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第四章 プライス・オブ・デザイア③
薄暗い密室、目の前で泣きそうにまで表情を歪める少年を慰める言葉を佳嘉は持ち合わせていなかった。
酷いことをしている自覚はあったが、真生の気持ちを受け入れることだけは、絶対にないという強い信念を出会った瞬間から抱いていた。
それだけは受け入れてはいけないものであることを知っていた。
「最初のときに言ったと思うけど」
何気なく片腕を上げ、思い留まる。今でこそ触れることに躊躇いはないが、それですら初めの内は自身に固く禁じていた。
それでも真生を宥められる可能性があるのは自分の手だけで、一瞬凍りついた自らの左手を開きぽんと真生の頭の上に置く。
「美味しそうに食事をする君の写真をSNSで見て、この子の笑顔のために何かをしてあげたいって思ったんだ」
告げた言葉に嘘偽りはない。健康的な笑顔に興味を惹かれたのも事実で、本当は声を掛けるのを少し躊躇った。
真生が大人も可能であることは当然SNSを確認した時点で把握していた。そしてそこまでしなければならないほど困窮している状況に胸が締め付けられた。
「ぼくには食べるところしか価値がないって言うの?」
頬を膨らませるとそれはリスのようで、いけないと分かっていても心が和むことは否定が出来ない。
「そういう意味じゃないよ」
真生への伝え方が分からず、佳嘉は困ったように苦笑する。
パパ活として声を掛けることなど初めてだったので、失望されないか不安だった。その不安を吹き飛ばしたのは太陽のように眩しい真生の笑顔で、その笑顔を守るためならば何でもできるとあの時佳嘉は強く感じていた。
いつだって真面目で実直に、向けられる笑顔に心が暖かくなった。
待ち合わせ場所で、自分を見つけたときに掛けてくれる言葉と笑顔に心が震えた。
素直に「ありがとう」と言えるところが羨ましくて、もう自分には存在しない純粋さに心が現れた。
出会えて良かったと思えるからこそ、都度二万円だったお手当てが五万円になっても惜しくはない。
「確かにきっかけは君が食べているところの写真だったけど。真生くんと一緒に食事をしたり、こないだみたいに映画を観たり、こうやってカラオケに来たり。君の色んな一面を見られるのが私は嬉しいんだ」
だからいつだって笑顔でいて欲しいと願う。真生のことを大切だと思うからこそ。
最近は真生に辛そうな顔をさせてばかりなのが気がかりだった。こうして今もまだ納得していないように不服そうな表情を向ける。大きな瞳は猫のようにくりっとしていて、ころころと表情や機嫌が変わるところが本当に猫のようだと感じたのは一度や二度ではない。
最近のお気に入りらしい行動は、今みたいに腹に抱きついてぐりぐりと頭を押し付けることだった。こうなると猫というより駄々を捏ねている幼稚園児のようで、ますます愛らしさが増してくる。
そんな真生相手だからこそ、大人という一線だけは決して越えるわけにはいかなかった。
もちもちとした頬を両手で包んで顔を上げさせると、まだ不満げにじとりと視線を向ける。
「だから大人なんてしなくても、君が必要なら幾らだって援助する」
セックスだとかそういうのは、いつか本当に心からしたいと思える相手のために取っておいてほしい。
本当に好きな人とするから意味があるとのだということを、佳嘉は痛いほどよく分かっていた。
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