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6 カクテルの注文

 ホストクラブに来る女性客の殆どは、酒を飲みに来ているわけではない。お目当てのホストとお喋りしたり、イチャイチャしたりと、疑似恋愛をするのが目的だ。さらに言えば、もっと踏み込んだ付き合いをしたいと思う女性客も一定数存在する。花形の売れっ子ホストともなれば、『〇〇くんの彼女』という謎のステータス欲しさに媚びて来るとんでもない客もいるわけで――。  俺みたいな、アラサー、落ち目、フツメンホストと違い、キラキラ系王子様な北斗みたいな男だと、そりゃあもう、アプローチが激しかったりする。  で。そんな酒を飲みに来ているわけではないはずのホストクラブで、最も出る酒というのが、ウイスキーをやらシャンパン。それにワインなどの酒類である。(ちなみにビールやら缶飲料もある)これらの酒はハッキリ言ってグラスに注げば良いという単純作業なので誰でも出来る。馬鹿なホストでも水割り・ロック・ハイボールくらいなら作れるし、貢ぎたい女の子が飲むシャンパンに至っては割る必要すらない。  乱暴な話ではあるが、そういうことである。  そんなホストクラブではあるが、実はメニューにはカクテルなんかも存在している。だがこれらのカクテル、メニューにはあるものの、実際に出ることは殆どないのである。出ない酒をおいている理由については、まあ、慣習というしかないのだが――。 「ホワイトレディが出ただと……?」  若手が持ってきた注文に、バックヤードに居た俺たちは正直、戦慄した。ホワイトレディというのは、カクテルメニューにひっそりと載せられているカクテルメニューである。ちなみに、俺が『ブラックバード』に勤めて九年にもなるが、今まで一度も出たことがない。そのくらい出ない。  注文したのは北斗を指名した新規の客のようだ。ホストクラブ初心者の女性らしく、なんとなくホストクラブのノリというのが解っていないのだろうな、という感じの若いお嬢さんだった。恐らくは、オシャレだからという理由でカクテルを注文したのだろう。ちなみに解っているお姫様はカクテルでは貢げないのでシャンパンを注文する。つまりこのお嬢さんは、解っていない素人さんということだ。  ホストの報酬は歩合制で、売れた酒に対して40~60%のバックが入る仕組みである。つまり、十万円のシャンパンを注文されれば、その6割がホストの懐に入る。俺や北斗は役職持ちなので、この他に店全体の売り上げから1%のバックがある。これがホストの基本的な給料である。カクテルの場合は一杯1400円程度。単価が低い上にアルコール度数が高く量が飲めない。ホストにとってはあまり良い注文ではないのだが、問題はそこではない。 「誰か、作れるやつ居るか?」  俺の声に、バックヤードに居た全員が首を振る。さっそくスマートフォンで検索をかけ始める奴も出始めた。  そう。カクテルはほとんど出ない。つまりだ。作れるヤツが居ないのである。メニューにあるのに作れないとは何事かと、言わないで頂きたい。このメニューは飾りみたいなもんなのである。 「あー。ジンに、トリプルセック、レモンジュース……。度数33%って大丈夫かこのカクテル……」  ジンは在庫がある。レモンジュースも問題ない。問題はトリプルセックだ。店に置いていない。近くの酒屋か大手量販店に在庫があれば御の字だが、なんとなく嫌な予感がする。その上、作り方もネット頼りである。  テーブルでは北斗が場を繋いでいるが、早いところ用意してやらないと不安が募る。女子大生風のお嬢さんは、目をハートにして北斗の顔に釘付けだ。 「えーと……、取り合えず大屋は酒屋に走ってトリプルセック探してこい。俺は近隣のバーに電話してみる。涼真は北斗のヘルプ入って」 「解りました!」  俺の指示を受けて、若手が散っていく。俺はその間に、付き合いのあるバーへ電話だ。トリプルセックを譲ってもらえるかもしれないし、作り方も聞けるだろう。萬葉町に暮らして九年にもなれば、多少の縁はある。特に、キャバクラやソープなどの風俗店を多く抱える『女神グループ』とは、先代オーナーの時代からの付き合いだ。  近隣のキャバクラやクラブに電話するも、同じようにカクテルよりも他の酒が多く出る店である。あまり良い感触がない。 (そういや、『ムーンリバー』はゲイバーだけど……バーだよな)  近くにあるゲイバー『ムーンリバー』の存在を思い出し、電話を掛ける。ほどなくして、男が電話に出た。 『もしもし?』 「あ。アオイさん? アキラっす。ちょっと聞きたいことがあって――」  状況を伝えると、『ムーンリバー』のバーテンダーをしているアオイは、すぐにこっちの事情を把握してくれた。 『解った。トリプルセックも在庫あるし、応援行ってあげるよ』 「助かります!!」 『ムーンリバー』はここから十分ほどの場所にある店だ。トリプルセックの在庫を持って、すぐに来てくれるらしい。バーテンダーが作ってくれるとなれば、レシピの方も心配ない。ホッと胸をなでおろし、北斗の方の様子を見に行くことにする。 (うわ。すげーベタベタ触ってら……。大丈夫か、北斗のヤツ……)  笑みを浮かべて相手しているが、北斗の目が笑っていない。女性客の方はそんな様子に気づいた風もなく、肩を寄せて北斗の手や足に触れている。  俺は営業スマイルに切り替え、座席の近くに寄った。 「失礼いたします。お楽しみいただけていますか? 姫」 「あっ! はい! すごく楽しいですっ! 私、ホストクラブって、初めてで!」  頬を紅潮させ、興奮気味に女性客が叫ぶ。北斗がげんなりした様子で顔を顰めた。 「ご注文のカクテルですが、ただいま準備していますのでもう少々お待ちください。お待ちの間、軽めのスパークリングワインなどはいかがですか?」 「ワインですかぁ?」  一瞬渋る様子を見せた女性に、北斗が横からアシストしてくる。北斗も、カクテルの注文がすぐに出せないことは理解している。 「ピンク色で見た目も可愛いし、甘口だから飲みやすいよ」 「そうなの? んー。北斗くんがそう言うなら、注文しちゃおうかなあ」 「では、ご用意いたしますね」  笑顔でそう答え、立ち上がる。席を離れようとした俺の手を、北斗が掴んだ。ドキリ、心臓が跳ねる。北斗の方を見れば、視線は女性客の方を見て接客モードで笑顔を浮かべていた。 「――…」  軽く指を握り返し、手を離す。なんとなく、顔が熱い。 (くそ……。やめろよな……)  誰かに見られたのではないかと、ソワソワしている自分が嫌だ。ただ、手が触れただけなのに。  落ち着かなさをごまかす様に、俺は酒を取りにカウンターまで向かうのだった。
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