインのボトルを掴み先程の金剛と同じように直接、口を付けて残っていたワインを飲み干し、ガンッ!とボトルを叩き付けブハッと息をついて口元を拭う。 「一人で考えて勝手に自己完結して、ワタシの気持ちもぜーんぶ無視してッ!」 「おい、鏡、」 いきなり喚き出す慶志郎に、金剛はちょっと狼狽えた。 「馬鹿馬鹿しいっ、ホント馬鹿馬鹿しい!ワタシだけ色々と考えて空回りして!」 「ンだよ、そりゃ。俺が悪いっつーのか?」 「そうだよ!ワタシが好きなら、どうして何も行動しないのさ!?」 「……ッ、テメエが言ったんじゃねぇか!俺の事は好きじゃねえって!」  一方的に責められ、さすがの金剛もムッとする。  酔っ払い二人は椅子を蹴っ倒して立ち上がり、テーブルを挟んで睨み合いながら段々とヒートアップしていくのだが、残念な事に止める者はいない。 お互いもう、何を言ってるのかも分からなくなっていた。 心の中に持て余して燻る感情を、酒の力を借りてダダ漏らしているだけだ。 「一度ワタシに好きじゃないって言われたから、キミはさっくり諦めるって言うのかい!?」 「そうじゃねえ!俺はただ、」 言いかけて金剛は言葉に詰まった。 酒が回って真っ赤な顔で目を潤ませている慶志郎が、金剛の視覚的に色々ヤバい。 駄目だ、触れたい、抱きたい。 悲しませるのは嫌だが、快楽に蕩かして泣かせたい。 くそ、だからコイツを連れて来るのは嫌だったんだ。 ギリギリと鬼も殺すような形相で金剛は唇を噛み締めた。 「……もう、止めだ。テメエも俺も大概、酔っ払っちまってるしマトモでもねえ。話の続きは酒が抜けてから」 「またキミは、ワタシから逃げるの?」 挑発的なセリフで慶志郎は口元を歪めてハッと笑った。 ぶち、と金剛の中で保っていた理性の糸が切れる。 けれどまだ、もう少し何本か糸は残っている。 堪えろ、耐えろ、我慢しろ。 「おい、テメエもいい加減にしとけよ」 「キミはまた、ワタシを一人にするの」 さっきみたいに。 言われて脳裏に慶志郎が男に囲まれていた光景が蘇り、金剛はぐしゃりと顔を歪めた。 違う、あんな目に合わせたいワケじゃねえ。 俺はもう、テメエに傷付いて欲しくねえんだ。 何で分かってくれねぇんだよ、なぁ慶志郎。 それとも、これが罰だって言うのか。 ひでえ野郎だ、生殺しじゃねえかよ。 「金剛」 追い討ちをかけるように少し甘えめの高い声で慶志郎が名を呼び、金剛から理性を剥ぎ取っていく。 彼に名前を呼ばれると想いが溢れ出してくる。 金剛が名を呼ばれる事を望んでいるのだと、分かっていて敢えて呼ぶなんて、なんて意地の悪い愛しい男だろう。 「金剛、」 「止めろ」 「目を逸らすな」 「慶志郎、俺は」 「俺はの先は?」 「愛してるんだ」 テーブル越しに身を乗り出し、慶志郎は金剛の顔を引き寄せて口付けた。 「大変よく出来ました」 唇を離して切れ長の目を細め、慶志郎が勝ち誇ったように笑む。 『愛している』と金剛に言わせたくて、わざとやったのだ。 傲慢でひねくれているけれど、でも心の底は真っ直ぐで憎めなくて誰よりも愛したいと思わせた男。 自分は相当、我慢強いと自負していたのに、たったこれだけの事で呆気なく理性は突き崩され堪らずに彼を抱き寄せた。 「テメエ……!後悔したってもう遅いからな」 本当はもっと大切にしたいのに、当の慶志郎がそれをさせてくれない。 畜生と悪態をついて顎を乱暴に掴み、噛み付くように深く口付けた。 ガタ、と酒の残っていたグラスが倒れ零れた酒がテーブルを伝ってパタパタとフローリングの床に落ちていく。 そんな事も構わず、酔っ払ってよろめいて散々に飲んだ酒の味が混ざるキスを交わし、舌を出せと促すと蕩けた顔で慶志郎が赤くぬめる舌先を突き出す。 出された舌を緩く甘く噛んで溢れる唾液を啜り、互いに性急に服を脱がし合いながらベッドへと縺れ込んだ。 慶志郎を組み敷いて覚束ない手付きでシャツを引っ張ったもんだから、ボタンが幾つか飛んで行ってしまったが構うもんかと服を剥いでいく。 鍛えられてはいるが、自分より幾分か白いスラリとした慶志郎の身体は体内に取り込んだアルコールのせいで紅く色付いていて、欲望を示す象徴は既に半分ほど高度を保っていた。 酒を飲み過ぎると男は勃たなくなると言うが、そんな事はない。 己の分身も早く彼の中に入りたいとガチガチにそそり勃っていて、期待で先走りを零している。 「なあ、慶志郎」 「ん、んっ、ん」 少し身を屈め慶志郎の両足を開いて腰を入れ、勃ち上がった陰茎を慶志郎のソレに宛がうと、ぬりゅぬりゅと擦り付けてやる。 経験した事のない下肢の不思議な感触に戸惑い、唇を噛んで慶志郎が潤んだ目で見上げてくるのが、いちいち欲情を煽る。 「俺はよ、お前が大事なんだ。分かってるだろ?」 「あ、ぅ、だからなに、」 「それを、俺は我慢してたっつうのに、テメエは滅茶苦茶にしやがって……!」 「ッ、あっ、は……っ」 酒のせいか分からないが、そそり勃つ互いのモノはいつもより感度が上がっているようで擦り付ける度にぐちゅ、ぬちゅ、と先端から溢れた蜜が混ざり合って竿を伝い流れ根元まで濡らしていく。 つるんとした亀頭同士がまるでキスしているようで、厭らしくて更に興奮を呼び起こす。 見ろよ、と金剛は慶志郎にそんな己達の下肢の様子に視線を向けるよう促した。 言われるままソコに目を向けた慶志郎の顔が羞恥に染まるが、視線は釘付けになってその光景から目を離せない。 「ぁ、あ……」 とぷ、と慶志郎の陰茎の先端から更に蜜が溢れた。 明らかにこの状態に興奮しているのだ。 新しく流れ出た蜜を己のモノで掬い、亀頭で根元から裏筋をぬろりとなぞり上げた。 「んぅ、うっ」 ベッドに頭を落とし手の甲で口を押さえて慶志郎が身悶える。 何度か繰り返した後、金剛は陰茎を後ろへと滑らせた。 まだ解してもいないソコは当然のように固く閉じていて、先端を宛がうと怯えたようにヒクつく。 会陰から後孔へと行き来させながら、金剛は慶志郎の耳に口を寄せた。 「……なあ、コレ挿れてえ……お前ン中に」 「は、ふ……ァ、ッ……」 はあっ……と熱い吐息を耳に吹き込み、金剛が中に招いてくれと強請ると慶志郎は口に押し当てている己の手をきつく噛んだ。 最初に抱いた時は慶志郎の意思を無視して無理やり犯した。 泣き叫ぶ彼を弄んで思うままに蹂躙した。 今は違う、ちゃんと彼と心を通じて繋がりたい。 --違う、こんな状態で慶志郎がもう拒めないと知っているのだ、自分は。 知っていてわざと同意を求めているのだ、彼が自らが要求に答えたのだと思わせる為に。 結局、慶志郎を手に入れる為なら何でもやる、何処までも卑怯でズルい野郎なんだ俺は。 「……なんで、そんな顔をしてるんだ」 ス、と慶志郎が金剛の顔を両手で挟み見上げてきた。 「頭が悪いくせに、どうせまた酷い事をしたとか終わった事をゴチャゴチャぐずぐず考えているんだろう」 キミは本当に馬鹿だ、と顔を引き寄せて慶志郎が口付けてくる。 「許すとかケジメとか一人で勝手に決め付けて。ワタシにはそんなの、どうでもいいんだ」 「慶、」 「キミは私をどう思っているんだ?」 答えてplease、と皮肉めいて慶志郎が問う。 「一言しかないだろう?金剛」 「……お前を、愛してる」 「good、いつだって答えはシンプルでいいのさ」 柔らかく笑う慶志郎に胸の奥から込み上げるものがある。 許すとか許さないとか、彼の中ではそれは些細な事でしかなく、金剛1人が拘っていただけなのだと気付かされる。 「慶志郎、俺はこの先もずっとお前だけだから」 「だから?」 とん、と彼の胸に額を押し付けて金剛は絞り出すように言った。 「俺のところまで、堕ちてくれ」 今も、この先も、愛するのはたった1人だけだと金剛は決めてしまっていた。 手に入るなら、行き着く先が例え奈落の底だろうと構わない。 押し付けた頭を両腕が包み込んだ。 「何を今さら。ワタシはもう、とっくに覚悟を決めていたよ」 キミのような男、扱えるのはワタシだけだからね。 本当に欲しかった言葉にたまらず、彼を掻き抱いて口付ける。 「テメエの方が漢だな、慶志郎」 ああ、やっと、手に入れた。 【3】 「ッァ……、ふ、ん、んっ」 「声、聞かせろ……押さえんな」 「い、や……だ、みっとも、な…ァ」 「まだ、ンなこと言ってんのか」 ローションを纏った男の太い指はすでに3本飲み込まれ胎内を掻き回していて、力無く広げた足でシーツを蹴って慶志郎は羞恥からたまらず声を抑えてしまうが金剛が許さない。 しばらく身体を重ねていなかったにも関わらず、慶志郎のソコはちゃんと金剛の愛撫を覚えていて、始めこそは固かったものの酒のせいもあってか柔らかに綻んで内側へと淫らに誘って--それはまるで。 「……アンタ、」 金剛が何を言わんやとしているか読み取れてしまい、慶志郎はかぶりを振った。 自分でも分かっている。どんなに離れていても、己の身体はこの男の全てを覚えているのだと。 それを見透かされ、込み上げる羞恥から唇を噛んで声を殺す。 「慶志郎」 「言う、な……っ、あぁっ、ヒッ……!」 ぐり、と腹側の少し膨らんだそこを2本の指が挟み込んで揺さぶってくる。 男が一番気持ちいい部分だと、最初に覚え込まされたソコ。 知らず足を突っ張って慶志郎は強い刺激に耐えられず腰を逃がそうとするが、金剛がガッチリ掴んで離さない。 勃ちっ放しの陰茎からは白濁混じりの蜜がドロドロ溢れてもうイキたいと切なく震えているのに、決定的な何かが足りなくて辛くて気持ち悦くて、もう何でもよくて金剛の髪を引っ張り掠れた声で頼むからと懇願する。 「金、ご……、もう、」 「ああ」 答えた金剛の言葉は残酷なものだった。 「このまま、イッちまっていいぜ」 「え、……」 ごり、と3本の指が容赦なく前立腺を押し上げてきて、慶志郎は目を見開いて仰け反った。 逃げようにも逃げられない。 見開いた視界の先で己を見下ろす男の瞳がいつかの猛獣のような光を湛え、あられもなく乱れる自分を隈無く見ている。 完全に金剛の意図が分かり、慶志郎は嫌だと首を振った。 このまま、と言うのは。 指だけでイケと、金剛はそう言ったのだ。 身を捩り逃れようとしたが再び中の指がごりり、と押してきて待てという制止を無視し金剛が追い上げてくる。 元より過敏で金剛によって拓かれ慣らされた身体は瞬く間に昇り詰めた。 「イケよ」 見ててやるからと耳許で男が促す。 不様に泣いて喘いで絶頂に昇り詰めるその様を、全部見せろと。 勃ち上がり震える陰茎から吹き出すであろう、快楽の証を見せろと。 嫌だ見るなと抵抗しても無駄に終わり慶志郎は呆気なく、一度も触れられずに白濁を腹に飛ばした。 ガクッ、ガクッと腰が踊り目尻から涙が零れる。 慶志郎のナカに埋めていた指を引き抜き、金剛は腹に散らばる白濁を掬い取るとベロリと舐め、甘ぇなと嘯いた。 歪む視界の先でその様を見た慶志郎はたまらず顔を背ける。 自分が吐き出したものを他人が舐めるなんてプライドの塊のような自分には見るに耐えないし、まさかそんな事をされるとも思わなかった。 戸惑い絶頂の余韻でビクつく慶志郎の足を開きそこに、ひたりと熱いものが当たる。 着けてねえけど、いいかと金剛が問いゴムの事だと知れた。 「……テメエの負担になるのは分かってんだが」 ぐ、と入口を太い先端が潜り粘膜に感じるのは薄い膜越しではない生の肉の感触で内腿が震えた。 ぬち……ぬち……と浅く出入りさせながら、金剛が露わになる慶志郎の首筋に舌を這わせてきて舐め回す。 「ぁァ、や、ァ、」 繋がる下肢から聞こえる音が厭らしい。 ぐぽ、と勢いよく陰茎が抜けてまた同じように勢いをつけて挿ってくる。それでも一番欲しい、待ち望むところには来ない。 ちゅう、と金剛が首筋を強く吸い紅い痕を残す。 そのまま浅い所で抽挿しながら金剛が唇を滑らせ、膨れて主張する乳首を啄み、軽く歯を立てた。 まだ触れられてもいなかったそこは金剛が与えた刺激で一気に疼き口の中で転がされ弾かれ、ねぶり嬲られ愛でられてゾクゾクと快感が走るのに、金剛はそれでも相変わらず浅い抽挿に留め、決定的なものを与えてはくれない。 もう身体は一杯いっぱいで早く解放されたくて、ぐるぐると巡る熱を持て余して見悶える慶志郎を上目に見やり、金剛はもう片方の乳首に舌を這わせた。 「……なあ、」 「そ、こで、喋るなっ……」 「まだアンタは、崩してねえ」 「……?」 動くのを止め、金剛は顔を上げると慶志郎に身を寄せた。 「欲しいのは俺だけか?」 「な、に、ッァ」 「俺はアンタの全部が欲しい……アンタは欲しがってくんねぇのか」 ゆら、と腰を揺さぶられる。 崩していない、の意味が分からず慶志郎は己を組み敷く男を見上げた。何処か寂しそうな表情に、慶志郎の中で何かが答えを導き出そうとする。 「……まあ、いいか」 不意にずん、と奥まで穿たれて分かりかけた答えが霧散した。 「あ、待っ……!」 「待たねえ」 「違っ、ひ、ァァ!」 突如として始まる律動に、疼いていた身体はたちまち快楽の波に飲み込まれ考えも纏められず、慶志郎は矯声を上げるしかない。 頭の片隅で金剛の言葉が繰り返される。 アンタの全部が欲しい。 欲しいのは俺だけか? アンタは崩してねえ。 ふつ、と慶志郎の中で何かが繋がった。 言われるまで気付かなかった、己の愚かさを知った。 この男に堕ちる覚悟を決めていたんじゃなかったのか。 それなのに、まだ本当に覚悟が足りてなかった。 だからそれを見透かして、金剛は。 「こ、んごぅ……!」 伸ばした腕を男の首に絡ませ、慶志郎は力の限り引き寄せた。 驚く金剛を見据え、慶志郎は快楽で潤む目に力を込めて睨み付ける。 捨てろ、そのプライドを。 みっともなくしがみつくな。 この男を欲しいと思うなら。 「……くれてやる……!」 息も荒く、金剛の耳に吹き込む。 そんなに欲しいのなら、全てを。 「ワタシを全部、くれてやるっ……!」 常に掲げてきた矜持を捨てるのは、凄まじく勇気が要る。 少なくとも、鏡 慶志郎にとっては。 金剛が指したのは、そのプライドだった。 どうしても慶志郎が崩せなかったそれを、自分といる時だけは捨てて欲しかった。それがあの言葉となったのだ。 欲しいのは俺だけか? 求めるのは自分だけみたいで、寂しかったのだ。 元より聡明な彼は、たったあれだけの言葉で答えを導き出したのだろう。甘く欲を纏う、熱を帯びた声が耳に届く。 「キミが好きだよ」 目を見開いて己を見る金剛に、慶志郎は自嘲した。 肝心な事を告げていなかったのだから。 この男は最初から最後まで、ただ慶志郎だけが欲しい欲しいと言い続けていた。 他の誰にも見向きもせずに、歪んではいたけれど、その想いだけは嘘ではなかった。 自分の中では絆された部分の方が大きいと思っていたが「好きだよ」と口にした途端、それはあっさりと心の中に収まった。 じわりと胸に広がるものがある。 好き、の最上はひとつしかない。 引き寄せた金剛に慶志郎は口付け、彼が今までに見た事のないであろう、鮮やかな笑みを浮かべてみせた。 「愛しているよ、キミを」 誰にも本気で言った事のないそれは、紛うことなく慶志郎の最初で、そして最後にすると決めた本気だった。 この先、この言葉を告げるのは金剛だけにすると決めた慶志郎の。 その笑みに見惚れる金剛をずぐ、と甘い痺れが貫いた。 「慶、志」 「だから、キミも全てをワタシに寄越したまえ」 うって変わって挑むような目で慶志郎が続ける。 「このワタシにここまで言わせたのは、キミが初めてだ。責任はもちろん、取ってくれるよね?」 「……は、上等。俺は最初っからテメエしか見えねえ。それより、」 「ひぅっ」 挑まれて応えないのは漢じゃねえ。 腰を引いて最奥に叩き付ける。 途端、慶志郎の顔が蕩けて逃げを打つが逃さない。 「テメエこそ、もう余所見すんな。俺だけ、見てろ……っ」 「あ、あっ、おく、そこ……、イイッ」 「聞いてんの、かよ、クソ……!」 しどけなく落ちていた慶志郎の足がする、と金剛の腰に絡まった。 次いで慶志郎の方から腰を押し付けてくる。 たったそれだけで、金剛はこらえ切れずに呻きながら絶頂に達した。 熱い飛沫を体内に受けて慶志郎も引き摺られるように達する。 「く、そ……不、覚……っ」 「は、ざまあ、みたま、え……」 絶頂の余韻で互いにゼイゼイと息をつき、情けないね、と慶志郎が悪態をつけばまだ中に収めていた金剛のモノが硬度を取り戻す。 「寝言は寝て言え……っ」 「ん、ァァッ、ひ、ぃ」 そこからずっと、2人は限界など知らぬかのように抱き合った。 「……も、壊れ……あ゛あ゛、ぅ、う」 「壊れちまえ、なあッ……」 何度イッたかなんて数えていない。 意味のない言葉と喘ぎ声と、乱れる息と、そしてその合間に。 「愛している」 と紡ぐ言葉だけは同じベクトルなのだ。 そうやって散々、酒の勢いに任せてヤりまくった二人はシャワーを浴びる体力もなく、どうにか後始末だけすると寄り添って泥のように眠った。 目覚めたのは、とっくに太陽が真上に登った昼過ぎだ。 そして冒頭の通り、二人は酷い二日酔いと腰の痛みに揃って悲鳴を上げる事となる。 特に慶志郎に至っては指先ひとつ動かすのも激痛が走り、ひたすら呻くしかなかった。 それでもどうにかこうにか手を伸ばし、サイドボードに置いていたスマホを取ると、慶志郎は画面も見ずに指を滑らせ電話をかけた。 「……hi、hワタシだよ」 金剛が戻って来ると丁度、電話を終えた慶志郎がスマホを投げ出したところだった。 「おかえり」 目線だけを向けた慶志郎が力なくヒラヒラと手を振る。 腰は相変わらずらしい。 「動けそうか?」 「ムリ」 まあ……色々と無茶させたしな。 慶志郎の痴態を思い出すとまたぞろ、けしからん事がしたくなるがそこは我慢して金剛はキッチンに立った。 買って来たのはシジミだ。二日酔いにはこれが一番効く。 ほどなくして、部屋にはシジミの出汁の香りが広がった。 金剛が寝間着代わりに着る浴衣を羽織り、金剛の手を借りてダイニングテーブルに着いた慶志郎は目の前に置かれたお椀を凝視した。 「ナニコレ」 「知らんのか、シジミ汁」 「アサリじゃないの?」 「二日酔いにはシジミが効くんだぜ」 実は小せぇから、食わんでもいいと言って金剛は汁を啜った。 真似して慶志郎もお椀を取ると口をつけた。 磯の香りとシジミの旨味とほど好い塩気が胃を中心に身体の隅々まで行き渡って、知らず感嘆する。 「美味しい」 「そうか、お代わりあるぜ」 「うん、もらおうかな」 それぞれ2杯目の汁を飲みながら、金剛は「さっき」と慶志郎に訊いてみた。 「どこに電話してたんだ?」 「……え? ああ、アレね」 汁を飲む手を止めて慶志郎は少しだけ迷った後、汁椀を置くと彼女達に連絡をと答えた。 彼女達というのは、慶志郎がいつもデートなり一夜を共に過ごしている女性らの事だと分かる。 「もう、一緒に遊ばないからね。ちゃんと断りを入れておかないと失礼だろう?」 「それは、いいのか」 「余所見するな、って言ったのはキミ。だからワタシなりのケジメというやつさ」 慶志郎が驚いたのは、付き合いの長い女性から順に連絡を入れてもう会わないと告げた時の彼女達の「やっぱりねえ」という反応だった。 『慶志郎、好きな人が出来たんじゃないかなって思ってたのよ』 『貴方自身は気付いてなかったみたいだけど』 『本気で好きな人が出来たんだなあって』 『今までありがとう。楽しかったわ』 『他の子達にも伝えておくから、心配しないで』 『お幸せに、慶志郎』 それぞれがこんな反応で誰ひとり、慶志郎を責める事はなかった。 かくも色恋沙汰となると女性には敵わない。 まあ、その相手が男だとは夢にも思わないであろうが。 「ワタシの最初で最後の本気はキミに捧げるよ」 頬杖を突いて慶志郎は笑った。 呆然とする金剛に空いた手を伸ばし、顔に触れる。 「今度こそ、覚悟を決めたからね。せいぜいワタシを満足させてみたまえ」 「……っ、は、望むところだ」 触れる手を取り口づけて金剛は獰猛な光を讃えた目を向けた。 その視線に射抜かれ、ゾクリと慶志郎の背筋が震える。 「俺からもう逃がしてやんねえ。テメエがどこにいようが、どこに行こうが逃げらんねえと思っとけ」 「へえ? 楽しみにしておくよ。キミこそ覚えておきたまえ。ワタシは存外、独占欲が強いんだ。軽々しく他の誰かの誘いなんか受けるんじゃないよ?」 「けっ、ンなこたぁしねえっつうの」 「言質は取ったからね」 先の穏やかな空気は一転、今にも対決に発展しそうな雰囲気が場を包む。 甘ったるい関係より、自分達にはこれが似合いなのかも知れないと互いに思っていたのはナイショだ。 「ところで、シャワーを浴びたいんだが」 「動けそうか?」 「ムリ、さっさと連れて行け」 「も少し可愛げのある言い方ってのが」 「誰のせいでこうなっているか、よく考えてみたまえ」 「すまん、悪かった。ヤり過ぎた」 「連れて行ってくれたら、後は1人で入れるから」 「…………………」 「ナニ?」 「一緒に入んねえのか」 「寧ろ入るつもりなのがビックリなんだけど」 「なあ、慶志郎」 「ヤダ、今のキミの顔が信用出来ない」 「しねえから」 「キミのしないはする、に決まってる」 「約束する」 「本当に?」 「本当だ、二言はねえ」 「ほんっとうにだよ?」 ひょいと慶志郎を抱えて上げてバスルームに向かう金剛に、慶志郎はしつこく念を押した。 「今この状態でヤッたら間違いなく腰が死ぬからね!?」 「分かってる、分かってる」 ぎゃあぎゃあ言い合いながら2人はバスルームに消えたのだが……ほどなくして慶志郎の艶めいた喘ぎ声が響き始めたのは想定内の話である。 結局、慶志郎の腰は死んだ。 「この脳筋絶倫バカがああああ!」 「テメエだってノリノリだったろ」 「暫くしないからねっ!」 「なっ、ちょっと待て!」 「待てはコッチだ!ステイ!」 「人を犬扱いすんじゃねえ!」 「犬の方がまだお利口だよ!」 猛獣の躾は大事だと、慶志郎は実感した。 そして飲み過ぎはよくないと思い知った。 酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言ったものである。 You can drink,but don't get swallowed up. 終  
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