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第十五章 クローズ・コール①
終業後、真生とよく食事をした繁華街を訪ね歩く。
友達関係、恋人同士――季節は二月半ば、すっかり落ちた日の中でひと際目立つのは週末に迫っていたバレンタインの売り出しだった。
それはとても華やかで、主に若い女の子たちが本命の相手に渡すための贈り物を選んでいる。それがとても初々しくて若々しくて――どこか真生の姿を彷彿とさせた。
真生ならばあの中に混ざっていたとしても違和感がない。中年男がそのような場に身を投じれば、若い女性客からの視線が痛いほど突き刺さる。なるべく触れないようにして探すが店内のどこにも真生の姿は見当たらない。
真生と一緒に行ったラーメン屋、ゲームセンター、映画館、カラオケ店――そのどこにも真生の姿は見付けられず、その代わりに真生と過ごした楽しい日々が走馬灯のように蘇ってくる。
あのゲームセンターでは、真生にマスコットのキーホルダーを取って欲しいとせがまれた。細かいことがあまり得意ではないから、何度も従業員に位置を直して貰った上、それ一つを獲得するのに六千円近くかかった。
だけどそんな小さなキーホルダーですら真生は笑顔を浮かべて喜んだ。その笑顔を見ていられるだけで充分だった。
その懐かしいクレーンゲームの筐体に手を付いて、ただ背後に映る人並みを眺める。思い出すのは真生の笑顔と楽しかった思い出。
背後を真生と中年男性が寄り添いながら横切るのが見えた。息を呑んで佳嘉は振り返る。しかしそれは真生とは無関係の若い女性で、小柄で明るいショートカットであることだけで見間違えてしまった。うっかり声を掛けてしまうところだった。
筐体へ寄り掛かるようにして背中を預ける。街を行き交う人はこんなに多いのに、真生の姿だけが隣になかった。
「だーかーらぁ!」
人々の静かな賑わいに水を打つような酷く澱んだ怒鳴り声。街を歩く誰もが大声で通話をしながら歩くその男を迷惑だと思いながらも、トラブルに巻き込まれることを避け遠巻きに見ているだけだった。
どこかで見たことがある。佳嘉の中には胸騒ぎがあった。
小太りという表現は控えめ過ぎて、目視でも体重はおよそ百キロ以上。その丸みを帯びた身体では直進することも難しいのか、ふらふらと左右に身を揺らし足が一歩一歩を支えきれていないようだった。
不揃いに切り揃えられた髪の中にはまだらに白髪が覗き、顎元にあるごま塩のような無精髭が不潔さを引き立てていた。
「あのっ……!」
その男の危険性を佳嘉は真生から聞いて知っていた。真生に睡眠薬を盛り、ゴム無し五千円で自宅へ連れ込もうとした〝地雷パパ〟の典型である青木。
そんなことあるわけがない、ありえないはずだったが、自分以外に真生を知る唯一の存在である青木に佳嘉は声をかけていた。
「ああん?」
佳嘉に声を掛けられた青木は足を止めるが、怪訝そうな表情を浮かべて佳嘉を見る。それもそのはずで、前回青木と対峙した時の佳嘉は上下スウェット姿という完全なオフモードの私服姿で、今の上から下まで仕事モードのスーツ姿とは似ても似つかぬ格好だった。
佳嘉は青木の腕を掴む。肉と脂肪の中に指が吸い込まれていくような感覚があった。
「真生がそのっ、家出して……、このあたりで真生のこと見かけませんでしたかっ……?」
青木の前では一度真生の父親を名乗っていた手前、単純に真生を探していると伝えるよりはそれらしい理由を無理にでも作り出さなければならなかった。
まだ佳嘉を思い出せない様子の青木だったが、佳嘉の口から真生の名前を出されると恥を掻かされた夏の一件を朧げながら思い出していく。
じいっと佳嘉の顔を見つめ無精髭の生えた顎を擦りながら、ぼんやりとしか顔を思い出せないあの時真生の父親を名乗った男性と、目の前で必死な表情を向ける佳嘉の姿を照らし合わせていく。
「ああー、真生くんパパね」
「いきなりすみません、あの、真生を探してるんですがご存知ないでしょうか?」
あの時はぼさぼさの髪に隠れて良く確認できなかったが、真生に負けず劣らず整った顔をしている佳嘉を値踏みする青木の瞳にはハイエナのような澱んだ光が浮かんでいた。
家出した息子を必死に探す頼りげのない父親、その表情には悲壮感すらも漂っており青木はごくりと生唾を飲み込む。
「……そおいや、前にちょっと見かけたような気がするかもなぁ」
「ッ、本当ですか!?」
真生の存在を仄めかされれば、そこに光明をみたかのように目に希望の光が灯る。上下ともにある程度値打ちのあるセミオーダーのスーツに、シンプルながらも腕時計も高級なものだった。頭の上から爪の先までいかにも金をかけていると言わんばかりの佳嘉が必死になって真生を探している姿は、青木の嗜虐心を執拗に煽る。
――子を思う親というものは、そのためなら大抵のことは受け入れる。
「教えてやってもいいけどさあ」
青木は佳嘉の顔をぐいっと掴み、ニキビで穴ぼこだらけの顔を近付ける。鼻をつくような刺激臭が佳嘉の表情を曇らせた。
「キレーな顔してんじゃん真生くんパパ。一杯付き合えよ」
元々真生とはパパ活として出会った青木は、未成年という弱者に対してのみ男女問わずそういった行為に及ぶタイプであると考えられた。
だからこそ見て分かる中年男性である自分にそういった食指が向けられるとは思ってもいない佳嘉は、青木の醜悪な顔を正面から無感情な目線で見返していた。
「それで、教えて頂けるのでしたら」
真生に繋がる手掛かりはこの男しかないかもしれない。佳嘉は藁をも掴む思いだった。
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