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5 先輩と後輩
(そう言えば、結局なんで機嫌悪かったんだ?)
と、シャワーを浴びてスッキリした頭で思い返した。いつも当然のようにヤられているので麻痺しがちだが、北斗がこうして感情をぶつけてくるときは、大抵は何かがあった時だ。
(また女の子に付きまとわれたか?)
職業柄、どうしても距離感が近くなる女性は出てきてしまう。王子様キャラで遠ざけていても、踏み込んでくる女性は一定数存在した。いっそゲイを公言するのもアリかもしれないが――女性相手の商売で、ここまで人気が出てしまうとそれも難しい。せめて、人気が出る前ならそれも良かったかも知れないが……。
髪をタオルで拭いながら、リビングに戻る。飲みかけの水を飲み干し、コーヒーをセットする。夜仕事のせいで、生活は不規則になりがちだ。帰宅が三時から五時くらいになるため、午前中は睡眠時間に当てられる。ようやく活動し始めるのが昼過ぎで、そこから出勤時間の十六時くらいまでの短い時間が、プライベートな時間になる。
このプライベートな時間というのも、くせ者で、大抵は店の雑務を行うのが常だ。管理部の人間でない一般のホストたちはこの時間がメール営業の時間になる。メールやラインを駆使して営業をかけ、当日来店できるかお客様に誘いをかける。その情報はマネージャーの俺に上がって来て、今日の予約を管理する。同伴のホストの管理、予約の管理。出勤するホストたちの管理。
それが終われば店に出向いて、今度は開店の準備をする。清掃を行い、備品の補充、発注した酒の準備、やることは山ほどあった。
一日の殆どの時間は、ホストクラブの運営に割かれている。こんな生活を、もう十年近くやっている。ホストが天職だと思ったことはない。ただ、『ブラックバード』は自分の帰る家のような場所だった。
元々、暴走族をやっていて、解散と同時に流れつくように萬葉町へたどり着き、そこでヨシトやユウヤ、カノなどの仲間と出会った。居場所のなかった悪ガキたちが、『ブラックバード』を家にした。だから、俺は今でもこの場所に縋りついている。多分俺は、他のヤツよりもこの場所に思い入れがあるわけじゃない。けど、アイツらが帰る場所だと思っているから、この場所を守ろうと思っている。
(シノブは同伴、リトのところも予約ありだな)
グループラインに入ってくる情報をもとに、出勤情報を管理する。集中して作業していると、不意に背中に重みを感じて顔を上げた。
「おい、北斗」
「んー」
背中にもたれかかるように抱き着いてくる北斗に、身を捩って抗議する。まだ寝ぼけているのか、北斗は唸るばかりで反応が鈍い。昨夜のまま裸で抱き着いてくる北斗に、げんなりしてため息を吐いた。
「重い。あとシャワー浴びてこい」
「腹減った」
「解ったから」
「チャーハンが良い」
しっかりリクエストすると、北斗はようやく身体を離した。欠伸をしながら風呂場の方へ向かう。
「はぁ……。うちは中華屋かよ……」
面倒だが、自分もまだ飯を食っていない。ついでだと言い聞かせて立ち上がり、冷蔵庫に向かった。
風呂場の方からは、シャワーを浴びる音が聞こえてくる。その音をBGMにして、チャーハンを作り始めた。二十九歳ともなれば、一通りの家事は出来る。特に後輩たちの面倒を見る立場になってからは、その傾向が強くなった。その中でも良く作るのが、チャーハンだった。理由は単純。北斗がリクエストするから。
チャーハンが好物なのか聞いたことはないが、北斗のリクエストはいつだってチャーハンだった。おかげで、チャーハンの腕前だけは良くなったし、材料も常に冷蔵庫に入っている。
ネギと玉子。それにチャーシューの入った、シンプルなチャーハン。皿に装ってテーブルに置いたところで、丁度、北斗がシャワーから出て来た。髪から雫が垂れるのも構わずにテーブルに着こうとするので、呆れてタオルを投げつける。
「ちゃんと拭け。床を濡らすな」
「面倒くさい」
「ハゲるぞ」
「……」
嫌そうな顔をしてガシガシと髪を拭く北斗に、思わず笑ってしまう。禿げるのは嫌らしい。
「お前、昨日なにかあったか?」
問いかけに、北斗は一瞬視線を上げたが、何も言わずに無言で髪を拭いている。八つ当たりはするくせに、北斗はこうしたことを話したがらない。大抵、相談は俺ではなくてユウヤだ。そのユウヤから告げ口されるので、結局知ることにはなるのだが。
(まあ良いか……)
「北斗、お前も今日の予約確認しておけよ。同伴あるなら行ってこい」
「あー、うん」
気のない返事をしてチャーハンに手を伸ばしながら、片手でスマートフォンを操作し始める。画面をスワイプさせながら、北斗が眉をピクンと動かした。
「予約入った。三人」
「おー……。相変わらず営業かける必要もないのな……」
「まあ、僕モテるしね」
ゲイのくせに。そう思ったが、口にはしなかった。仕事では有利でも、嬉しいわけではないのは解っている。
「アキラは? 今日も客なし?」
「失礼な。俺だって――」
と言いつつ、今のところは予約の客は居ない。まあ、営業もかけていないのだが――。あとで営業のメールを送っておこうか。そう思ったところで、テーブルの端に置いたスマートフォンが着信を知らせた。画面を確認すると、馴染みの女性客からのメールだった。
「あ。予約入ったわ」
「え。誰」
「亜里沙さんだよ――って、誰だっていいだろうが」
「なんだ、亜里沙か」
亜里沙は俺の得意客である。萬葉町で働くホステスで、『ブラックバード』には昔からよく通ってくれていた。疑似恋愛をしたい客ではなく、どちらかというと女友達みたいな関係のお客様である。ちなみに俺が北斗と肉体関係があるのを、知っている女性客の一人である……。
「なんだとはなんだ」
「亜里沙の場合、付き合いみたいなもんだもんな」
「良いだろうが、付き合い。ってか、あー……。そうか……」
「ん?」
「もうすぐ亜里沙さん誕生日だ。多分、店に来て欲しいんだと思う……」
「あ、なるほどね」
亜里沙にとっての営業なのだろう。まあ、仕方がない。こっちにもお金を落としてもらっているのだ。そういう付き合い方もある。
「じゃあ、僕も花くらい出そうかな」
「おう。亜里沙さん喜ぶし、良いんじゃない」
店のホストたちにも声をかけるか、と思いながら、俺はチャーハンを口に運んだ。
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