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第四章 プライス・オブ・デザイア②
佳嘉は、真生が大人を望んでいることを知っている。理解している上で、それを断固拒否し続けている。
もしかしたら、まだお手当てのために大人を望んでいると思われているのかもしれない。
お手当てなんてもう要らないと言ったら、佳嘉との関係性が終わってしまうような恐怖心があった。
佳嘉だけだった。ここまで真生からのアプローチを避け続けているのは。
どうすれば佳嘉の心を動かせるのか。〝パパ〟としての立場に囚われていると仮定するならば、その庇護欲を逆に利用することはできないか。
貰ったシューズを大切に箱へ戻す。このシューズだってとても高価な品であるということは分かっていた。真生は椅子に座り佳嘉へ向き直ると、膝の上に両手を乗せる。
「靴とか飯とか、佳嘉さんはなんでもぼくに買ってくれるけど。ただ貰ってるだけじゃ悪いなーって思ったり」
今まで受け取ったお手当ての分も、せめて自分にできることで何かしらのお返しがしたいという気持ちを伝える。
真生の言葉をじっと聞いていた佳嘉は、真生を見つめたまま首を傾げる。
「だってそれがパパ活だろう?」
今でこそその意味合いは大きく変わっているが、元々のパパ活という体制は父親代わりの男性と父親を求める相手の健全な交流だった。
ただ無償で見返りも求めず、望まれるままに金を与えるだけの存在。確かに佳嘉の認識は間違っていないが、もしかしたら佳嘉は天然なのかもしれないかと真生は思わざるをえなくなってきた。
「……こうして決して安くないお金を会うたびに頂いている訳ですし」
シューズの箱の上に受け取った封筒を置き、これが真面目な交渉であるということが伝わるように口調を戻す。
「ぼくも、佳嘉さんにお礼がしたいんです」
最近は距離が近くなりすぎて、つい口調も親しげになってしまっていたが、佳嘉があくまでもパパ活であるというのなら、金銭の援助をしていくれる〝パパ〟佳嘉にお礼がしたいと申し出ることは何も不思議なことではなかった。
佳嘉も真生の異変に気づき、テーブルの上に置かれたシューズの箱、更にその上に乗せられた封筒、そして真生の顔へと順に視線を送る。
「要約すると?」
中指で軽く眼鏡を押し上げると、薄暗闇が一瞬反射して佳嘉の視線が見えなくなる。
「セックスしましょう」
「直球か。しません」
真生の真意を分かっていながらのこの拒絶。きっと佳嘉はこれからもその意志を曲げることはない。誕生日という日でも変わらないのだから、他に佳嘉の意志を曲げられるような名案などもう真生には思い浮かばなかった。
はあっと大きな溜息を吐き出した真生は諦めて、そのままごろんと佳嘉の膝の上へと寝転がる。佳嘉はそれを嫌がるどころか、真生が膝の上に寝転がると目を細めて真生の髪を丁寧に撫でる。
「佳嘉さん、ぼくのこと嫌い?」
佳嘉を見上げて片手を伸ばす。
「……好きだよ」
「だよねえ」
嫌われていないのは分かっていた。嫌いだったら会ってもいないし、二万円が五万円になることもない。
好意があるのは明らかなのに、大人だけは絶対にしようとはしてくれない。
「好きなのに、どうしてシないの?」
好き=セックスはあまりにも安直であるとは思うが、してもおかしくはない距離感と関係性だという自信があった。
佳嘉の腿に手を乗せて、ゆっくりと身を起こす。
合意を得なくてもセックスはできる。なけなしの理性を捨て去れば、望むものはもう近くにあった。
だけれど合意がなければ意味がない。特に佳嘉相手で考えるのならば。
そのまま暗闇でゆっくりと顔を近づけていく。佳嘉は微動だにせずただ真生を見ていた。
佳嘉が逃げないのならば、この唇同士はもうすぐ触れ合う。唇が触れ合えばそれは佳嘉の合意と捉えても問題がないはずだった。
唇が重なり合うその瞬間、佳嘉がそっと唇を開く。
「君がまだ子どもだから」
パパ活という関係性そのものを否定するような、佳嘉からの衝撃的な一言だった。
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