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第九章 ギヴ・アンド・リジェクト②
「あ、佳嘉さんやあっと起きた?」
ひょっこりとリビングから顔を出したのは、お玉を片手に持った真生だった。
「真生くん……?」
大きく様相こそ変わっていたが間違いなくここは自分の部屋で、その自分の部屋に何故お玉を持った真生がいるのかと佳嘉は不思議そうに視線を向ける。
真生の存在を認識すると、昨晩ベッドにいた先客が真生であったことを思い出し、それから芋づる式に拐かされそうになった真生を保護して自宅に連れ戻った一連の流れをもありありと思い出し始める。
何故真生が自分の部屋にいるのかという疑問を自己解決した佳嘉は、真生の顔を見たまま納得したように手を打つ。そして、何かの薬を盛られたであろう真生をベッドに寝かせた後シャワーに入ろうとしていたことまで理解をすると、納得したようにうんうんと頷く。
この部屋に自分以外の人物がいるということを考えると、寝室が見違えるほど綺麗になっている理由にも合点がいき、改めてゴミ袋一つ見えない部屋を見渡してから改めて真生へ視線を向ける。
「真生くん、これは君が?」
「もお、ゴミはちゃんとゴミの日に出しなよね」
扉の枠に肩を預けながら、その手にぱしぱしとお玉を叩き付けて真生は言う。どこか怒っているかのようで、遠い昔にこれと似たような経験をしたような気もする。
「……ごめんなさい」
まさか真生に母親のような物言いをされる日がくるとは微塵も考えていなかった佳嘉は、咄嗟に謝りの言葉を口にしつつも心にどこかもやもやとするものを抱える。
片付けができない訳ではなく、単純にする時間がないだけだった。
スーツやワイシャツはクリーニングに出せばいつでも綺麗な状態で戻ってくる。最近のコンビニ弁当も一昔前とは異なり、それなりにバリエーションもあるので飽きることがない。
いつか纏まった時間が出来たら片付けようと思いつつ、無情に時間は過ぎていく。片付けの専門業者を呼ぶことも考えたが、自分のテリトリーである自宅に他人を入れることには抵抗があった。
これまではそう思っていたのに、何故か真生がいるこの状況には一切の違和感がなかった。
昨晩以降の状況をいまいち把握しきれていない佳嘉だったが、目の前にあるありのままの状況を受け入れるしかなかった。
「お粥さん作ったけど、食べられそう?」
「あ、うん……」
先ほどから妙に食欲を唆る香りがリビングから漂ってきていると思っていたが、真生が手にするお玉とその言葉から断片的な情報が頭の中で繋がっていく。
元から食が細く、真生ほど豪快な腹の音を鳴らすことは中々なかったが、思い起こせば昨晩は真生を保護することに必死で、碌な食事を取っていなかったことを思い出す。
ただでさえ体調を崩していた最近は食欲も沸かず、なにを見ても食べたいという気持ちすら起こらなかった。そう考えると週に数度真生とともに食事をする機会はとても貴重で、真生の食べっぷりを見るだけでも僅かながら食欲が刺激された。
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